「きいやま商店」インストアライブ

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    昨日は与那原の「マリンプラザあがり浜」(つまり、スーパーかねひで)でラジオ番組の生放送がありました。放送時間は13時から15時半まで。きいやま商店は14時55分に出演の予定です。



    パーソナリティのリップサービス(オリジン)がこんなことを言うてました。


    「今日、会場にお越しの皆さんはきいやま商店さんが目当てでしょ?。わかってますってば。でも、ライブが終わった後も少しだけ番組は続きます。お願いですから帰らないで下さいね」


    そんなこと言っても、帰るってば(笑)



    今沖縄で、イベントの集客力にかけてはきいやま商店が群を抜いています。呼べば必ず人が集まるんですから、イベント主催者にとってこんなありがたいことはありません。昨日もきいやま商店が登場すると、それまで空席のあった会場はたちまち満席となり、それを取り囲むように立見客が集まりました。



    きいやま商店の三人は実に楽しそうに演奏し、歌います。会場の人達はその楽しさの中に入り込もうとして、自然と笑顔になります。そしてそこに生まれる一体感。たまたま通りかかった人でもそうなるのですから、熱心なファンにとってきいやま商店はもはや命薬(ヌチグスイ)、元気の源と言えるでしょう。



    彼らの本業は、ライブハウスで行うライブです(のはず)。そこに客を集めるためにアルバムを製作し、イベントに顔を出しているということ。つまりイベント出演はライブのための営業行為です。


    一方で、イベント出演はミュージシャンにとって実に美味しい仕事です。会場の設営から集客までイベント主催者がやってくれて、客の数によらずギャラが保証されてます。


    ハコを借りて行う自前のライブは、会場費や機材の搬送費などの費用が必要で、チケットも自分達で売らないといけません。集客に失敗すれば、ギャラを手にするどころか赤字です。


    そして、沖縄はイベント天国。そんな環境の中、イベント出演が本業になってしまったミュージシャンが少なからずいるのよね。ライブの本数は減り、アルバム製作も数年おき。だから演奏する曲は昔のものばかり。



    いや、きいやま商店もそうなるだろうなんて言ってませんよ。


    しかし、老婆心ながら心配させていただくと、最近のきいやま商店はイベント出演が多過ぎです。那覇ハーリーに大綱挽きまつり。各市町村が開催する秋まつりには毎週必ず、どこかに出てました。その数はもはや無数。あんなに営業ばかりして、本業のはずのライブやアルバム製作に使う余力や時間があるのかなと思います。


    きいやま商店は結成9年目。目標は紅白出場です。紅白出場の先輩であるHYやOrange Rangeは、結成数年でオリコン1位を獲り、本土の大アリーナでライブをやってましたからね。きいやま商店のプロダクションが、どうやって三人をそのステージに引き上げようとしているのか。その戦略が見えません。十年後のきいやま商店は今と何が違うのか。


    「まさか、人気があるうちに稼げるだけ稼がそうとしてるんじゃないでしょうね」とさえ思えてきます。



    まあ、こんなことを私が心配しても仕方がないので、昨日の話に戻りましょう。


    きいやま商店のライブは大きな拍手の中終了しました。そして三人がステージを降りようとした時、リップサービスが「あっ、きいやま商店さん。もう少しステージにいてくれませんか?。あと5分くらいですから」と声をかけました。笑って了解する三人。


    さすがに、お客さんに「帰るな」と訴えるのはあきらめたのね。正解、正解(笑)


    上司ズラしたいならちゃんと仕事しろよぉ

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      農連市場から農連プラザへ移転したM商店のTオバさんは、これまで早朝から午前11時まで一人で店を開けていました。私はその仕事ぶりを評価していて、私との相性も良好です。

       

      こちらは、農連市場の店舗でTさんが使っていたレジスター。

       

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      金額の標記はドルです(笑)

       

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      沖縄の本土復帰から45年。とっくに役目が終わったレジスターが残った理由は、どこかのレバーを押すか引くかすると、ドロアーがジャキーン(ガッシャーンか?)と開くから。Tさんはそこで売上を入れたり、釣り銭を出したりしてたんです。レシートは出ません。出てもドルだし(笑)

       

       

      さて、農連プラザへの移転を機に、M商店は営業時間を伸ばしました。そこで、午前11時から夕方までを担当するBオバさんが加わることになったんです。BはM商店本社のエラいさんの親戚だそうで、新任にもかかわらず、Tさんに上司ズラするんですよね。

       

      Bは着任して一週間が経っても商品の値段を覚えておらず、私はとっくに「こいつはアカン」と評価済み。なるべくTさんがいる時間帯で用事を済ませることにしています。

       

       

      さて一昨日の昼前のこと。私は午前中の仕入れで受け取った領収書のチェックをしてました。そこで、M商店から受け取った領収書の間違いに気づいたんです。仕入数量が17パックのところ、領収書は27パック。つまり10パック分の過払いです。

       

      さっそく、M商店に急行したところTさんはすでに帰宅していて、店にいたのはB。

       

      C「領収書が間違っとんねん。確認して、返金と領収書の再発行を頼むわ」

       

      B「えっ、確認しろと言われても・・・」

       

      C「簡単だろ。この商品が今朝の開店時にいくつあって、売れたのがいくら、じゃあ残りはいくら。それを数えたら10パック余るわけよ」

       

      B「いや、それはちょっと。あっ、Tさんに電話しましょうね。出たら代わってくださいね」

       

      C「もしもしTさん。今朝の領収書が27パックになってるわけよ。貰ったのは17パックだったけど覚えてる?」

       

      T「ごめんなさいね。でもちょっと覚えてないわぁ」

       

      C「あっ、俺の発注書はどした?。どこにある?」

       

      T「領収書を出したら捨てるわけよね」

       

      C「どこへ?」

       

      T「チリ箱さぁね(笑)」

       

      C「よし、わかった」

       

       

      チリ箱を探しました。そして、折りたたまれた発注書を見つけました。

       

      C「ほら、見つけた。17パック」

       

      ところがBは接客中。こいつはMさんだけでなく、私も部下だと思ってるみたいです。Bに「発注書を見つけたから領収書を書いといて」と言い残し、私は店を出ました。

       

      イライラしたらオシッコがしたくなったのでまずトイレに行き、それから佐辺昆布店、ヨシエさんの豆腐屋に寄り、知念精肉店のお母さんに手を振りつつ、M商店に戻るとBはTさんと電話中。

       

      B「ほんとにお金を返していいの?。いいのねっ」

       

      C「おい、何しとんねん」

       

      B「いや、Tさんに確認を・・」

       

      C「それはさっき、俺にやらせたやないかっ!!」

       

      B「いや、念のため」

       

      C「ほんなら、何て?」

       

      B「いや、発注書が17パックなら間違いないって」

       

      C「それもさっき言っただろっ!!。おまえ、仕事をする気あんのか?」

       

      B「はい、じゃあすぐに」

       

      C「何を?」

       

      B「いや、領収書を書かないと」

       

      C「おまえな。俺は今、トイレに行って、それから・・・。あっ、何しとんねん」

       

      B「領収書でしょ?」

       

      C「10パックの領収書を書いてどうすんねんっ!!。10パックを引いた17パックの領収書やろ。ほんで、返金が10パック分やんか」

       

      B「あっ、えっ?。どして?。10パック分でしょ。これで合ってるさ」

       

      C「おい、ふざけんなよ。自分とこが間違えて、俺に電話させて、チリ箱探させて、待たせといて。その間、おまえは何をやってたんやっ!!」

       

      B「・・・・」

       

       

      そういうゴダゴダがあって、昨日の朝。

       

      C「あいつ(B)はあかんな」

       

      T「ごめんなさいね。で、どうなった?」

       

      C「領収書を貰って返金も済んだよ。だけど、そこに行き着くまでがカクカクシカジカでから」

       

      T「ごめんなさいねぇ。ウフフ。Bさんにそんな風に言ったの?」

       

      C「おう。仕事をする気があんのかって言うたった」

       

      T「怒らせちゃってごめんなさいね。アハハ(笑)」

       

      C「なんか、楽しそうやな」

       

      T「いや、そんなことないけど。ウフフ」

       

      あんなことでは、Bが市場の皆さんとうまくやってくのは無理でしょう。Tさんはお疲れ様ですが、長くは辛抱しなくていいかもね。


      農連市場から農連プラザへ

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        農連市場の各店舗は、オバぁが一人でやってるか、社長が数人の従業員を雇っているかのいずれかです。

         

        つまり、一般的な会社組織における部長とか課長とかのように、中途半端な責任や権限を持ってる人がいません。だから意思決定が速く、これが実に清々しく、気持ちがいいわけよね。

         

         

        農連市場のゆったりとした空気は観光客に好評です。一方で、オバぁ達が為すべきことを為し、決めるべき事を決めているからこそ醸成される、凛とした市場の空気も感じ取っていただきたい。

         

        「私も老後はあんな風にゆったりと仕事がしたいわぁ」などと言う人がいたら、それは認識不足というもの。オバぁ達には何十年も事業を継続させてきた実績があります。同じように仕事をするなんて、そんなに簡単なことではないでしょう。

         

         

        さて、市場が農連プラザに移った後、各店舗の営業時間が変わりました。これまで未明からお昼前までが標準的だったところ、昼間に農連プラザを訪れるを客を見込んで、各店舗とも営業時間を伸ばしたんです。

         

        例えば、市場のさしみや名嘉鮮魚店。これまで昼前には店仕舞いしてました。

         

         

        ところが、今はこう。

         

         

         新調した大型ショーケースの前に立つのは店主のターボー。そのショーケースには刺身に加えてテイクアウト用の握り寿司や海鮮丼を並べました。店で飲食する人のために白いテーブルを二つ用意し、ビールも置きました。従業員も一人雇って、営業時間は17時まで大幅延長です。

         

        ターボーはやる気です。

         

        店舗が新しくなったのを機に、心機一転頑張ろうという明快な意思表示と言えます。一方で、高くなった家賃や管理費を払っていくには、この位はやらないと続けられないという判断もありそうです。

         

        微力ながら私も売上に貢献したいので、近々、ビール+刺身+魚汁で千ベロするつもりです。相棒のAも誘って二千ベロにしましょうねぇ。そしたらいつの間か四千ベロとか八千ベロになってしまい、ターボーが喜ぶと。


        おっ、いいじゃん(笑)


        よみがえった記憶

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          某青果店が壺屋交差点近くの仮店舗に移って2週間。この店舗がイタリアンだったかピザ屋だったか、まったく記憶にありません。

           

           

          ここで営業を始めた当初、某青果店の長男(63)と孫(40)が出入口のドアを外すか否かで揉めてました。もちろん、ドアが無いほうが出入りが簡単でよろしいが、長男が暑いだの寒いだのと言うて、結局、ドアはそのままになりました。

           

          私の意見を言ったとすれば「壁ごと抜きましょう」というもの。出入口がイタリアンな八百屋なんて沖縄中探してもありませんからね。だからもう、ハナから二人とは話が合いそうにも無く「どうでもエエわ」と思った時、突然、古い記憶が蘇ったのでした。20年近く前、観光客の私はここで食事をしています。

           

           

          私はその時、現在のモノレール牧志駅の近くにある南西観光ホテルに宿泊中。夕食をとるためにひめゆり通り方向に歩きました。適当な食堂が見つからないまま随分歩くと、そこにイメージ通りの食堂があったんですよ。

           

          その食堂は広い出入口が開放されていて、外から店内が丸見えでした。あまり上等ではないテーブルと椅子、ビニール製のテーブルクロス、バケツで水をブチまけて掃除ができるビニール床。

           

          最高じゃないですか。その佇まいはまるで東南アジアの食堂でした。記憶が定かではないものの、ベトナム料理店だったかもしれません。

           

          何を食べたかも忘れましたが「また来よう」と思ったのは確か。満足して店を出て、来た方向とは逆にしばらく歩くと坂道になり、そこを登りきると交差点に「開南」の表示がありました。

           

           

          沖縄に来てから、再びあの食堂に行きたいと思ったものの、手がかりは南西観光ホテルからひめゆり通りを経て開南交差点に至るまでの進行方向左側。ホテルよりは開南が近かった。それだけ。

           

          そのあたりを通る度に、あの懐かしい食堂を探しましたが、どこにも見つかりませんでした。それなのに、この仮店舗があの食堂だと確信できたのは「壁ごと抜いた」光景を思い浮かべたから。そこから私の脳内を信号が走り、古い記憶に行きついたってこと。劣化が進む私の脳でも、やる時はやるんです(笑)

           

           

          アジア食堂は何度か店が入れ替わり、今は八百屋になりました。当時から私は沖縄に移住したいとは思っていましたが、それが実現し、その八百屋で働いてるなんてねぇ。

           

          携帯からやっとメールが飛ばせるようになった時代(Sky Walkerだったか?)。Googleマップはありませんでした。


          人の気配が無くなった農連市場

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            ガーブ川の北側、つまり農連プラザ側から旧農連市場を撮りました。

             

             

            なんですかねぇ、この廃墟感。

             

            住む人がいなくなった住宅は荒れると言いますが、農連プラザの落成からまだ2ヶ月も経ちません。換気は抜群の市場でしたから、一般の住宅とは違うはずなのに、ここまで朽ちた雰囲気になるのは何故なんでしょう。

             

            一つは市場で働く人達の日々の営みが風景から消えたことがあるでしょう。もう一つは農連市場が築いてきた時代を私が懐かしむ心境になってることがあると思います。

             

            だから、市場の建物が「自分の役目は終わった」と悟ったかのように、私からは見えてるんでしょうね。

             

             

            ところが、ここで営業中の店舗が一軒だけありまして、それがトモコオバぁのカマボコ屋(笑)。いったい、何をグズグズしてるんでしょうねぇ。

             

            もちろん、カマボコ屋の客はこれまで通りトモコオバぁの店に来ますが、周囲の店舗には誰もおらず、通行人もいなくなりました。だから、私がカマボコを買いに行くと、トモコオバぁはナンヤカンヤとどうでもいいような話を始めて、私を放そうとしません。

             

            今朝はなんだったかな。そうそう、古くなった冷蔵庫を処分したら、その冷蔵庫の跡に40年分のチリやホコリが残っていたと。そしてそこにはゴキブリが一匹もおらず、死骸さえ無かったと。「ウチがどれだけ気を使っていたかが分かるさぁね」と。そんな話でした。

             

            「そんなことはどうでもエエから早よ移れよ」と言いたい。

             

            言いたいが、マゴマゴしてるそれなりの理由があるんでしょう。

             

             

            思ったことをすぐに口にしてしまい、敵も味方も多いオバぁです。ああしたほうがいい、こうしたほうがいいと私も思うことはありますよ。ありますが、一人でカマボコを売り続けて40年ですからね。その圧倒的な年月を前にすれば、色々な理屈を言葉にする前に、「だから何なん?」って自分で思ってしまいます。

             

            まあ、だから、言いたいことは全部言わせて、「さすがやねぇ」とか「頑張ったねぇ」とか返事をしておくほかありません。40年も働いてきた場所ですからね。もう、気が済むまでそこに居てちょうだい。


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            念願の沖縄生活を始めて8年になりました。
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