大宜味村津波「ター滝」

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    大宜味村津波のター滝です。ツナミではなくてツハ。

     

     

    滝の入口から滝までの間に道は無く、川を歩きます。所要時間は約30分。

     

    最初は楽勝ですが、

     

     

    段々と難しくなってきます。

     

     

    ウェットスーツを用意してきた人(現地でレンタルも可)は水の中をザブザブ進めます。

     

    問題なのは私のように、膝上あたりまでなら水に浸かってもいいけど、半パンや下着が濡れるのはちょっとと言う人。川を進むのか岩に登るのか、右岸か左岸か、なかなか頭を使います。

     

     

    国頭村の比地大滝は遊歩道が整備されているので、まったく川に入らずに滝の近くまで歩けます。ター滝は川を歩くしかありません。比地大滝は滝を近くから眺めるだけ。ター滝は滝の真下まで行けます。

     

    つまり、比地大滝は滝や川と少し距離を置いた観光地で、ター滝は水遊びの場所と言えるかもしれません。

     

     

    ところで、ター滝からの帰り道、ネットでこんなニュースを見つけました。

     

    19日午後2時半ごろ、沖縄県大宜味村津波の平南川上流にある「ター滝」の管理者から「川が増水し、人が取り残されているかもしれない」と119番通報があった。国頭地区消防隊員が滝の約300メートル手前で、岩の上で孤立した行楽客13人を発見し、同5時すぎまでに全員を救助した。けが人はいない。

     

    19日って、私が行った日の二日前じゃないの。危ない危ない(^^)

     

     

    沖縄の川は短くて狭いのが特徴で、構造的には排水路。少し雨が降るとすぐにこうなります。

     

    滝の手前300mと言えば、川が狭くなり流れが急になる所。雨の中をそこまで進んで退路を断たれた感じでしょうか。

     

    それにしても、ヘリやボートが使えない川で、消防隊員はどうやって救助したんでしょう。抱きかかえて泳ぐしかない気がしますね。隊員が「やれやれまたかよ」と呟く声が聞こえてくるようです(^^)


    夏のヤンバル

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      今年の夏は何度もヤンバルへ通いました。

       

      国頭村宇嘉「座津武(ザツン)川」

       

      国頭村楚洲「伊江川」

       

      名護市源河「源河(ゲンカ)川」

       

      大宜味村田嘉里「田嘉里川」

       

      国頭村奥間「奥間川」

       

      東村高江「新川(アラカワ)川」

       

      ヤンバルの豊かな森を楽しむ方法は登山か沢歩きでしょう。

       

      与那覇岳など登山道が整備されている山へは登山口まで林道を車で移動してそこから歩きます。沢歩きは下流に車を停め、川を歩いて上流の林道を目指します。

       

      いずれもそれなりの準備(装備)が必要なので、気楽に出かけるのなら比地大滝などの遊歩道を歩くのが良いでしょう。

       

      私のやってることは沢歩きとは呼べません。なるべく川の上流まで林道を車で移動して、そこから少し川を歩くというもの。滝や砂防ダムに着いたら、あるいはそこから先は危険と思った場所がゴールです(笑) 

       

       

      大国林道などの林道は概ね鬱蒼とした森の中を進むのでドライブには向きません。あえてポイントを探すとすれば、国頭村比地の長尾橋付近は空が開けて周囲の森を眺めることができます。また、国頭村安波の「やんばる学びの森」は山の尾根にあるので良い眺望が得られます。レストラン棟からの眺めが特にお勧め。

       

      ヤンバルのベストシーズンは6月上旬の梅雨明けから8月上旬の立秋までの夏だと思います。上の写真のうち最初の2枚がその期間に撮ったもの。8月中旬から9月中旬に撮った残り4枚は光の量が少なめですね。つまり秋ってことです。


      壺屋の映画看板

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        ひめゆり通りからグランドオリオン通りや竜宮通りに抜ける一方通行。その終点あたりにこの映画看板があります。 

         

         

        ゴジラ、男はつらいよ、嵐を呼ぶ男。

         

        この映画看板は沖縄最後の映画看板職人喜名景昭さん(またはお弟子さん)の作品。

         

        喜名さんは桜坂の映画館で40年にわたり映画看板を描いてきましたが、映画館が桜坂劇場になってからは映画看板が使われなくなり、現在は桜坂市民大学で看板製作の講座を担当されているそうです。

         

        映画館以外の場所で時々映画看板を目にすることがありますが、それは喜名さんかそのお弟子さんの作品ってことになりますね。

         

         

        映画看板の製作には碁盤技法という技術を用いるそうです。それは見本のポスターなどに碁盤の目を書き、そのひとマスひとマスを看板に描き写すというもの。例えば5cm四方を20cm四方に描き写すとポスターの16倍の看板が出来上がるわけです。

         

        納得、納得。

         

        映画館は映画看板を使わなくなってしまいましたが、何しろ目立つので、何か別の用途で碁盤技法が活用されれば良いと思います。

         

         

        老婆心ながら「5cm四方を20cm四方に描き写したら4倍じゃないの?」と思った人がいたら、声に出す前にもう少し考えましょうね。面積だからね(笑)

         

         

        上の写真を拡大するとそこに小さな看板があることに気づきます。「ヒーロー」。

         

         

        「ヒーロー」は喜名さんが経営しているバーだそうで、右の扉が入口なんでしょう。

         

        う〜む。

         

        私は小心者なので、いきなりこの扉を開く勇気はありません。もしこのバーで飲むとすればですね。まず桜坂市民大学の映画看板講座を受講して喜名さんと知り合って・・・みたいな手順になりますかね(^^)


        ヤンバルの秘境?

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          小禄にあった「そばロックカフェ」。

           

           

          居心地の良いそば屋&カフェでしたが、私が沖縄に来た頃に閉店してしまいました。

           

          ジャケットは三人編成だった頃のやちむん。リーダーの奈須重樹さんが近所に住んでいるので、店の名前からイメージした曲を作り、ジャケットの撮影もしたってことでしょう。

           

           

          観光客時代に奈須さんから「ヤンバルにオーシッタイという、つい最近まで電気も通ってなかった集落があるから行ってみてはどうか」、「もし行くのなら安部(あんぶ)のいしぐふーでそばを食べろ」と言われて、その通りに動いたことがありました。

           

           

          こちらが、いしぐふー。確かに美味しいそばでした。

           

           

          そこからヤンバルの山中に向かって林道を走り、オーシッタイに到着しました。漢字で書くと大湿帯。

           

           

          20年近く前のことなので、ほとんど記憶に残ってないのですが、覚えているのはカフェで冷たいものを飲んだことと、

           

           

          無人販売所ではちみつを買ったこと。

           


          集落に養蜂家がいたと思います。

           

           

          「あんな所行くんじゃなかった」とは思わなかったけど、沖縄に来てから再訪してないのでそれほど強い印象はなかったのか?

           

           

          オーシッタイは廃村寸前まで人が減っていたところ、内地からの移住者が入植して人数が増え、1980年代に電気が通ったそうです。水道はおそらく今も無く、川の水をひいていると思います。

           

          そこで疑問なのは、奈須さんは何故そこへ行ってみろと言ったのか。ひょっとしたら彼は若い頃の一時期をオーシッタイで暮らした経験があるのかもしれません。

           

           

          ウチナーンチュの多くはオーシッタイを知らないか、名前を聞いたことがあっても場所を知らないでしょう。この集落のことが話題になることはまずありません。

           

          ヤンバルの森がいくら深いと言っても島の中。林道も通じてるのですから秘境と呼ぶのは大袈裟と言うもの。

           

          ところが、オーシッタイはナイチからの移住者、つまり沖縄の誰とも血のつながりが無い人達だけで形成された集落です。その意味でこの集落は周囲から孤立していると言え、そのことに地理的な秘境よりも強い秘境感を感じます。


           

          近々再訪して、奈須さんが勧めた理由を考えてみましょう。住所は名護市なのでヤンバルクイナはいませんが、リュウキュウイノシシが林道を横切ることはあるかもしれません。


          ヤンバル通い

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            この夏は毎週のようにヤンバルを歩いてます。山から川から海から(^^)

             

            昨日は国頭村楚洲まで行きました。ヤンバルの東海岸まで約2時間(那覇〜許田は高速)かかるので、8時に出て16時に帰ってくるとして、現地滞在時間は4時間。効率が悪いわけよね。

             

            と、言いつつも。こんな川や、

             

             

             

            こんなビーチを見ると、また行こうと思ってしまうと(^^)

             

             

             

             

            以前投稿しましたが、国頭村には9つの小学校がありました。

             

             

            左下から時計回りに、

             

            1.奥間小学校(90名)

            2.辺土名小学校(124名)

            3.佐手小学校(2019.3廃校)

            4.佐手小学校辺野喜分校(2013.3廃校)

            5.北国小学校(2019.3廃校)

            6.奥小学校(9名)

            7.楚洲小学校(2004.3廃校)

            8.安田小学校(9名)

            9.安波小学校(8名)

             

            既に4校が廃校となっていて、東海岸の3校は風前の灯。こうして並べてみると、辺土名小学校や奥間小学校がマンモス校に見えてきます(笑)

             

            学校のカタチがある間に各小学校を写真に撮ることにしました。これまで3,4,7,8,9の各校が撮影済み。1,2はそのうち撮るとして、5,6をこの夏に撮りたいと思います。

             

            こちらは佐手小学校辺野喜分校。

             

             

            廃校になって7年。生徒がいなくなって11年になりますが、それでも子供の気配が校内に残っています。辺野喜尋常小学校の時代から117年続いた学校でした。


            ニライカナイ橋展望台

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              ニライカナイ橋を画像検索すると、こんな画像が並びます。ってことは皆さん同じ場所から撮ってるんですよ。

               

               

              ニライカナイ橋へ入るトンネル。

               

               

              そこを抜けて振り返ると、

               

               

              トンネルの上に手すりが見えますね。あそこです。

               

               

              ニライカナイ橋展望台。

               

              難点は駐車場が無いので、狭い駐車スペースを取り合いになることと、そこから展望台まで150mほどを歩かなくてはいけないことですね。

               

               

              でもまあ眺めが良いので、そのくらいは我慢しましょう。

               

              ニライカナイ橋から左へ視線を移すと、久高島、津堅島、浜比嘉島、平安座島、勝連半島と、中城湾を取り囲む島々がすべて見えます。

               

               

              さて、展望台を楽しんだらニライカナイ橋を下りましょう。後ろから地元の車がついてきても急ぐ必要はまったくありません。

               

              遠くから高い旅費を払ってわざわざ来ていただいた貴方の車と、そこらへタバコを買いに行くニイちゃんの軽トラと、どちらが優先かは明らかというもの。橋を下るのが数秒遅れたことで彼の人生が変わるはずもありません。


              美しい景色を楽しみながら、ゆっくり走って下さい。

               

              うとぅいむち、うとぅいむち(笑)


              辺土名はヤンバルの首都なのか?

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                オクマビーチと、

                 

                 

                辺土名ビーチ。

                 

                 

                米軍の奥間レストセンター(保養施設)を挟んでその両側にある二つのビーチ。国頭村浜集落出身の調理師と、どちらが表かって話になりました。

                 

                私の認識は、まずリゾート地としてのオクマビーチがあり、その裏に地元用の辺土名(イチャンダ)ビーチがあるというもの。

                 

                ところがこの調理師にとって辺土名はヤンバルの首都であり、奥間は数ある集落の一つにしか過ぎません。よって辺土名ビーチが表(笑)

                 

                 

                そこまで言うのならと、私はゆっくりとヤンバルの首都を歩いてみることにしました。何度も見たことのあるアーチですがくぐるのはこの日が初めてです。

                 

                 

                さっそく案内を見ましょう。

                 

                 

                オレンジ色が辺土名大通りで、かつての国道58号線。最近、集落の東側にトンネルを掘ってバイパスを通しました。

                 

                 

                こちらは国頭スーパー。共同売店ではなくスーパーなところが首都。

                 

                 

                ホテルもあります。

                 

                 

                パトカーはクラウンだし、

                 

                 

                じゅんさぬちゃーとかたやびら(^^)

                 

                 

                こちらは辺土名バスターミナル。名護から琉球バスと沖縄バスが来ています。

                 

                 

                で、ここから先は国頭村営バス。西海岸を奥集落まで往復する路線と、東海岸に出て楚洲まで往復する路線があります。

                 

                 

                もちろん社交街がありまして、こちらが組合事務所のようです。

                 

                 

                人の写真や走ってる車の写真が一枚もありませんがいないんだもの(^^)

                 

                車がバイパスを通るようになって以来、商店街から人気が無くなってしまったんですね。参ったな(^^)


                そこで商店街の皆さんが「通り会」を結成し、どんどん活性化していこうと。

                 

                 

                この投稿の写真をSNSで流したところ、

                 

                「国頭スーパーのたたずまいがいい」

                 

                「国頭スーパーの経営者が同級生だ」

                 

                「ここの社交街なら朝まで飲める」

                 

                「すべての写真が私を呼んでいる」

                 

                などと好意的な感想が寄せられていますので、通り会の皆さんはヤンバルの首都らしいアピールをしていただきたい。

                 

                通り会事務所の前には大きなてるてる坊主がいまして、名前はへんとなてるこ。この日も快晴でした。


                港川の石巻き落とし漁法

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                  ここは八重瀬町の港川漁港です。そうそう港川原人の港川。

                   

                   

                  この漁港のあちこちにこんな石が積んであって、前々から不思議に思ってたんですよ。この日、用途がわかりました。

                   

                   

                  この石に餌を付けた針を乗せて、釣糸でグルグル巻きにするわけですね。

                   

                   

                  この図では説明用に釣糸が少なめですが、実際は糸をグルグル巻いて、バラけないように最後に糸を挟みます。

                   

                  これをあらかじめ沢山用意しておいて、舟で漁にでます。そしてポイントに着いたらこの石を海に落とし、石が海底に到達したら、糸をクイッと引いて石をバラします。

                   

                  名付けて「石巻き落とし漁」。

                   

                   

                  この漁の利点は、

                   

                  (1)石がオモリの役目を果たすのでオモリがいらない。

                  (2)石が重くて流されないので、狙ったポイントに落とせる

                  (3)餌を糸で巻いているため、海底に着くまでの間に雑魚が食わない

                  (4)石が海底に着いたら糸を引いて石をバラすので、魚のヒキが直接伝わる

                   

                  つまり、釣糸、釣針、餌というシンプルかつ低コストな道具で漁ができるということ。

                   

                   

                  港川漁港の漁師は今もこの漁法で漁をしているので、漁港に沢山の石が用意されているわけです。

                   

                  石灰岩の隣りにこんなものが積んでありました。

                   

                   

                  石灰岩は適度なサイズに割る必要がありますが、セメントならサイズが揃います。手間をかけるより、多少のコストは仕方がないってことなんでしょう。

                   

                   

                  ところでこのセメントは何かに形が似ているなと思ったら、そうそう、この形。

                   

                   

                  豆腐のパックで作ると、いいサイズになるんですね。セメントが固まった後の始末も簡単そうです。

                   

                   

                  ところで、港川沖合いの海底はどうなっているのか。何十年、何百年も港川の漁師が石を落とし続けたので、漁のポイントには石が積み上がって良い魚礁になっていることでしょう。

                   

                  それを見たダイバーが「海底遺跡発見」と騒いだら楽しいのに、さっきの豆腐がね。残念だなぁ。あれでは海底遺跡とは思わないよなぁ(^^)

                   


                  北谷町謝苅原(じゃーがるばる)

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                    一つ前に投稿した謝苅の映画館(ナポリ座)跡。ここが謝苅青年会エイサーの演舞ポイントの一つだと聞きました。

                     

                     

                    私は謝苅が北谷町の字だと勘違いしてましたが、正しくは北谷町字吉原謝苅地区です。

                     

                    ナポリ座前のバス停は原名(ハルナー)で謝苅原。地元ではこの辺りを謝苅三叉路と呼んでいるようです。

                     

                     

                    字吉原にもう一つ青年会がありまして、それが栄口(えぐち)青年会。

                     

                     

                    北谷町を代表する二つの青年会が隣り合わせなんですね。素晴らしいじゃないですか。

                     

                    今年の全島エイサーは中止かもしれませんが、道ジュネーはやるでしょう。その場合、今年は謝苅と栄口のエイサーを観に来たいと思います。

                     

                     

                    沖縄の芸能界に詳しくない方は退屈な話かもしれませんが、よなは徹と松田一利は共に謝苅出身で同い年(1976)。

                     

                     

                     

                    そして、二人の師匠がやはり謝苅出身の松田弘一さん。沖縄民謡界の大御所でしたが、昨年、お亡くなりになりました。

                     

                     

                    その松田弘一のお嬢さんが松田しのぶ(写真右)で、同じく謝苅出身のチアキ(写真左)と同級(1972)。

                     

                     

                    チアキと旦那(かんなり)のユニットは「しゃかり」。謝苅をしゃかりと読み替えたんですね。

                     

                    あっ、それから(写真中)は彩風の仲田かおり。彼女は石垣島出身です。

                     

                    北谷町の一集落に、何という芸能人密度。とは言え、すぐそこに芸能人が住んでるのが沖縄ですから、これが普通なのかもしれません。

                     

                     

                    ところで、北谷長老酒造工場前の坂道でお分かりのように、謝苅は急斜面に形成された集落です。これほど立地の良くない集落は珍しいと思うほど。

                     

                    そしたら、やっぱりと言うか。戦後、米軍に占領されて、北谷の平野部を追い出された人達が、謝苅原に移ったんですね。松田弘一さんのお父さんの世代だと思います。


                    北谷長老酒造工場前の坂道

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                      JUGEMテーマ:地域/ローカル

                       

                      北谷長老の酒造所前に急な坂があると聞いて、急坂マニアの私が出動しました。

                       

                      ところがねぇ。私はおそらく本島で一番急なアンマーウンケーの坂を経験してるので、どこへ出かけても負ける気がしないのよね。

                       

                      豊見城のむっちゃ急な坂道 

                       

                       

                      しかし、北谷長老は好きな古酒。酒造所の前を通りつつ、心の中で「頑張れ!!」と呟くことにヤブサカではありません。

                       

                      さて、着きました。

                       

                       

                      ここから、あの丘の上まで一気に駆け上がるわけですね。

                       

                      ここは北谷町字吉原。私は謝苅(ジャーガル)が北谷の字だと思ってましたが、字吉原に属する地区の一つなんですね。

                       

                       

                      登ります。

                       

                       

                      右手に北谷長老酒造所。

                       

                       

                      おお〜!!

                       

                       

                      来た来た(^o^)/

                       

                       

                      やるじゃないですか。

                       

                      健闘しましたが、アンマーウンケーの坂と比べると距離が短く、傾斜に恐怖を感じません。

                       

                      これは与那原町板良敷の次郎坂と同等の急坂と言えるでしょう。つまり、本島2位クラス。真和志高校の地獄坂より距離は短いものの、傾斜は上だと思います。

                       

                       

                      こちらが北谷長老酒造工場。

                       

                       

                      北谷長老はいい香りのお酒です。沖縄最古の酒造所の一つですが、家族経営なので出荷量は少なめ。当初は北谷にしか出回っていなかったそうです。

                       

                      そして、このオジィが北谷長老こと南陽紹弘禅師。北谷生まれの僧侶で首里の建善寺の住職を務めました。

                       

                       

                      キャンプフォスターの第3ゲート近くから見える基地内の小さな丘に北谷長老の墓所があり、長老山と呼ばれています。

                       

                       

                      首里から北谷に戻った北谷長老が開いた樹昌院。臨済宗の寺院で、北谷町字大村にあります。

                       

                       

                      ぼ、ぼうず丸儲け(笑)

                       

                      ではなくて、北谷が生んだ立派な僧侶を、町をあげて盛り上げてるってことでしょう。

                       

                       

                      最後に、謝苅の映画館(ナポリ座)跡に寄りました。1950年代の映画館ですが、なかなかオシャレな建物です。

                       

                       

                      謝苅青年会のエイサーを見る時は、ここに立っていれば良いそうです。

                       

                      さて今年の夏。エイサーは見れるのか。


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                      念願の沖縄生活を始めて10年になりました。
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