ハンタ道を歩く(おまけ) KEEP GOING

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    ツンマースの石組みの上にありました。



    KEEP GOINGはハンタ道を歩く人にとって、至言と言えるでしょう。

    今後Keep Goingする方のために、ハンタ道の歩き方を少し。


    (1)北へ向かうか南へ向かうか

    東太陽橋から中城グスクを目指すか、逆に中城グスクから東太陽橋を目指すか。ここは中城グスクを目指していただきたい。

    中城グスク周辺はハンタ道が未整備で、悪路が続きます。私が歩いた日は、倒木が道を塞ぎ、その下を四つん這いでくぐるハメになりました。森の中ですから景色は見えません。

    貴方が彼女を誘った状況を想像して下さい。

    東太陽橋をスタートした場合、彼女は海の景色を眺め、リゾート風の街並みを眺め、貴方に色々なことを話しかけてくるでしょう。

    一方、中城グスクをスタートした場合、まず現れるのがホテルの廃墟。続いて森の中の悪路やゴルフ場のフェンス。彼女は無言で歩くか、苦情申し立てを始めるかのいずれかでしょう。

    もちろん、どちら向きでも同じ道を通ることにはなりますが、中城グスクを目指す場合、もうすぐゴールというヨロコビが終盤の悪路を乗り越えさせてくれます。

    付け加えますと、東太陽橋と言えども所詮は歩道橋。グスクと歩道橋では目的地としての格が違います。中城グスクの美しい城壁を見上げながらゴールして下さい。


    (2)女性の一人歩き、ならびにトイレ問題

    やはり女性の一人歩きはおやめになったほうが良いと思います。誰とも会いませんでしたからね。

    沿道にトイレはありません。新垣公民館が開いていれば使えますが、それ以外ではまったく思いつきません。

    万一の事態となった場合は、大変恐縮ではありますが、昔の人と同じ方法でお願い致します。誰とも会いませんでしたからね(笑)


    (3)お勧めのシーズン

    11月にハンタ道を歩く護佐丸ウォーキングが開催され、その直前に中城村の草刈り隊が出動します。歩きやすくなりますし、気候も良いと言えるでしょう。

    やはり夏は体力を消耗します。一方で、海や空の青、森の緑が色鮮やかで濃くもあり、夏ならではの景色を楽しめます。それで私は今の時期を選びました。


    (4)道に迷わないために

    石畳風の路面に沿って歩けば良いので、迷うことは無いでしょう。グーグルマップで順路を表示するサービスがありますので、使えるようにしておけば万全です(”ハンタ道”で検索)。私は沖縄では繋がりの悪いSOFT BANKユーザーですが、圏外になることはありませんでした。


    (5)中城グスクに到着後、なおも歩き足りない方へ(笑)

    北中城村の荻道大城(おぎどうおおぐすく)湧水群をお勧めします。昼食休憩の後、ゆっくり散歩されてはいかがでしょう。


    では皆様。ハンタ道にお越しの際はKeep Goingの精神で、良い一日をお過ごし下さい。ませ。


    ハンタ道を歩く(8) ペリーの旗立岩〜中城グスク

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      (16)ペリーの旗立岩

      ペリーの旗立岩に着きました。



      沖縄に来航したペリーは部下に沖縄本島の調査を命じました。那覇を出発した調査隊は与那原から東海岸を北上し、石川付近で西海岸に出て那覇に戻るルートを辿りました。

      その際、調査隊がこの巨岩を訪れ、岩の頂上に星条旗を立てた様子が、同行した絵画師によって描かれています。



      ペリーは江戸幕府と日米和親条約を、琉球王府と琉米修好条約を、それぞれ締結しましたが、日本との和親条約が不調に終わった場合、琉球を占領し、江戸幕府に圧力を加える意図があったようです。つまり沖縄を占領することを想定して調査を行なったということ。

      上の絵画で調査隊は西を向いています。その方角には宜野湾の台地があり、広大な平地が見えていたはずで、そこが後の普天間飛行場。

      「勝手に旗を立てんな」と言いたい。


      (17)ゴルフ場

      ペリーの旗立岩から先のハンタ道はゴルフ場の敷地に消えてゆきます。そのため、ゴルフ場を迂回し中城グスクに向かう代替ルートを歩きます。



      このあたりでスマホのバッテリーが無くなり写真はこれが最後です。これ以降は、特に写真に撮りたいモノもなく、ゴルフ場のネットの脇を黙々と歩きました。

      戦後、このゴルフ場の付近は米軍が占領していて、当時の中城村を分断していました。そのことが原因で村の北半分が北中城村になったのです。土地が返還された後、村は再び一つになるかと思われましたが、いまだに実現していません。

      概ね、中城村は合併に前向きですが、北中城村が消極的。現在の人口は北中城村が1万6千人で中城村が2万人。合わせて3万6千人の村(あるいは市、町)になっても合併効果が少ないと北中城村は考えているようです。


      (18)中城グスク

      ゴルフ場を抜けたハンタ道は森の中に入り木陰になったので、私は少し休むことにしました。森を抜ける風が気持ち良いこと。

      思わぬ大休憩になった後、ホテルの廃墟を経て中城グスクの南端に出ました。

      グスク北端の料金所近くのベンチで数人のオジぃオバぁがゆんたく中でした。そのうちの一人が「え〜、どっから来た?」と聞くので「首里城」と答えたら、全員一斉に「お〜〜!!」と歓声を上げ、オバぁは拍手(笑)

      説明するのが面倒なので、驚いたままにしておきました。「どこから歩いて来たのか」と問われれば南上原でございます。


      「おい、せっかくだからこのまま勝連グスクまで歩いたらどうか?」とどこからか聞こえたような気がしましたが、既に私の脳内は「お家、エアコン、シャワー、ビール」の4点セットが占領中。「阿麻和利は歩いたぞ」と言われましても、あいにく私は阿麻和利ではありません。

      料金所のオバさんにタクシーを呼んでもらいました。ゆうなタクシーで、南上原までの料金は1,670円でした。

      中城グスク到着は12時半。首里城を出てわずか4時間半ですが、継世門の前に立っていたのが昨日のことのようです(笑)


      投稿が8本にもなってしまいましたが、最初からお付き合いいただいた皆様、ありがとうございます。お疲れ様でございましたm(_ _)m

      このあと、おまけがあります。


      ハンタ道を歩く(7) ツンマース、根屋、殿

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        (14)ツンマース

        新垣集落を抜け、さらに坂道を登ったところにあるのがツンマース。



        ツンマースは標準語(標準ウチナーグチってこと)でチンマーサー。「那覇・首里方言音声データベース」には「石を積みまわしたもの。石を積み上げ、丸く囲った拝所」とありました。

        この石積みのサークルの中には松の大木があったそうです。大切なご神木を石積みで保護したということ。

        次の写真は糸満市与座 で見たチンマーサー。



        首里崎山の雨乞い御嶽にもチンマーサーが施してありました。

        ガーデニングでも植木に円形の石組みを施しますね。植木を保護する目的としてはチンマーサーと同じです。

        ここから先のハンタ道は新垣集落の神様が宿る空間に入ります。


        (15)新垣の根家、殿

        根家(ニーヤ)は集落発祥の地を意味します。新垣集落の宗家があった場所です。



        先祖が住んだ空間に神が宿ると見なし、祠を置いて拝みをします。

        根屋周辺のハンタ道には石畳が残っていました。



        この石畳はハンタ道の石畳なのか、新垣集落の皆さんが根家周辺に石畳を施したのか、どちらか分かりませんが直感的には後者に思えます。

        新垣の殿(トゥン)。



        新垣集落のノロが祭祀を行う場所です。

        この付近はハンタ道が未整備だそうで、新垣集落のカミミチを歩きました。

        (続く)


        ハンタ道を歩く(6) 若南原〜新垣集落

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          (12)若南原

          東太陽橋を出て、そろそろ1時間。つい最近、石橋を見にきた若南原(ワカナンバル)まであとわずかです。

          若南原は原名(ハルナ)です。中城村字新垣にはいくつかの原があり、原は小字の位置付け。原名はその場所の方角や地形の特徴などを表していて、地元の人なら原名を聞けば「ああ、あそこ」と分かります。番地ではそうはいきませんね。

          以前投稿した宜野湾の大山ターブックヮでは、広大な耕地を7つの原に分け、分け方は使っている湧き水ごと。ですから、地図を広げればそれぞれの湧き水が使われている範囲が分かります。


          若南原の遠景です。



          なぁ〜んかねぇ。若南原には縁もゆかりもありませんけど、懐かしいわぁ。いつまでも眺めていたい山里の風景がそこにありました。


          石橋で一休みして、オニギリを食べました。



          今来た道を振り返るとこんな感じ。あの山を越えて、今、私はここに(笑)




          (13)新垣集落

          若南原が平地の耕作地で、新垣集落は山の斜面にあります。ハンタ道で唯一の集落です。



          集落を抜ける若南ビラを登ります。



          登ります。



          登ります。



          太平洋側から中城の崖地を登る県道35号線が開通するまで、新垣集落は陸の孤島と呼ばれてたそうです。沖縄の島ん中で、陸の孤島って貴方。と思ってましたが、歩いてみてそれが分かりました。

          (続く)


          ハンタ道を歩く(5) 東太陽橋〜安里村壱里山

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            (10)東太陽(アガリティーダ)橋

            歴史の道整備区間のスタートは東太陽橋。



            東太陽橋からの眺めを楽しむ人は沢山いますが、ハンタ道に足を踏み出す人は極わずか。この後私は無事中城グスクに到着しましたが、その間すれ違った人は無し、私が追い抜いた人も私を追い抜いた人も無し(笑)。約2時間半、誰にも会いませんでした。もちろん沿道住民の皆さんとは別として。



            奥の山に中城グスク。その先の与勝半島に勝連グスク。



            ハンタ道沿いにはオシャレな住宅が並びます。ここからの絶景を気に入ってお家を建てる皆さんはそれなりのリッチ層。朝日を浴びたその佇まいはリゾート地のようです。そしたらその雰囲気に合うイタリアンやフレンチのお店が開業し、ご近所さんだけでなく那覇や宜野湾などから客が集まりますね。そしてネットで検索した観光客も。一本の道が街づくり。これは歴史の道整備事業の一つの成果と言えるでしょう。




            (11)安里村壱里山(アサトムライチリヤマ)

            レンガ色に舗装され平坦だったハンタ道はすぐに終わりまして、私は厳しい現実(?)と向き合うことになります。無数に続くアップダウンの始まりです。



            先ほどのリゾート地近辺は革靴でもハイヒールでも、それこそフレンチを食べに行くつもりで結構ですが、これから先は高尾山や六甲山へ向かう心構えが必要です。

            急な下り階段を目の前に思わず立ち止まった私。



            階段を降りたらすぐさま同じ高さまで登ることになるのは一目瞭然で、急激なアップダウンには空中浮遊感があります。

            ハンタ道を歩く人のユクイ処、南上原のユクヤー、北上原(奥間)のユクヤーを過ぎました。

            こうした坂道を登り、



            しばらく平坦な道を進み、



            また下る。

            この様子はなかなか写真では表現できないなと思っていたら、安里村壱里山の案内に素晴らしい写真がありました。



            これこれ。ホンマこの通り。ジェットコースター。


            2ヶ所のユクヤーと安里村壱里山はかつては芝地だったそうで、毛アシビの場でもありました。

            今はそんな芝地はありませんが、次の写真のように海が見える場所にユクヤーがあったようです。



            しかしあれですね。人里離れた暗闇の中、松明りか何かを頼りに芝地に集まり、唄ったり踊ったりするうちにトランスする若い男女。前川元ちゃんの唄のような明るく健康的な雰囲気だけではない毛アシビ。いやぁ、その真実の闇を見てしまったかのようです(わかる?笑)。


            安里村壱里山は一里塚の役割を果たしていました。塚の代わりが芝地だったので壱里山。今は消防学校ができたり、広い道が通ったりして山が切り崩されてしまいましたが、かつてはこの辺りから慶良間が見えたそうです。宜野湾、北谷の海から読谷まで見えましたから、もう少し高い場所であれば、確かに慶良間は見えたと思います。

            (続く)


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