木田大時(ムクタウフトキ)と渡名喜島の子孫達

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    木田大時は15世紀の占い師です。時(トキ)は現在のユタ。大時と呼ばれたのですから、それはもうトキの中のトキ。大時は次々と予言を的中させ、王子の病気を治したりしたので、国王に重用されました。

    こちらは木田大時の屋敷跡(南城市前川)。



    手入れが行き届いた空間に祠が置かれていました。


    大時の子孫が渡名喜島で暮らしているそうで、渡名喜のことなら知念精肉店のお母さんに聞きましょう。

    C「渡名喜にはムクタとかムクタヤーって屋号の家があるの?」

    母「はぁ、よく知ってるね。あるよ」

    C「ちょっと、そこの貴女。また、Cがおかしなことを言い出したって顔はやめなさい」

    三女「えっ、そんな顔してな〜い。してないわよ。で、ムクタさんがどうしたの?」

    C「超能力者だわけよ」

    三女「うっそ〜(笑)」

    C「ムクタさんが奄美かどっかに行った時『あっ、山が崩れたっ!!』って言ったんだって。それで島に戻ったら本当に裏山が崩れてたって」

    三女「えっ?。それ本当?」

    母「本当よ」

    C「そしてこのムクタ一族は、2、3年おきに首里に来て、玉陵(タマウドゥン)で拝みをするらしい」

    三女「えっ、何で?」

    C「それが分からんかったわけよね。あそこは王族のお墓だろ。ムクタの皆さんは『王族の子孫でもないのに、なんで俺らが拝むわけ?』って思ってたんだけど、先祖代々やってることだからやめれんかったわけよ」

    三女「ふ〜ん」

    C「ところが、昭和50年頃の調査でムクタ一族の祖先が玉陵に葬られていることが分かったのね。民間人でたった一人だけよ。それが木田大時さんって人なのよ」

    三女「へぇ〜、お母さん、そうなの?」

    母「そうよ」

    三女「で、その人は何で玉陵に入れたの?」

    C「超能力者だからね。予言が当たったり、王子の病気を治したりで、国王に気に入られてたのね。ところが、それを妬む人達がいてね。箱の中にネズミを入れて、国王の前で大時に『何匹入ってるか当てろ』ってなったのね。そしたら大時は『5匹』って言ったの。ところが箱を開けたらネズミは一匹で、大時は国王の前で嘘をついたってことで、処刑されることになったのよ」

    三女「ひど〜い」

    C「大時が安謝の処刑場に連れて行かれたあと、さっきの箱からネズミの鳴き声が聞こえてね。もう一度箱を開けたら子供が4匹産まれてたのよ」

    三女「えっ!!。それ、当たりじゃないの?。当たってるわよね」

    C「国王は慌てて処刑の中止を命じたんだけど、うまく伝らなくて、大時は処刑されてしまったのよ。国王はそれを悔いて、大時をこれまで通りそばに置こうって意味で、玉陵に葬ることにしたと」

    母「そう。Cさんが話したことは、全部本当よ」

    三女「へぇ〜、知らなかった」

    C「で、俺はお母さんのお墨付きをいただいたので、大きな顔して、これをブログに投稿すると。あっ、そうや。収賄で逮捕された渡名喜村の教育長は執行猶予になったね」

    母「あの子は自分から絶対そんなことはしないから。周りに上手く利用されたのよ」

    C「執行猶予がついたのは、そういうことなんだろうね」


    本島で長く暮らしていても、生まり島のことは、皆さん、本当によく分かっています。

    島のことは島人(しまんちゅ)に聞け。

    これは至言と言えますね。


    糸満市米須の大川矼(おおかわばし)

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      この道は県道7号線。那覇市奥武山を起点に糸満市米須まで続いています。



      道幅が広くて走りやすく、街路樹は県花のデイゴです(今年はまだ咲いてない)。

      さて、あと一つ丘を越えると米須って所まで来ました。



      このあたりに石橋が埋まってるらしいのですが、路上からはまったく見えず、川もありません。

      そこで、道路脇の短い階段を降りてみると、

      おお〜。



      頑丈そうな石橋がありました。

      スバヤク、反対側に回ってみると、



      同じでしたね(笑)


      この橋の名は大川矼(大川橋:おおかわばし)。明治の終わりから大正始めにかけて建造された石橋で、地元の通称で「まき橋」とも呼ばれているようです。

      周囲をコンクリートで覆われているので、アーチの部分しか見えませんが、アーチを形成する拱環石(こうかんせき)の厚いこと。目測ですが40〜50cmはあるでしょう。



      どんな姿の橋だったのか。コンクリートを爆破したいわぁ(笑)。それにしても、丁寧に床面まで石を敷いて、いい仕事をしています。


      問題は(でもないが)、川も無いような場所に、これほど頑丈な石橋を何で造ったかっちゅうことですわ。

      先ほどの丘の向こうに米須集落があり、その先は大渡海岸です。つまり、このあたりは本島の南端、ディープサウスです。

      以前投稿しましたが、沖縄本島の恩納村以北と以南では、島の生い立ちが異なります。ヤンバルは大陸と陸続きだったころから存在し、本島中南部は隆起珊瑚です。つまり、先ほどの丘はかつてのリーフエッジで、これが東西に長い。


      そのため、米須の皆さんが那覇や糸満に行くには、岩だらけの丘を越えることになり、荷車や馬車を使う際は、大きく迂回する必要がありました。

      そこで、米須の皆さんは集落を丘の北側に移すことを決意したのです。あったまいい〜って思いましたが、そこは洪水地帯。大雨の度に水浸しになり、20年も経たないうちに、集落を丘の南側に戻すことになりました。

      やれやれでしたが、そもそもの問題が解決していません。そこで、米須の皆さんは丘にワイトゥイ(割取り)を通し、洪水地帯に頑丈な橋を架けたんですね。その道は真壁街道。米須から真壁、国吉を経て糸満に続きます。

      米須は地下ダムがあるほど地下水が豊富な場所ですから、川が無くても(無いから)大雨で地下水が溢れ出ていたのです。現在は治水事業により洪水は無くなり、石橋の下を水が流れることもありません。


      うーむ。この日は時間が無く、こんぐらいにしておきましたが、まだワイトゥイを見ていません。くびれフェチの私としては、そこは押さえておきたいところです。

      また直ぐに来るはずね、この男。(^o^)/


      オジー、やっちまったか(笑)

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        10日ほど前の琉球新報 です。



        16日午後4時すぎ、那覇市与儀の与儀十字路にある歩道橋に軽自動車が進入し、立ち往生した。歩道橋の一部が一時立ち入り禁止となった。運転していた70代の男性に代わり、那覇署員がハンドルを握り、バックで歩道橋から車を“脱出”させた。

        那覇署によるとけが人はなく、車体を若干こすった単独の物損事故として対応するという。今後、歩道橋内に迷い込んだ原因を調べる方針。



        オジー、やっちまったか(笑)


        上の写真は与儀十字路の市民会館側。歩道橋横の歩道は車が通れる幅が無いので、オジーの車はひめゆり通りの南行き車線から進入したことになります。

        歩道と車道(ひめゆり通り)の間にはフェンスがあり、与儀十字路バス停(与儀交番の横、D51の前)まで切れ目がありません。



        オジーの車はバスの停車スペースに入り、元の車線には戻らず、歩道に入ってしまったんですね。与儀公園内に車を入れる時のために、ここは歩道の段差が無いんです。


        オジーの車は歩道の点字ブロックに沿って南に進みます。



        進みます。



        進みます。



        与儀十字路で歩道は左折します。



        逃げ場は無いので、オジーの車も左折するしかありません。



        すると、歩道橋のスロープに。



        登ります。



        登りましたが、この先は階段ですから、スロープを左に曲がるしかありません。



        ここで、オジーの車はスロープを曲がりきれず、立往生したと。

        階段を降りて振り返ると、琉球新報の写真のアングルになります。車が立往生した場所にはオジーがいて、こっちを見てました。




        オジーは自分が歩道を走っていることを気付いていたのか。気付いてて、なんとか車道に戻ろうとしたのか。

        そこらはよく分かりませんが、あのスロープを上手く曲がることができたら、オジーの車は歩道橋を渡ったことでしょう(笑)。


        私の帰宅ルートは、与儀十字路から寄宮に進むルートと、与儀市場通りから与儀の集落を抜けタンク跡に出るルートの二通りです。ちょうど私の帰宅時刻でしたが、この日は与儀十字路を通らなかったようです。

        与儀十字路で信号待ちをしてて、ふと見上げると、赤い車がトコトコと歩道橋を渡ってる。腰を抜かしたでしょうね(笑)


        笑い事じゃないって思うでしょ。そう、笑い事じゃないんです。


        大関照ノ富士の無念

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          横綱稀勢の里の連続優勝、おめでとうございます。



          昨年はビールを飲みながら稀勢の里を応援し、その後は泡盛を飲みながらカープを応援する日々でしたが、秋にカープが優勝し、年明けには稀勢の里が初優勝と横綱昇進で、たいへん結構でした。


          さて今場所、新横綱の稀勢の里は初日から12連勝し、13日目に横綱日馬富士と対戦しました。その取組は、日馬富士が今場所一番と言える相撲で圧勝し、その際、稀勢の里は左腕を痛めてしまいます(後に筋肉断裂と判明)。

          同じく13日目。11勝1敗で稀勢の里を追う大関照ノ富士は横綱鶴竜に勝利しましたが、その際、鶴竜の外掛けにより、古傷の左膝半月板を痛めてしまいます。


          稀勢の里、照ノ富士が共に12勝1敗で迎えた14日目。両力士は明暗を分けました。身体に力が入らない稀勢の里は鶴竜に一方的に敗れて2敗。照ノ富士は立ち合いの変化で関脇琴奨菊に勝ち、1敗を守りました。

          この時の、照ノ富士に対するブーイングが酷かった。「モンゴルに帰れっ!!」、「取り直せっ!!」などと罵声が飛び、日馬富士が「あんなブーイングは初めて聞いた」と言うほどでした。


          そして、千秋楽は稀勢の里と照ノ富士の対戦でした。稀勢の里は本割と優勝決定戦を連勝すれば優勝、照ノ富士はどちらかで勝てば優勝です。

          左腕が使えない稀勢の里と、左膝が動かない照ノ富士。本割、優勝決定戦とも、稀勢の里の右からの攻めに、足の動かない照ノ富士が転がされ、稀勢の里が逆転優勝を果たしました。


          大怪我をしながら、両力士ともよく頑張りました。

          ところが、館内の声援は稀勢の里一色。照ノ富士の健闘を讃える声はほとんど無かったように思えます。前日の立ち合いの変化以降、照ノ富士は完全にヒールになってしまったんですね。



          取り組み後の照ノ富士はインタビューに「目に見えるつらさと目に見えないつらさがある」と答えたそうですが、その通りだったんでしょう。

          対戦前はともかく、せめて決着がついた後くらいは、照ノ富士にも大きな拍手が欲しかったところです。

          でもまあ、あの雰囲気で照ノ富士が優勝してしまったら、表彰式が後味の悪いものになったかもしれません。それも嫌なものなので、「来場所、怪我を治して頑張れ」ってことにしておきます。


          ウーマクーミエコと魔女のキキ

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            沖縄をテーマにした映画は数多くありますが、やはり私のイチオシは「ホテル・ハイビスカス」であります。



            辺野古周辺のロケ地を訪ねたり( →「ホテル・ハイビスカス」再訪)、

            知り合いの公認会計士がミエコの叔父さんだったり(→蔵下穂波に会えるかも)、

            前職の取引先常務がガッパイ君のお父さんだったり(→元世界チャンピオン 平仲明信さん(2))、

            元同僚が照屋政雄さんの甥っ子だったり(→映画「ホテル・ハイビスカス」のガッパイ君)、

            そうした、沖縄に住んでいればこその出来事があり、保育園の園児をはじめ、ミエコのようなウーマクーがそこら中にいることが、より映画を身近に感じさせてくれます。


            改めて映画「ホテル・ハイビスカス」を振り返ってみると、この作品のテーマは「ミエコの成長」と言えるでしょう。

            子分のミンタマーやガッパイを引き連れて、楽しい毎日を過ごしていたミエコでしたが、母ちゃんとサチコネェネェが、サチコの父親と会うためにアメリカへ行くことになり、二人がいない夏を過ごすことになります。

            ミエコにとってティーダのような母ちゃんをアメリカに遠ざけることが、ミエコの成長を促す設定になってるんですね。


            そしてある日のこと。アメリカの母ちゃんから手紙が届きました。ところが、父ちゃんはパイナップル農園の手伝いで不在。オバァは山羊と散歩中で、ケンジニィニィはボクシングのトレーニング中。

            「誰もいないやっしぇー!!」

            母ちゃんの手紙をランドセルに入れて、ミエコは一人バスに乗り、ヤンバルのパイナップル農園を目指します。

            父ちゃんに会えないまま日が暮れてしまいましたが、そこでミエコはキジムナータンメーと出会い、ガジュマルの木の上でキジムナー達に囲まれた一夜を過ごします。


            お盆までには帰る予定の母ちゃんが帰らないまま、ウンケーの夜、ミエコは幼くして亡くなった叔母さん(タエコ)と出会います。同じ年頃のミエコとタエコは色々な話をします。そして、タエコがグソーに帰った後、ミエコはマブイを落としてしまいます。

            ミエコはこれまで知らなかった世界を知ることで成長してゆくわけですね。

            映画のエンディングは母ちゃんとサチコネェネェの帰国でした。「かあちゃん、おかえりんご」の横断幕を背に二人を迎えるミエコは、母ちゃんの留守にワンワン泣いたミエコではありませんでした。


            さて、ミエコは既に23歳。



            時々、テレビで彼女を見かけると「おっミエコ。頑張ってるな」と思います。近所の女の子が東京に行って、女優になった感覚があります。


            話は変わりまして、映画「魔女の宅急便」のキキは13歳。9歳のミエコより少しお姉さんです。

            作中、キキは魔法が使えなくなりますね。その理由を宮崎駿さんが「女の子ならわかる」と言ったそうで、キキのファンは「キキは初潮を迎えた」と判断したようです。

            そうなのかなとも思いますが、より広く考えれば「私は誰なんだろう?」、「私やりたいことって何だろう?」、「私は誰かの役に立てるのだろうか?」などと悩んだことが、一時的に魔法が使えなくなった理由なのかなとも思います。



            トンボを助けたい一心で、キキの魔法は蘇りました。ジジの言葉は聞こえなくなってしまいましたが、どちらもキキの成長の証と言えるでしょう。


            キキが初潮を迎えたなんて、私は夢にも思いませんでしたが、魔女の宅急便には熱狂的なファンがいて、ストーリーから色々なことを読み取ろうとしてるそうです。よくわかりますよ、その気持ち。

            どうでもいいような話ですが、この24歳のモデル兼タレントが自撮りの写真をInstagramに投稿し、「キキみたいかな?」とコメントしました。


            そのコメントに、熱狂的なキキファンが怒ること怒ること(笑)

            「ふざけんな、お前24だろっ」、「赤いリボンつけたらキキかいっ」みたいなことですが、その気持ち、よ〜くわかります(笑)


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            念願の沖縄生活を始めて7年になりました。
            沖縄の生活、文化、風土、音楽、政治などの話題を投稿しています。
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