クネクネ走る那覇バス9番

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    先日、あかみねさんちへ行く際、那覇バス9番を使いました。

     

     

    那覇バス9番は首里北部の石嶺から、小禄南部の具志を結ぶ路線です。普通に考えれば、モノレール首里駅から首里を抜けて安里に下り、ひめゆり通りを直進。那覇大橋を渡ってモノレール赤嶺駅まで進み、その先を左折。瀬長島の手前が終点です。

     

    ところが、何があろうがそうは走りたくないのが沖縄の路線バス。那覇バス9番は首里をクネクネし、那覇もクネクネした上で、小禄もクネクネします。「いくらなんでもここは直進だろ」と思えば思うほど、バスは意表をついて必ずどちらかに曲がります。

     

     

    私は小禄をクネクネするのが商売ですから、那覇バス9番とは頻繁に遭遇します。すれ違ったり、

     

     

    前を塞さがれたり。

     

     

    概ね、同じ場所で出会うのは、バスの運転手も私も時間を守ろうとしてるからですね。

     

     

    沖縄の路線バスがこれほどまでにクネクネするのは、ウチナーンチュの歩行到達距離の限界が100mあたりだから。仮に、遠くのバス停に向かって歩き始めたとしても、反射的にタクシーに手を上げてしまうのよね。だから、バスがクネクネするしかないと(^^)

     

     

    さて、あかみねさんちを出た私は、那覇バス9番の最終便に間に合いました。

     

     

    閉ざされた空間に運転手のオヤジと乗客のオヤジが二人きり。これから小禄のクネクネが始まるのは気が重いし、こんな時間にいったい何のためのクネクネなのか。

     

    「なっ、絶対に黙っとくから。だから、そこを真っ直ぐにず〜っと。なっ」

     

    と言いそうになるのを、私はグッと堪えたのでした(笑)


    国場川のサメ、長堂川の源流

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      一週間ほど前、国場川にサメが遡上してきたとニュースになりました。こいつがそのサメ。

       

       

      発見場所は国場で「近くに小学校や幼稚園があるので心配です」だそうなので、仲井真小学校のウラあたりでしょう。

       

      サイオンスクゥエア付近の安里川には普通にサメが泳いでるようですが、国場川では珍しいです。で、まだいやしまいかと探してみましたが、見つかりませんでした(^^)

       

       

      さて、ここは国場川(左)と長堂川(右)の分岐点。外出の目的は変更となり(笑)、長堂川を遡ってみることになりました。

       

       

      国場川の源流は池田ダムなので、も一つワクワク感がありません。長堂川はどうなっているのか。

       

       

      南部農林高校にある長堂の石橋。ここは長堂川の支流です。

       

       

      南部農林はワタリグチ君の母校です。

       

       

      彼は毎日のようにこの橋を渡ってたはずですが、石橋だったとは知らないでしょう。「それがどうかしたんスか?」みたいな(笑)

       

       

      南風原町山川まで来ました。

       

       

      先程から気づいてましたが、私は軽便鉄道糸満線の跡を走ってるんですよ。四年前に、同じ橋の上から写真を撮ってます。

       

      幸之一カーブを走ってみた(1)

       

      国場駅で分岐した軽便鉄道糸満線は、真っ直ぐ糸満へ向かわず、山川橋あたりから大きく東へ迂回します。それは当時の衆議院議員大城幸之一が政治力で迂回させたと考えられて、幸之一カーブと名付けられたんです。

       

      しかしね。こうして川に沿って走っていると、なるべく傾斜の緩やかなルートを走らせようとしたことが実感できます。軽便鉄道は馬力が小さかったのでね。

       

      つまり、直進させると高い丘を越すことになるので、長堂川に沿って、その丘を迂回させたということ。多少は幸之一議員の影響もあったかもしれませんが、理にかなったルート選択だったと思います。

       

       

      南風原町喜屋武まで来ました。長堂川を渡るために築かれた軽便鉄道の堤(土手)です。

       

       

      未舗装の道路が線路跡で、ガードレールの下を長堂川が流れています。この辺りで軽便鉄道跡は南へ、長堂川は東へと別れます。

       

       

      南城市大里に入りました。長堂川はもはや畑の用水路です。

       

       

      そして、南城市大里仲間でおしまい(^^)

       

       

      すぐそこに島添大里グスクの丘が見えています。あの丘の標高が150m。

       

       

      そして、私がいる場所の標高が25m。

       

       

      つまりですね。太平洋から急激に立ち上がった丘が150m。そこから西に向かって125m下った所に、今私が立っています。そして、ここから那覇港まで約10kmの距離を、緩やかに25m下がっていくと。

       

       

      だから、ここから東シナ海まで上り坂は一切ありません。驚きますけど、川が流れるってそういうことですからね。

       

       

      国場川の本流は南風原町兼城あたりでも分岐して、宮平川となり東へ向かいます。宮平川の源流も南城市大里。私がかつて配達していたヤギの保育園の付近です。

       

      つまり、島添大里の丘に降った雨が地下水となり、西側の斜面から湧き出して、国場川になってると。そういうことですね。


      那覇市がLRTを検討中

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        那覇市がLRT(次世代型路面電車システム)の検討を始めたようです。

         

        想定しているルートは、那覇バスターミナルから国際通り、おもろまちを経由して、上之屋交差点まで。もう一本は、県庁前交差点で分岐後、開南、寄宮を経由して真玉橋まで。

         

         

        近々、路線バスを使った実証実験を行うとのこと。路線バスで実験になるのか?とは思うものの、私はLRTの導入には大賛成です。

         

        ゆたかはじめ著「沖縄の鉄道と旅をする」

         

         

        沖縄県が検討している那覇、名護間の鉄軌道(JRみたいなもの)は建設費がバカ高く、とても採算が合うとは思えません。私の偏見でしょうが、利権の臭いがプンプンします。

         

        その点、LRTは建設費が安く、採算が合う可能性があります。利権を狙ってる人達はがっかりでしょうが、そんな人達ががっかりするってことは良い案と言えるでしょう(笑)

         

         

        結局のところ、ウチナーンチュが車を降りることができるかどうか。LRTを通したところで、誰も乗らないのなら交通渋滞が増すだけで何にもなりません。

         

        これまでの習慣を改めることは難しいでしょうが、いつまでも車社会では効率が悪いと思いますよ、私は。


        那覇のリバーシブルレーン

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          こちらは早朝の真玉橋北詰交差点。中央線を示す標識が点灯しています。

           

           

          ここは片側2車線、両側4車線の幹線道路。この標識は午前7時半になると消え、右側の標識が点灯します。つまり、中央線が右に一本移り、旭橋向き(西向き)が3車線、国場向き(東向き)が1車線になるということ。そして、午前9時になると中央線は元の位置に戻ります。

           

          このことを中央線変移、またはリバーシブルレーンと呼び、那覇では国場〜旭橋間と安里十字路〜松川間で運用されています。もちろん、朝(夕)の交通渋滞を緩和するためのもの。3車線の左側がバスレーン、真ん中が走行車線、右側が追い越し車線になります。

           

           

          沖縄に来た当初は、なかなかこのシステムに慣れませんでした。東向きに1車線を走っていて、つい、前の車を追い抜こうとアクセルを踏み、追い越し車線に入ったら、真正面から同じようにアクセルを踏んだ車が向かって来るんですからね。アセるってば(笑)

           

          中央線を示す標識は何ヶ所も設置されていて「はい、中央線はここよ」とドライバーに知らせてくれます。そうしないとドライバーが忘れてしまうからね。

           

           

          その標識が設備更新の時期を迎えていて、更新するとかなりの費用がかかるそうです。さて、警察はどうしゅるか。

           

          道路のキャパシティを増やすには、もちろん道路の拡張が有効です。バイパスを通したり、立体交差にすることも効果があるでしょう。でもそれは道路管理者(県道なら県)の仕事です。

           

          一方、警察はリバーシブルレーンにしたり、右折車線を増やしたり、信号の時間設定を変えたり、今ある道路を前提に、ルールの世界でなんとかするのが仕事。それぞれ効果はあるものの、小手先感は否めず、抜本的な問題解決にはなりません。

           

          だから警察は「狭い道路をあれこれいじくりまわすのにも限度があるわっ!!。さっさと道路を広げれっ!!」と思ってるはず。

           

          特に、リバーシブルレーンは保守費用がかかるし、設備が古くなれば更新の必要があり、もちろんその費用は警察の負担です。リバーシブルレーンは思いのほか事故は少ないのですが、見た目の危うさから苦情が絶えません。警察は頑張ってる割に、報われないのよね。

           

           

          さて警察は、古くなったリバーシブルレーンの設備を更新するのかしないのか。

           

          続けたら費用はかかるし、事故が心配です。かと言って廃止したら大渋滞になって文句を言われます。どちらにしても一長一短があるので、なかなか判断に迷うところです。

           

          こんな時は沖縄県警の一番偉い人が、

           

          「もうそろそろいいんじゃないか?」

           

          と、意味不明ながら、何故か説得力がある言葉を発して、廃止を決めるんですかね(笑)


          通過しませんのでご注意下さい

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            先日、路線バスに乗った時のこと。(録音の)車内アナウンスが、こんなことを言ってました。

             

            「このバスは、国場を通過しませんのでご注意下さい」(国場は例えば)

             

             

            さて、このバスは国場に停まるのか、停まらないのか。

             

            「通過」は通り過ぎるの意味。「通り過ぎることをしません」だから停まるのか?

             

            ところが、国場に停まるのならわざわざアナウンスしないだろうから、これは停まらないってこと(笑)。

             

            最初のうちは「馬鹿なことを言うとんな」と聞き流していたところ、バス停に停まるたびにそれを繰り返すので、だんだんとイライラしてきました。

             

             

            この際、責任の所在を明らかにしておくべきでしょう。

             

            関係者は次の4人。アナウンスの原稿を作成したヒラ社員、それを承認した上司、ナレーター、運転手。カッコ内の数値は責任割合です。

             

            (1)ヒラ社員(10/100)

             

            素直に「国場には停まりません」で良かったんじゃないの?。それを丁寧に、もしくは正確に言ったつもりなのよね。もっとリラックスして仕事をしようよ。

             

            (2)上司(86/100)

             

            マネージャーが自分の個性や常識を仕事に反映させることがあるとしても、その自分を右斜め上空から見つめる客観性が必要です。この例では、自分が理解できたとしても、乗客がどう理解するかという視点。これを持てない人にマネージャーは務まりません。

             

            (3)ナレーター(2/100)

             

            ナレーションのプロなら「これはちょっと分かりづらいかも」くらいは教えてあげればいいのに。だけど、(2)の上司が「生意気なやつには仕事を回さない」と言い出しかねないので、まあ仕方がないか。

             

            (4)運転手(2/100)

             

            運転手が「乗客が間違えた」と報告しても、さっきの上司が「間違えるほうが悪い」と言うだろうから、効果無し。

             


            つまり、この上司が悪い(笑)


            ヘリの墜落

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              一昨日、那覇から粟国島に向かっていた民間ヘリが東シナ海に墜落しました。

               

               

              パイロットは重傷を負ったものの無事救出され、乗客はいませんでした。

               

              ヘリの運行会社は私が沖縄移住するきっかけになった会社。後に千葉の航空会社に吸収されたものの、パイロットや整備士の多くは当時のままです。

               

               

              私が沖縄に来た年のこと。遊覧飛行に便乗させてもらったことがありました。

               

              那覇の空中散歩

               

               

              今回、墜落したヘリ、重傷を負ったパイロットは、この時のヘリとパイロットです。

               

               

              ある年の那覇マラソンの日の翌日、そのパイロットとこんな話になりました。

               

              C「昨日はお疲れ様。ウチの上でホバリングしてたのが見えてたで」

               

              パ「ああ、古波蔵十字路ですね」

               

              C「ベランダから手ぇ振ったのに見えんかったか(笑)」

               

              パ「何を言うてるんですか。Cさんが見えたから、僕も手を振ったじゃないですか」

               

              C「ギャハハ!!。お前、頭ええな」

               

              パ「ちゃんと見て下さいよぉ(笑)」

               

              C「ところで、ホバリング中に、スーッと流れる感じになるけど、あれはピタッと止まれんもんなん?」

               

              パ「またそんなこと。ピタッと止まるのは簡単で、うまくスライドさせるのが腕なんですよ。ああするといい映像が撮れるんです」

               

              C「なるほどなぁ。(頭だけでなくて)腕もいいんやなぁ」

               

               

              真面目な性格で、慎重な操縦をするパイロットでしたから、直感的には機材の故障に思えます。かと言って整備士の責任を問われるのも気の毒だし。何か、操縦でも整備でもない不可抗力のような原因であって欲しいと思います。

               

              粟国島で乗客を乗せて那覇に帰る予定だったとのこと。乗客を乗せる前だったことは、不幸中の幸いでした。


              国場十字路を通るバス

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                国場十字路は昔から交通の要所で、戦前は軽便鉄道の国場駅があり、そこから与那原線と糸満線が分岐していました。

                戦後間も無いこの写真。奥武山、那覇軍港あたりの埋め立てが始まっていますが、それでもまだ漫湖は広く、小禄が半島だと実感できる時代でした。写真右下が国場十字路。



                那覇から南に向かうには、国場川の川幅が狭くなる場所、つまり国場まで迂回する必要がありました。今でも那覇から西と南に向かうバスは国場十字路を通り、沖縄自動車道の開通以降は北へ向かうバスも通るようになりました。


                次の写真は、那覇方面行きの国場バス停から国場十字路方面を写したものです。



                右折が八重瀬。直進が沖縄、与那原。左折が寄宮。那覇から来たバスは三方向に進みます。

                右折するバスは本島南部の中央部と西部に向かう路線。具志頭、百名、糸満などですね。

                直進するバスは、上間十字路を左折して沖縄自動車道に向かう路線と、与那原を右折して本島南部東部に向かう路線、与那原を左折して東海岸をコザ方面に向かう路線。

                左折するバスは那覇の市内便で、おもろまち行きなどの路線があります。

                高速バスは国場に停まりますから、ライカムや具志川、名護に一本で行けて、逆方向の那覇空港にも行けます。

                完璧じゃないですか(笑)。


                これだけあっち向きこっち向きにバスが走っていながら、バスの乗車率は芳しくありません。

                バスを利用するのは、通勤、通学、お年寄りで、いずれも割引運賃です。そのため採算が悪く、便数は減り、運賃は高くなり、それが更なる乗客減を招く悪循環。

                観光客がバスを使って移動してくれればありがたいのですが、あちこち動けば動くほど、レンタカーが安上がり。バス料金を今の半額程度にして、やっと比較の対象になるかもしれないってところです。

                かくして、今日も国場十字路には四方から沢山のバスがやってきて、直進したり曲がったりして賑やかですが、通勤通学朝の時間帯以外は概ね中は空っぽです。

                もったいないですよねぇ。


                東陽バス30系統「泡瀬東線」

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                  昨夜、おもろさんと松山で待ち合わせしたので、自宅(国場)からの交通ルートを考えました。

                  単純なルートは那覇バスターミナルで乗り継ぎですが、それでは芸がありません。そこで思いついたのが東陽バスの泡瀬東線でした。



                  泡瀬東線は泡瀬西線と並ぶ東陽バスの主力路線で、どちらもコザと那覇を結んでいます。東海岸を走る泡瀬東線と西海岸を走る泡瀬西線。


                  那覇・コザ線ですから、ナイチで言えば東京・大阪線のようなもん。ところが、終点(始発)が泡瀬って貴方。

                  東京駅のホームに立ち「よし、大阪へ行くでっ!!」と意気込んだら、電車の行先表示が「鶴橋」だったみたいなもん。

                  「なんで鶴橋なんだ?」

                  と言いたくもなります(ならんか)。

                  泡瀬東線も西線もコザで停車しますが、終点(始発)は泡瀬。それは泡瀬に東陽バスの車庫があるからですね。

                  その点を東陽バスは、

                  「コザを終点(始発)にしたら、車庫まで回送になって売上になりませんやん。行き先がわかりづらいかもだけど、わかるよねっ!!」

                  と、述べています。


                  さて、泡瀬東線の那覇行きは東海岸を南下し、与那原で西に向きを変え、国場を通ります。



                  国場を出たバスは、那覇バスターミナルへ直行するかと思いきや、古波蔵十字路を右折し、ひめゆり通りを北上します。そして、与儀十字路を左折して開南へ向かうかと思いきや、そこを直進し、更に北上を続けます。

                  初めて乗った人は「このまま泡瀬に帰るつもりなのかな?」と心配になることでしょう(ならんか)。

                  バスはひめゆり通りをモノレール安里駅の手前まで北上し、牧志駅と美栄橋駅を経由して、久茂地川に沿って那覇バスターミナルへ向かうのです。

                  その点を東陽バスは、

                  「え?。那覇バスターミナルに用事があるの?。牧志に用事がある人もいれば、美栄橋に用事のある人もいる。そこのオヤジ(私)は松山交差点へ行くんだけど、久茂地公民館前で降りたらすぐさ〜ね。人生色々、乗客も色々。わかるよねっ!!」

                  と、述べてます。


                  私がこの路線に詳しいのは、つい最近、国場から北中城村熱田まで利用したばかりだから。所要時間は片道40分。それだけ時間があれば、誰もが泡瀬東線の通になれます。


                  さて、おもろさんと別れた帰り道。久茂地公民館前で泡瀬東線最終便を調べると、



                  ギョエ〜!!。衝撃の22時7分。

                  コザや泡瀬に、その日のうちに着くのかな?。残業でヘロヘロの人達と、酔っ払ってベロベロの人達が、仲良く乗ってるんでしょうねぇ。

                  う〜む。あんまり乗りたくないかな(笑)


                  このイガグリ頭は小禄高校の新里君(笑)



                  ア〜、夜のバスが僕をのせて走る
                  ア〜、広い窓もただの黒い壁だ
                  なにもかもが闇の中に・・・
                  ただ、夜のバスだけが矢の様に走る


                  知らんか?(笑)


                  糸満バスターミナル再訪

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                    糸満前端区の路地探しの合間に、区内にある糸満バスターミナルに寄りました。



                    二つ並んだ建物は、沖縄バス(左)と琉球バス(右)の営業所。左の建物が一見新しく見えますが、ペンキを塗り替えただけで、築年数は隣と変わりません。


                    十数年前の夏。観光客の私はここにいました。私の記憶にある糸満バスターミナルはこんなです。



                    沖縄には数回来ていたものの、真夏は初めて。何も無い埋め立て地の一角でバスを降りたら、バスターミナルがハレーションしてました。建物も地面も空も全てが輝く白。その圧倒的な光の量に私はビビってました。なんともまあ、初々しいこと(笑)


                    その時、何をどう考えたのか、私はバスでひめゆりの塔を目指していました。ところが、那覇バスターミナルで乗った糸満行きのバスが北に向かって走り出したのですよ。その後、やっと南を向いたと思ったら今度は東に走り出すし「沖縄のバスは何を考えとるんだ」と思いましたよ。

                    そんなことで、バスから眺めるつもりだった海は一度も見えず、20分位で到着するつもりが1時間近くもかかるし、ひめゆりに向かうバスは90分待ち。


                    上の写真に緑色のシートが見えますが、あのあたりで私は途方に暮れていました。

                    今、その姿が見える(笑)。

                    40代で今より少し若い私は、憮然とした顔で「チッ」と舌打ちしながらタクシーに乗り込みました。


                    実は、沖縄の各地で観光客の私と会うことがあります。道を曲がった時や、見たことのある店の前で、突然、旅行カバンを手にした私が現れるのですよ。先ほどの話だと、国場十字路を東風平方面に右折するバスの窓に、狼狽えた顔の私。

                    映画「異人たちとの夏」を思い出します。



                    ちゃぶ台に扇風機、冷えた西瓜、簾、線香花火、父と母の笑い声ー。

                    鶴太郎が風間杜夫に声をかけたように、私も観光客の私に声をかけてやりたい。

                    「信じてくれんだろうけど、お前は数年後に沖縄で暮らすことになるの。だから、そんなイライラすんな」

                    みたいなことですかね(笑)

                    と、そんなことを考えつつ、私は路地探しに戻ったのでした。


                    中城村新垣集落の散歩(3) 県道開削記念碑

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                      JUGEMテーマ:地域/ローカル


                      昭和の初期。車が通行できる県道の開通は、新垣集落住民の悲願でした。

                      こちらは新垣集落を流れる若南川に架かる石橋。



                      初めて見た時に、なんとも可愛らしいサイズだなぁと思いました。今になって分かることは、集落内に車道が無かったので、これで充分だったということ。ガーラの水圧に耐え、人や馬が渡ることができればよかったんです。

                      集落に県道が通ることは、島に橋が架かることに似ているかもしれません。ところが、島ならば船が使えます。陸の孤島の不便さは、場合によっては離島を上回ると言えるでしょう。


                      新垣集落に県道を通す取り組みを始めたのは、新垣出身の伊佐善則でした。

                      残念ながら、善則は県道開通を目にすることなくこの世を去りましたが、その遺志を引き継いだ息子の善俊が小学校の校長を辞め、沖縄県議、中城村長となり、県道開通に尽力しました。

                      人口数百人の新垣集落のために、崖地に県道を通す事業です。当初、沖縄県は難色を示していたようですが、伊佐親子の働きかけが実を結び、昭和9年に現在の県道35号線(奥間〜普天間)が開通しました。

                      新垣集落の住民は県道の開通を祝い、道脇に開削記念碑を建立しました。碑の前で椅子に腰掛けているのが善俊氏のようです。



                      その後、県道は拡張され、現在、開削記念碑は新垣公民館前に移されています。



                      集落を抜ける県道35号線。



                      普天間方面へ向かうこの大きなカーブを新垣集落では「チーマーイ」と呼んでるそうです。ナイチャーの私にとって、大曲がりをチーマーイと呼ばれると、そこに特別な意味を感じてしまいますが、新垣の皆さんにとってチーマーイは単なるチーマーイなんでしょうね(笑)


                      さて、2006年6月に大変な出来事がありました。



                      左下から右上に崖を登る県道35号線。その上部が長雨で地滑りし、県道は分断され、その復旧に2年半を要しました。

                      地滑りした崖地の上を村道が通っていまして、そこの状況がこちらです。



                      いや、もうなんか。崖っ淵に家を建てると眺めはいいでしょうけど、やっぱりリスクがありますね。

                      県道が復旧した年は、私が沖縄に来た年でした。この近くを通る度に「あそこが地滑りした場所だ」と何人かのウチナーンチュが教えてくれたことを覚えています。

                      (続く)


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                      念願の沖縄生活を始めて10年になりました。
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