読谷の空は何故広いのか

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    座喜味城跡公園から真栄田岬方向を眺めています。


     

    本来なら恩納村や本部半島がくっきり見えるはずですが、梅雨明け前ですから贅沢は言えません。

     

     

    それにしても、読谷の空は広いわぁ。

     

    何でこんなに空が広いのか、私なりに考えてみました。超簡略化すると、読谷はこんな地形なんですよ(笑)。お皿を裏返したカタチ。

     

     

    海岸から斜面を登った所、つまり皿の底の部分に広い平地があります。

     

    高台の平地ですから飛行場にはうってつけで、かつて日本陸軍の沖縄北飛行場がここにありました。   

     

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    沖縄戦の後、こんな一等地を米軍が手放すはずがありません。この平地(皿の底)が読谷村民に返還されたのはつい最近で、2006年のことです。そしてその翌年、あの象の檻が撤去されました。

     

     

    私が農連市場に来る前、2010年の飛行場跡です。

     

    CIMG4404s.jpg

     

    まあ、道路と言えば道路ですが、信号も交差する道も無く、コンクリートの地面が延々と2km続いてました。暴走族対策で、舗装面がわざとデコボコにしてあった記憶があります。

     

     

    先程の皿をイメージしましょう。私は今、皿の底に立ってます。すると海は見えないわけですよ。そして、地平線(?)がすぐそこにあって、そっから上の全部が空(笑)。

     

    北海道の空も確かに広いのですが、あそこは広い大地のずっと先に地平線があり、それだけ空が狭くなってるわけです。その点、読谷はすぐそこからが空(笑)。読谷の空が広いわけです。

     

     

    さて今、読谷の皿の底には、村役場や野球場、陸上競技場、学校などが完成しています。今のところは必要な施設を並べてみた感じで、土地にはまだまだ余裕があります。

     

    その土地をどう使うか、読谷村は思案のしどころですね。おもろまちや北谷のような商業施設の街をつくっても、村民が買物するだけでは成り立ちません。かと言って、紅芋畑ではもったいない気がします。

     

    もっとも、元はと言えば読谷村民の土地。そこを空き地にしようが、紅芋畑にしようが、他所からあれこれ言われる筋合いはありません。村民が暮らしやすく、生活が潤うような土地活用法を、じっくり考えていただきたいものです。

     

     

    ところで観光客の皆さん。皿の底から海に向かう斜面(皿の名称で言えば胴の部分)は絶好の撮影スポットです。

     

    下り坂の先に広がる青い海。海岸から眺めるよりも、ずっと海が広く見えます。左右がウージ畑で未舗装の道ならなお良いでしょう。是非、絶景スポットを探してみて下さい。思い出になる一枚がきっと撮れるはずです。

     

    つまり、読谷は空も海も広い(笑)

     

     

    Twitterに湧き水の動画をツイートしました。読谷村伊良皆の上ヌカー。尚巴志の墓がある佐敷森のすぐ近くです。

     


    オモテの沖縄、ウラの沖縄

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      以前、沖縄のロータリークラブの例会に招かれて、私のブログに関連したお話をさせていただいたことがありました。

       

      講演のタイトルは「沖縄の不思議とその魅力」

       

      以下のように話を始めました。

       

      沖縄はわずか140年前までは独立国家。ヤマトとは異なる文化を持ち、それは今も深く受け継がれています。それはヤマトの人達にとっては異文化。カルチャーショックを受けることがしばしばあります。

       

      それが沖縄の不思議。

       

      私は沖縄に来たヤマトの人達に、沖縄で不思議に思うことがあったら、驚いておしまいにせず、その不思議を紐解いて欲しいと言ってます。理解が進むにつれ、その不思議は沖縄の魅力に変わります。そしてその魅力に気付いた人達は何度でも沖縄を訪ねたくなります。今日はそんな話をさせていただきます。

       

       

      なかなか上手いことを言うたなぁと思います(笑)。私がブログを続ける動機も投稿内容も、つまりこういうこと。「不思議」が大げさなら、「疑問」でも良いでしょう。

       

      疑問を解消しようと思えば、書籍や資料をあたったり、現地を歩いたりします。これが楽しくて楽しくて(笑)。そして、疑問が解消した時の、得も言われぬヨロコビ。

       

      答えが正しいかどうかは自分で判断できます。正解は常に合理的で美しいんですよ。仮に間違っていても、それが間違いと気づくことがまた楽しい(笑)

       

      私がまちまーいやジャングル探検などのガイドを避けたがるのは、彼らが答えを言ってしまうかもしれないから。一生懸命に問題を解いてる時に「お〜い、答えを言うなよぉ」みたいな感じです。

       

       

      話は変わりますが、以前は本土の日本海側をウラ日本、太平洋側をオモテ日本と呼んでましたね。失礼な(^^)。新潟県に住んでる人にとって、海は日本海。山の裏っ側にある海が太平洋です。

       

      ヤマトゥにとって、沖縄は異文化の土地。御嶽もあればユタもいます。例えば、そんなスピリチュアルな部分を取り上げて「誰も知らない沖縄」とか「沖縄の裏側」とか見出しをつけることは、日本海側をウラ日本と呼んだ発想と同じです。御嶽もユタも日常生活の中に普通に存在していますからね。

       

       

      私は古い集落を歩くことが好きで、いくらでも歩けますが、国際通りやおもろまちを歩いても暑いだけ。楽しい疑問が何も湧いてこないので退屈で仕方がありません。

       

      つまりね。御嶽があってユタがいることが沖縄のオモテ。ウラ情報を編集したモノが観光ガイドなんですよ。あれをオモテと思っているようでは、マダマダなんだよなぁ(^^)

       

       

      では、昨日に引き続き、垣花樋川の水の音をお楽しみ下さい。

       

       

      ちょっと水量が少ない気がもしますが、このところ雨が少ないからかもしれません。梅雨なのに(^^)

       

        



      海軍壕公園展望台からの眺め

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        今朝の配達中のこと。30分ほど時間が余ってしまい、どうしたものかと考えながら(小禄の)宇栄原を走っていたら、海軍壕公園の背後に朝日が昇ってました。

         

        順光になるので、これは那覇の眺めが良いはずと考え、公園展望台へ向かうことに(^^)

         

         

        下の動画は、北を時計の12時に置いて、1時から反時計回りに3時までを撮ったもの。ここからの視界は本来360度ですが、1時から3時まで(首里方面)は公園の植木が邪魔をしています。

         

         

        那覇市内には高台が何ヶ所もありますが、視界はせいぜい270度まで。360度の視界が得られる場所は、なかなか思いつきません。

         

         

        先の大戦で、敗色濃厚となった日本軍は、小禄空港(現那覇空港)を防衛するために、地下壕を建設することになりました。そして、火番森(ヒバンムイ)と呼ばれていた標高70mほどの丘を選んだのです。

         

        火番(ヒバン)とは烽火(のろし)を上げることを意味し、火立(ヒータティ)とも言います。

         

        先ほどの動画の開始直後に漫湖の水面が見えてます。そこを左方向に国場川を下ったら那覇港。琉球王朝の時代、この丘から那覇港を監視し、琉球以外の船が近づくと烽火を上げ、首里城に知らせてたんですね。

         

        今は建物が邪魔をしてますが、当時は那覇港の様子が手に取るように分かったはず。そして、火番森と首里の丘の間には遮るものがありません。

         

        火番森の烽火は大変役に立ち、後に琉球王府は久米島から渡名喜、慶良間、小禄の具志を経て首里城に至る「烽火通信ネットワーク」を構築しました。

        (→具志火立所からの眺め) 

         

         

        さて、火番森から那覇を眺めていたオヤジは、突然の頭痛に襲われます。そして気を失うと(笑)。やがて意識を取り戻したオヤジは、周囲の様子が変だと気付きます。

         

        それはコンクリートが無い景色。広がる大地にポツンポツンと集落があり、集落間を細い道が繋いでます。オヤジは琉球王朝の時代にタイムスリップしてしまったんですねぇ(笑)

         

        大沢たかおさん主演のドラマ「仁」のオープニングだったかエンディングだったかを思い出しますね。思い出さんか(^^)。

         

         

        幹線道路以外の道筋は昔も今も同じ。私は私の配達ルートを辿ることができるでしょう。

         

        「あれ、ちょっと違うな」と気づいたら、これがまた楽しい。「なるほど、あそこの道はこっちの道に繋がっていたんやぁ」と分かるはず。仲島の大石をみつけたら、その脇に泉崎橋がチョコンと架かっていることでしょう。

         

        いやぁ、そうなったら仕事どころじゃありませんてば。

         

         

        大変残念ですが、突然の頭痛には襲われませんでした(笑)

         

        昔も今も変わらない景色は慶良間だけ。宇栄原団地の右奥に慶良間がくっきり見えてました(動画の18秒目あたり)。

         


        久しぶりの城岳公園

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          久しぶりに城岳公園に来ました。

           

          前回はいつ来たかなと思い出してみれば、沖縄に来た翌年に来てました。

           

          当時、葛飾北斎の「琉球八景」が描かれた場所を探してまして、その一枚が城嶽霊泉。それ以来、8年半ぶりの2度目です(^^)

           

          農連プラザから目と鼻の先にありながら、どうしてこんなことになってるかと言えば、やはり公園としての魅力に欠けるからでしょうね。

           

          丘の上とは言いながら、高さは7、8階建てのビルの屋上程度。特に眺望が良いわけではありません。

           

          周囲に何も無かった頃は良かったでしょうね。琉球八景の時代であれば海が見えて、その先には浮島が見え、長虹堤が見えたでしょう。風光明媚な場所だったと思います。

           

           

          では、公園に入りましょう。裁判所前の入口から公園に入り、振り返りました。奥に那覇地裁。

           

           

          重要な裁判の後には、ここに人が集まり、報道機関が入ります。良い結果なら万歳をしたり、悪い結果なら「断じて許すことはできないっ!!」などと叫んだりする場所です。

           

           

          城岳の南側斜面と、

           

           

          良い枝ぶりのガジュマル。

           

           

          かつての城岳公園は荒れていて、「不良のたまり場だから、あそこへは行かないよ」みたいな印象がありましたが、今は綺麗に整備されています。

           

           

          話が逸れますが、昨年の那覇市長選挙で城間市長が再選を果たしました。その際、相手候補が「那覇市内の公園は雑草が生え放題で遊具も放ったらかしだ」と城間候補を非難しました。

           

          まったくその通りで、那覇市は公共施設を維持・管理することに予算をつけません。ところが、このところ、あちこちの公園が目に見えて綺麗になってます。選挙と関係があるのか無いのかは知りませんが、たいへん良いことだと思います。

           

           

          丘の上の広場です。

           

           

          いい感じではないでしょうか。

           

           

          戦後復興の時代。ここには「新世界」という名の遊園地があったそうです。

           

           

          私が子供の頃、私の故郷の呉でも、デパートの屋上でこんな飛行機が回ってました。

           

           

           

          さて、城岳公園の北端からの眺望です。

           

           

          最初に見える高い建物は、閉店した泉崎りうぼうの向かいに最近建ったマンションで、その右奥にハーバービューホテル。

           

          その右隣は旭橋の再開発地区で、白い建物はマンション。その右隣に最上階に窓の無い東急ホテル。更に右手でこちらを向いているリーガロイヤルホテル。

           

          沖縄県庁。那覇高校。

           

          那覇高校の向こうに高層マンションが見えますが、名前も場所も分かりません(^^)

           

          そのマンションの右手で建設中の建物(クレーンが乗ってる)は国際通りの「ホテルコレクティブ那覇」。台湾資本のラグジュアリーホテルだそうで、今年の12月開業です。浮島通りを国際通りに出てすぐ右です。

           

          当然、那覇タワーはありません(^^)

           

          こうして眺めてみると、私のように那覇市内を毎日ウロウロしていても、知らない建物ばかりです。風景が落ち着かないんですよね、那覇って街は。


          豊見城市与根の散歩

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            (1)数珠森

             

            豊見城市与根の平地にポコっと小さな山があります。数珠森(ジュジュムイ)と呼ばれている雨乞い御嶽です。

             

             

            土地の造成で森は東西に分断されてしまいました。こちらは西の森にある与根拝所。

             

             

             

            後方に数珠森が見える「パーラー デ ジュジュモ」はベジタリアンフードの店です。

             

             

             

            店はオーナーの自宅前にあり、広い芝生の庭がお客さんに開放されています。日陰を作る植栽にテーブルとベンチ。この日は10人ほどのグループが庭を使ってまして、その様子はまるでピクニックのようでした。

             

            オーナー夫妻はミュージシャンだそうで、ユニットの名前は当然に「jujumo」。YouTubeで2、3曲聴いてみたところパーラー同様に、音楽も丁寧な仕事をしてはりました(笑)

             

             

            (2)ヨネマース

             

            さて、与根と言えばヨネマース。

             

             

            沖縄では精製塩を食塩、自然塩をマースと呼びます。もちろん、食塩をマースと呼んでもかまいませんが、マースを食塩とは呼べません(^^)

             

            日曜日の与根製塩所はお休みでした。

             

             

            ヨネマースの原料は意外にも沖縄の海水ではありません。かつては与根の干潟に塩田があり、太陽と風を使って天日塩を作っていましたが、

             

             

            塩田跡はゴルフ場になり、そのゴルフ場は廃業し、今、再開発が進んでいます。そのため、与根製塩所は天日塩をオーストラリアから輸入しています。つまり、ヨネマースはオーストラリア産ってこと。

             

            製塩所では天日塩を粉砕し、洗浄し、薪を使った平釜で炊くことで再結晶させます。この工程は昔と同じで、製塩所がマースタチャーと呼ばれる所以です。

             

             

            (3)三角池

             

            与根漁港の前を通って、

             

             

             

            三角池に着きました。

             

             

             

            (誤)糸満市与根→(正)豊見城市与根

             

            ここは洪水防止のための遊水池。潮の干満の影響を受ける汽水域にあります。

             

            今は冬鳥が大陸へ帰り、夏鳥が飛来する前だと思うので、鳥が少ない時期のはず。それでも沢山の鳥がいました。漫湖に比べると小さな池なので、鳥がすぐそこにいます。

             

            数年前にフラミンゴが飛来してニュースになりました。例えば冬鳥なら朝鮮半島や中国、ロシア、稀にヨーロッパからも飛来するそうで、フラミンゴがいても不思議はありません。仮に野生のフラミンゴなら日本初だったとのこと。驚きますねぇ。

             

             

            それにしても、周囲500mほどの小さな池が、どうしてこんなに鳥達に人気があるのか。

             

            沖縄は軍事的に「太平洋の要石」と呼ばれていますが、それは鳥達にとっても同じなのかもしれません。冬鳥が南下するにも、夏鳥が北上するにも、沖縄は絶妙な位置にあるんでしょう。

             

            悲しいことに、沖縄の行政は「干潟を見ると土砂をぶちまけたくなる病」という不治の病にかかっています。そうでなければ、沖縄は鳥の楽園になっていたかもしれませんね。



            (4)しおさい公園


            与根の埋立地の海岸にあるしおさい公園。



            そこに、かつての干潟の先端がありました。



            瀬長島と新滑走路の誘導灯。奥に薄っすらと慶良間。



            小谷タカンリからの眺望

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              南城市佐敷を東から見たGoogleEarthです。

               

               

              丘の斜面に形成されている集落が佐敷小谷(さしきおこく)。陽当たりの良い小さな集落で、チンシワイドゥクルと呼ばれる急な坂道の上にあります。チンシ(膝が)ワイ(割れる)ドゥクル(所)。

               

               

              こちらは小谷タカンリ。

               

               

              タカンリは高台を意味し、その名の通り集落で一番眺めの良い場所です。

               

                

              4年前。南城市は市内の文化資源84ヶ所に「サイン」と呼ばれる案内板を設置しました。そのうち13ヶ所が小谷にあります。

               

              集落内の石畳道や井戸を巡る「小谷まーい」が人気ですが、この「サイン」を順に巡ればガイドが無くても集落を歩けます。

               

               

              小谷の人達は集落を訪ねる人が増えたことに最初は驚きましたが、やがてワッターウククの価値を再認識します。そして、集落の文化資源に積極的に手を入れるようになりました。

               

              先ほどのタカンリは、私が最初に来た時は雑草に埋もれていましたが、次に来た時は芝生になっていました。また、集落から丘の上に抜ける古道ジャンクビリは廃道同然でしたが、小谷の人達が整備し、歩けるようになりました。

               

              お金をかけず、集落に昔からあるものに手を入れれば、自然に人は集まるということ。沖縄の観光政策の真ん中に据えて欲しい考え方だと私は思います。


              本島南部の石灰岩堤

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                沖縄本島はヤンバルから読谷あたりまでは、右上から左下へ、黒潮の流れに沿った形をしています。ところが、読谷以南はお尻が垂れてると言うか、腰が引けてるように見えます。

                 

                 

                ヤンバルから読谷までを古島(高島)と呼び、読谷以南を新島(低島)と呼びます。つまり、大陸と陸続きだった頃の名残りが与論、古島、慶良間と連なり、隆起珊瑚の新島は後に形成されました。そのため、古島は山が高く、新島は山が低くなってます。

                 

                 

                例えば、糸満市南部を拡大してみると、隆起珊瑚らしい地形を観察できます。

                 

                 

                海岸にはヒシ(干瀬)やイノー(礁池)が形成され、バンタ(絶壁)があります。バンタの上は平地になっていて、集落や畑があります。その背後にある緑の帯が石灰岩堤で、集落を北風から守るクサティムイ(腰当森)の役目を果たします。

                 

                石灰岩堤の上部にはグスクや御嶽があり、下部の断層から水が湧き出ています。また、石灰岩堤が人の往来を妨げるので、ワイトゥイ(割取り)が通されてます。

                 

                 

                こちらは、八重瀬町安里のユムチガー(世持川)。

                 

                 

                人が捨てたゴミが気にはなるものの、背後の石灰岩堤から澄んだ水が湧き出ています。

                 

                人が放流した(捨てた?)魚が泳いでいて、タナガー(手長エビ)が住んでます。グッピーを飼いたい人は、網があれば簡単に穫れますよ。

                 

                私はタナガーを見に来たのですが、すぐに岩陰に逃げてしまうので、写真に撮れませんでした。上手く写真を撮った人はエサで誘き寄せてたんですねぇ。それを早よ言うて(^^)

                 

                 

                井戸を見た後、平和創造之森公園(糸満市山城)の展望台に寄りました。

                 

                  

                この展望台は石灰岩堤の頂上にあり、地形を観察しつつ、眺めを楽しめます。


                今日の出来事

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                  (1)漫湖公園のクジラ

                   

                  はい。クジラの尾ビレです。

                   

                   

                  前から見るとこんな感じ。ずっと奥の林に尾ビレ。

                   

                   

                  ペンキが剥げて無残な姿を晒してましたが、去年、やっと塗り直してもらいました。以来、時々ミストを噴き出すらしいけど、ちょっと待ってられません(^^)

                   

                   

                  (2)また、やっちまったか

                   

                  C「もしもし、注文お願いします」

                   

                  仕入先「あっ、はい。お伺いしてよろしいでしょうか?」

                   

                  C「あたりまえやないか。注文する言うてんのに」

                   

                  仕「あっ、はい」

                   

                  次回からは「はい、どうぞ」、もしくは「はい、伺います」でお願いしたい。

                   

                   

                  (3)植物の名前

                   

                  道を歩いてて、「あの花は何?」と聞かれた時に、余裕で答えることができる人は素晴らしい。

                   

                  「さぁ、ヤマブキじゃないか?」ではダメよねぇ。

                   

                   

                   

                  (4)脳みそせんべい

                   

                  ウチナーンチュのネーミングセンスには感心することしきりなワタクシ。が、しかし。「脳みそせんべい」って貴方(^^)

                   

                  まあ、そう見えるけど。

                   


                  ヤンバルの小学校はどうなっているのか(3)

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                    JUGEMテーマ:地域/ローカル

                     

                    ここで、国頭村の小学校のおさらいです。

                     

                     

                    西海岸の国頭村役場の近くに村内唯一の中学(国頭中学校)があり、その近くに100人規模の辺土名小、奥間小があります。

                     

                    そこから時計回りに、西海岸の佐手小と北国小はこの春から辺土名小に統合されます。東海岸に回って、奥小、安田小、安波小。計5校は児童数は多くて10名程度のヘキ地校です。

                     

                     

                    児童数5人の北国小学校は、ヘキ地校の問題を解消(緩和)するための取り組みを続けてきました。

                     

                    (1)合同授業

                     

                    毎週2日、佐手小学校に児童を集めて授業を行い、その日は複式学級を解消した。

                     

                    (2)遠足と研究発表会

                     

                    毎年の遠足と研究発表会は、ヘキ地5校が合同で開催した。

                     

                    (3)集合学習

                     

                    毎年6月の5日間、北国小、佐手小、奥小の3校が集まり、合同授業を行った。

                     

                    (4)交流学習

                     

                    年に1度、ヘキ地5校の児童を、辺土名小と奥間小にそれぞれ1日集め、交流学習を行なってた。つまり、中学校入学時のギャップ解消。

                     

                    (5)修学旅行

                     

                    毎年、北国小、佐手小、奥小の3校が合同で修学旅行を行なっている。修学旅行先は那覇(^^)

                     

                    いやぁ、充分じゃないでしょうか。この取り組みを続けて、学校を継続させることはできなかったんでしょうか。

                     

                     

                    日本は教育熱心な国のようでいて、教育関連予算のGDP比は先進国で最低水準です。豊かな国でありながら、教育にお金をかけません。

                     

                    教育関連予算を増やすことはせず、コスト削減のために学校の統合を進めて、それを財源にしているということ。その結果、小学校の1クラスあたりの児童数は世界で1、2位を争うほど多くなりました。小さな学校を目指している世界のトレンドに逆行してるんですよ。

                     

                    市会議員から国会議員まで、選挙の際には教育重視を公約しますが、その公約はどのように実現されているんでしょう。

                     

                     

                    那覇市の約5倍の面積の国頭村に中学が一校だけって少な過ぎませんか?。そもそも、ヘキ地5校にはも中学校が併設されていたんです。その全てを国頭中学校に統合したのは2004年のことでした。そして、いよいよ小学校の統合が始まったということ。

                     

                    小学校も中学校も無い集落に若い夫婦が住み着くとは思えませんから、国頭村の過疎化、高齢化は更に加速することになるでしょう。

                     

                     

                    次回ヤンバルへ行く時には、ぐるっと一回りヘキ地5校訪ね、写真に残しておきたいと思います。

                     

                    (終わり)


                    ヤンバルの小学校はどうなっているのか(2)

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                      JUGEMテーマ:地域/ローカル

                       

                      北国小学校は国頭村の宜名真集落と辺戸集落の中間にあり、二つの集落を合わせた約200人(約100世帯)が校区の住民です。

                       

                      休校前の今年度。児童の内訳は2年生から6年生が各1名。集落内の教員住宅で生活する3名の教師が複式学級を担任していました。

                       

                       

                      以前投稿した島の入学式

                       

                       

                      この年の船浮小学校(西表島)の新入生は一人だけで。写真は父兄を代表して、お父さんの池田卓さんが祝辞を述べているところです。北国小学校でもこんな風景が毎年、繰り返されていたことになります。

                       

                       

                      北国小学校の児童達は付近の森に出かけ、ヤンバルクイナの鳴き声に近い周波数の音を出し、それに反応した鳴き声を聞き分けることで、ヤンバルクイナの生息数調査を続けてきました。

                       

                      安須森(アシムイ)から日が昇り、東シナ海に日が沈む小学校。休校にするにはあまりにも惜しい立地です。

                       

                      更に、教師と児童は1対1か1対2。児童の理解度を正しく把握できるので、落ちこぼれようがありません。望んでも叶わないような教育環境じゃないですか。

                       

                       

                      また、北国小学校では、このような「学校便り」を毎月欠かさず発行していました。

                       

                       

                      小学校のPTAは児童5名の保護者と教師で構成されていますが、「学校便り」は宜名真、辺戸の全ての世帯に配布されていました。129年も続いた小学校ですから、両集落のほとんどの住民がここの卒業生。行事予定をメモし、新任教師の顔と名前を覚えました。つまり、全世帯がPTA。

                       

                      集落の人達は運動会などの学校行事に積極的に参加し、校長や教員は豊年祭などの集落行事に参加する。そこには小学校と集落全体で児童を見守る環境がありました。

                       

                       

                      それがどうして20kmも先の小学校へ通うことになったのか。ここで投稿した内容を上回るメリットが無ければ、私は納得できません。

                       

                      もっとも、北国小学校の児童や父兄が、人数が多い学校へ移ることを歓迎しているのなら、話は別です。余計な投稿ですみませんってことになりますね(^^)

                       

                      (続く)


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                      念願の沖縄生活を始めて9年になりました。
                      沖縄の生活、文化、風土、音楽、政治などの話題を投稿しています。 (y_mizoguchi@i.softbank.jp)
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