農連市場の猫小(マヤーグヮ)

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    与那国ぬ猫小(与那国民謡)

    与那国ぬ猫小(マヤーグヮ)
    鼠(ウヤンチュ)騙しぬ猫小
    ハリ二才(ニーセー)騙しぬ
    やから崎浜よー主ぬ前ハリ
    ヨーヌヨーシュヌマイハリ
    シターリヨーヌ
    ヨーヌヨーシュヌマイハリ
    (ニャオ〜〜ン)


    与那国の猫ちゃんは、鼠を騙せば若い男も騙す。猫の唄かと思えば、これは若いネェネェの唄。軽快でテンポが良く、人気沖縄民謡の一つです。

    ところがねぇ。新良幸人のこれを聞いてしまうと、いくら上手でも、他の人の唄は聴けなくなるのよね。困ったことです。

    他の人の唄が私の耳に届いても、私の脳内では幸人が唄ってまして、そこで両者を比較してしまうのよね。そしたら、私の耳は本能的に外からの音を遮断しようとします。

    う〜む。これまでちゃんと聴けたのは、与那国出身の宮良康正さんか、喜納昌吉さんくらいですかねぇ。異論もあろうかと思いますが。


    話は変わりまして、こちらは樋川の猫小。



    しばらく見えなかったので、誰かが貰ってくれたかと思ってたら、三匹とも生き延びていました(扉の奥にもう一匹)。それなりに身体も大きくなって、母猫はちゃんと育児をしてるようです。

    でもやっぱり、毛並みが悪いし、身体にハリがありません。そして、常に怯えた様子だし、眼つきも弱々しい気がします。いやぁ、野良はつらいな。


    こちらは取り壊しを待つだけとなった、農連市場の建物。



    いかにも猫が喜びそうな、筋力強化にはもってこいの建物です。屋上から隣の屋上にジャンプし、次の建物の屋上に駆け上がる猫の姿が見えるようです。三匹の猫小はそんなことができるまで成長できるのか。


    それに引き換え、家猫の幸せなこと。概ねメタボでゴロゴロしている印象があります。同じようにメタボのオヤジがゴロゴロしてると粗大ゴミ扱いされる一方、メタボ猫はその家の嫁やら娘やらに「あらぁ、何してるんでちゅかぁ、ニャン」などと声をかけてもらえるし。それではオヤジの立場が無いやないの。

    「おい、そこのメタボ家猫。お前もしばらく農連市場で暮らしてみるか?。そしたら、これまでの自分の人生がいかに幸せであったか、身にしみて分かるやろ。世間知らずのまま年老いたら『まずまずの人生やったな』とか、生意気なことを言い出すに決まっとる。同じ猫としてそれではあかんやろ」と言いたい。


    ところで、与那国の猫小と樋川の猫小は何の関係があるのかという問題については、投稿を書き始めた時には、いつの間にかうま〜く繋がる予感がしたものの、そうはなりませんでした。

    よくあることなので、それはそれ、これはこれで、どうかよろしゅうに。


    南風原町宮平の善縄御嶽

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      いつもの午後の配達。私は南城市大里にある山羊のいる保育園に向かってました。

      そしたら、南風原の丸大スーパーの前を走行中に、右手に何かの赤瓦がチラッと見えたんです。「ほんなら帰りに寄ってみましょうか」ってなりますね。当然。

      おお〜!!



      何か知りませんが、立派な拝所が完成していました。

      善縄大屋子之墓。



      あっ、そうなんや。ここは善縄(ヨクツナ)御嶽があった場所かぁ。

      2、3度来てるはずですが、雑草が多くて蚊に刺される雰囲気と言うか、アシバーがたむろする雰囲気と言うか、語るべき事も無かったのか、投稿もしてませんね。

      それがまあ、立派になっちゃって。拝所の前は広場(ウガンヌ前公園)になり、ジョギングレーンあり、ステージあり、バスケのゴールやトイレまで完備。



      南風原町はいつの間にかエーキンチュなったんやぁ(笑)。


      善縄大屋子は(現在の)南風原町宮平に住んでいた漁師で、使者の亀とともにニライカナイ(天国)へ行ったとされています。ナイチの天国は空の上にありますが、沖縄の天国は海の彼方にあり、使者はたいていの場合、美女と亀。

      このあたりは(沖縄版)浦島太郎が住んでいたり、空から天女が舞い降りたりする民話の里です。


      宮平は南風原間切の番所があった集落で、今も番所のフクギが健在です。古くから交通の要所であり、最近(?)では軽便鉄道の駅がありました。

      繁栄した集落だから民話が生まれる土壌(豊かさ)があったのか、辛く厳しい生活の中で、現実逃避の手段として民話が生まれたのか。それはおそらく後者。

      善縄大屋子はかけがえの無い人物で、集落の人達は彼の死を認めるわけにいかず、ニライカナイで生きていることにしたのではないでしょうか。例えばね。


      立派な拝所とお墓を建ててもらった大屋子は、(昔と比べれば)豊かになった集落の様子に満足していることでしょう。

      それにしても、南風原町はどうやって予算を工面したんでしょ。カボチャを大増産したのかな(笑)


      沖縄1935(4) 古謝集落の美栄泉(ミーガー)

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        沖縄1935のこの写真は、現在の沖縄市字古謝にある美栄泉です。



        右側に立つ人物は、(当時の)古謝集落区長の知念賢榮さん。古謝集落の農業近代化に尽くされた方です。

        そして、美栄泉の今。





        ちょと、忘れ去られた感がありますね。まあ、どこの集落でも役目を終えた井戸は、概ねこんな雰囲気です。

        この日私はたまたま近くを通ったので、とりあえず、美栄泉だけを訪ねてみました。ここを起点に、近々、古謝集落をじっくり歩くつもりです。


        古謝公民館では、8月23日までの期間、沖縄1935の写真展を開催中です。

        地元で写真展を開催することには大きな意味があります。例えば、古謝のサトウキビ畑の男の子。



        この写真を見た女性が「この子は私の父です」と。

        昨年、88歳でお亡くなりになったとのこと。いやぁ、残念です。もう少しだけ長生きされていれば、写真を見れたのに。


        写真展の開催により、地元ならではの情報が掘り起こされ、それぞれの写真の付加価値がどんどん上りそうです。


        豊見城城址はどうなっとるのか(続き)

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          先月投稿した「豊見城城址はどうなっとるのか」。あの時私は沖縄空手会館の駐車場にいました。これまで閉まっていた城址公園の門が撤去され、ずいぶん敷居が低くなったんです。


          豊見城城址を空から見れば、こうなってます。



          南端で(この時は)建設中の空手会館と、北側に広がる旧豊見城城址公園。私は空手会館から奥へ奥へと入ってみたい。

          ところが、空手会館から奥へは関係者しか入れないとのこと。関係者にも色々あろうかと思いますが、御嶽で拝む人は関係者。よって、私がそこに侵入するには拝むふりをするしか無く、まあ、だから、そのようにして入りました。


          さっそくですが、こちらは豊見瀬御嶽の拝所。上の写真の赤マークです。



          ここまでの経路を紹介したいところですが、拝みをする人が途中で車を停めてキョロキョロしたり、写真を撮ったりはしません。何やら看板もあったようですが「拝みに入りましょうね〜」と言いつつ、停まらずにここまで来ました。

          拝所の脇にある祠。御嶽に所縁のある門中ごとに分かれています。



          さて、これで私は念願だった豊見城グスクの一角に立ったのですが、どうも釈然としません。

          前回投稿したこの地図。



          豊見瀬御嶽は三層の城壁の最も内側にありました。首里城における首里森(スイムイ)御嶽と同じ位置付けでしょう。

          ところが、今、そこに立ってる気がせず、念のため写真と地図を照合してみると、私はグスクの南端あたりにいます。どうやら、城址公園造成の際に御嶽を南へ100mほど移動させたようです。


          グスクがあった方向の写真。



          本来なら、私はこの先へずんずん進み、縦横斜めに歩き回りながらグスクを偲びたい。ところが、私は拝む人ですから先に進む用事がありません。ここにも、先ほどより強い口調の看板がありまして、ロープまで張ってありました。

          残念ですが、引き返すしかありません。


          少し観光案内をしますと、最初の写真の黄色マークが漫湖の小島で、チーヤ(津屋)。



          那覇ハーリーの際、那覇、久米、泊の爬龍舟がチーヤに集結し、豊見瀬御嶽を拝んだそうです。現在のチーヤは宅地開発やマングローブの成長で、上の写真ほどはっきりとしていませんが、とよみ大橋または湿地センターの観察道からよく見えます。

          つまり、ここがハーリー発祥の地。




          御嶽からの帰り道、こんなものがありました。



          豊見城城址公園にはお猿の電車みたいなものが走ってたんでしょうか。この日の目的は達成したので、私はもはやオドオドしてません(笑)。何ヶ所かで車を停めて写真を撮りながら帰りました。


          公道マリオカート(マリカー)はどうなるか?

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            最近目につくこの一団。



            ここはモノレール牧志駅の高架下。背後から写真を撮ると、それがサイドミラーで見えたらしく、中国人グループの全員が一斉に振り向きました。

            「オッさん、なに勝手に撮ってんだよぉ」と絡まれたら嫌なので、日中友好の笑顔で軽く頷いてあげると、全員が大いに喜び、親指を立てて「イェ〜イ」とか言うてました。中国語でも「イェ〜イ」(笑)

            彼らはその「イェ〜イ」も撮って欲しかったらしく、無反応の私にがっかりした様子で、国際通りに向かって走り去ったのでした。


            マリカーってこんな商売です。

            利用者は3千円ほどの料金で50ccのカートを借り、ガイドの後ろをカルガモのように1時間ほど走ります。コースは、これまでの目撃場所から推定すると、国際通り→壷川→古波蔵→ひめゆり通り→モノレール牧志駅→国際通り。マリオやルイージ、ピーチなどの衣装代、ガソリン代は料金に含まれてます。


            しかしですよ。沖縄で軽自動車を24時間レンタルしたら3千円。ところが、このカート(「わ」ナンバー)は原付のくせに1時間3千円です。料金格差は24倍!!。衣装代やガソリン代なんてタダ同然ですから、ぼったくりじゃないですか。それなのに大人気。

            アトラクションなのよね、つまり。

            地面スレスレを集団で走る爽快感や、道ゆく人達が驚いたり写真を撮ってくれることによる恍惚感。原付なのでシートベルトは不要で、四輪なのでヘルメットも不要です。それら総合した気持ちの良さへの対価が3千円ってこと。


            マリカー業者は儲かってるでしょうね。50万円ほどのカートを10台ほど買えばすぐに商売を始めることができます。原付ですから駐車場は不要で、税金などの維持費、ガソリン代はタダ同然。それで料金はレンタカーの24倍。

            直感ですが、レンタカー業者の利益率を10%とすれば、マリカーは50%を超えるでしょう。いやぁ、笑いが止まりませんてば(笑)。


            しかし、私見を述べるとすれば、これは、いつまでも続く商売とは言えない気がします。

            つまり、法的に原付と四輪車の「いいとこ取り」をしてること。任天堂のキャラクターを無償で利用していること。今はいいけど、車道に溢れるようなことになれば、やはり迷惑なこと。

            今年、任天堂がマリカー業者に対して、キャラクターの使用を禁じる内容の訴訟を起こしました。いや、まったくごもっとも。任天堂の勝訴なら、マリカー商売はたちまち下火になると思いますが、さて、どうなるか。


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            念願の沖縄生活を始めて7年になりました。
            沖縄の生活、文化、風土、音楽、政治などの話題を投稿しています。
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