豊見城城址はどうなっとるのか(続き)

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    先月投稿した「豊見城城址はどうなっとるのか」。あの時私は沖縄空手会館の駐車場にいました。これまで閉まっていた城址公園の門が撤去され、ずいぶん敷居が低くなったんです。


    豊見城城址を空から見れば、こうなってます。



    南端で(この時は)建設中の空手会館と、北側に広がる旧豊見城城址公園。私は空手会館から奥へ奥へと入ってみたい。

    ところが、空手会館から奥へは関係者しか入れないとのこと。関係者にも色々あろうかと思いますが、御嶽で拝む人は関係者。よって、私がそこに侵入するには拝むふりをするしか無く、まあ、だから、そのようにして入りました。


    さっそくですが、こちらは豊見瀬御嶽の拝所。上の写真の赤マークです。



    ここまでの経路を紹介したいところですが、拝みをする人が途中で車を停めてキョロキョロしたり、写真を撮ったりはしません。何やら看板もあったようですが「拝みに入りましょうね〜」と言いつつ、停まらずにここまで来ました。

    拝所の脇にある祠。御嶽に所縁のある門中ごとに分かれています。



    さて、これで私は念願だった豊見城グスクの一角に立ったのですが、どうも釈然としません。

    前回投稿したこの地図。



    豊見瀬御嶽は三層の城壁の最も内側にありました。首里城における首里森(スイムイ)御嶽と同じ位置付けでしょう。

    ところが、今、そこに立ってる気がせず、念のため写真と地図を照合してみると、私はグスクの南端あたりにいます。どうやら、城址公園造成の際に御嶽を南へ100mほど移動させたようです。


    グスクがあった方向の写真。



    本来なら、私はこの先へずんずん進み、縦横斜めに歩き回りながらグスクを偲びたい。ところが、私は拝む人ですから先に進む用事がありません。ここにも、先ほどより強い口調の看板がありまして、ロープまで張ってありました。

    残念ですが、引き返すしかありません。


    少し観光案内をしますと、最初の写真の黄色マークが漫湖の小島で、チーヤ(津屋)。



    那覇ハーリーの際、那覇、久米、泊の爬龍舟がチーヤに集結し、豊見瀬御嶽を拝んだそうです。現在のチーヤは宅地開発やマングローブの成長で、上の写真ほどはっきりとしていませんが、とよみ大橋または湿地センターの観察道からよく見えます。

    つまり、ここがハーリー発祥の地。




    御嶽からの帰り道、こんなものがありました。



    豊見城城址公園にはお猿の電車みたいなものが走ってたんでしょうか。この日の目的は達成したので、私はもはやオドオドしてません(笑)。何ヶ所かで車を停めて写真を撮りながら帰りました。


    久高島の散歩(3) 久高殿と外間殿

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      久高島の存在を世に知らしめたのは、島の秘祭「イザイホー」と言えるでしょう。



      12年に一度行われる、ノロ(神女)就任の儀式です。600年以上の歴史があり、来訪神信仰の儀式としては日本の祭祀の原型をとどめていると言われています。

      しかし、イザイホーは有資格者の不在などの理由により、1978年を最後に途絶えています。儀式の段取りを知る神職者が亡くなり、イザイホーへの参加経験者も高齢化し、今後、イザイホーが復活したとしても、本来の段取りで行うことは難しいようです。


      ここは久高殿(御殿庭:ウドゥンミャー)。島の祭祀場の一つです。



      左から順にタルガナー、カミアシャギ、シラタル宮。

      1978年のイザイホーの写真に、これらの拝所が写っていました。




      もう一ヶ所の祭祀場が外間殿(フカマドゥン)。



      どうやら、王府任命の公事ノロは外間家から、シマノロは久高家から選ばれたようで、それぞれに祭祀場があるということのようです。久高島初心者の私は、公事ノロとシマノロの違いが分かりません。


      こちらは、島の西海岸、ロマンスロード近くにあるフボー御嶽。久高島最高位の御嶽です。



      写真が案内板だけなのは、ここから先に入れないからです。御嶽に入ることが許されているのはノロだけです。

      案内板によると、御嶽の様子はこうなっています。



      右手に円形の空間があり、奥にはイビ(拝所)があります。ノロらが立つ位置が決まっていて、右手が久高ノロ・根神側座、左手が外間側座。

      御嶽近くの浜はウグァンバマ。おそらく、聞得大君はここで舟を降り、イビに向かったのでしょう。

      それから、首里への遥拝所(ワカリカサ)と玉城への遥拝所(ティリリカサ)があります。


      数年前、秋篠宮ご夫妻が久高島を訪れ、紀子様がフボー御嶽にお入りになったそうですが、その動機を私は知りません。特に動機は無く、単に案内を受けたからお入りになっただけかもしれません。


      結構、火が点いております、ワタクシ(笑)。今後、久高島と図書館を行き来することになりそうです。

      と思っていたら、このブログの読者から連絡があり「よく来てくれました。私は久高島で3年暮らしました」と。

      驚きましたが、彼はクダカー婿だそうで、いやぁ、早速先生が見つかりました(笑)

      (続く)


      浜比嘉島の散歩(5) シヌグ堂

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        「浜比嘉島の散歩」のシリーズでありながら、近所のオバハンみたいなオッサンに話が飛んでしまい、失礼致しました。

        話を浜比嘉島に戻し、西海岸の浜集落を歩きます。


        浜比嘉島大橋から浜集落に入る手前にシヌグ堂と呼ばれる御嶽があります。巨大なガジュマルに包み込まれた空間です。



        地面を這うガジュマルの根が、私に向かってくるように見えて、やや怯みました。



        シヌグとは、農村のお祭りで男女が行う舞踊を意味します。

        三山時代、戦に敗れた武将とその部下達が浜比嘉島に逃れ、ここに隠れました。島の人達はその兵を匿うために、海が時化ることを祈るシヌグを行ったと伝えられています。


        こうした場所は伝説も併せて「島人の宝」なのだなぁなどと考えていたら、あることを思いつきました。

        アマミキヨ、アマミク(阿摩美久)をわざわざアマミチューと言い換えるのは、アマミチューはアマミ人(チュ)で、シルミチューはシルミ人(チュ)なのでした。

        三山の武将達を迎えたのがシマンチュならば、アマミチューやシルミチューは島に迎えられて島人になったのでした。


        創造神の二人がウチナーンチュになる過程は、以前、ちょっとふれてますのでそちらの投稿もどうぞ。

        2015.3.13 てだこ生誕の地「伊祖グスク」

        (終わり)


        浜比嘉島の散歩(3) シルミチュー

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          アマミチューの墓にお参りして、次にシルミチューへ向かいました。

          比嘉は静かな集落です。高い石垣、フクギ、赤瓦。沖縄の集落の特徴を備えています。



          車の交通量が少ないスージは未舗装で、砕いた珊瑚が撒かれているのも、たいへん結構です。




          シルミチューはアマミチューの夫だそうで、二人が生活した洞窟を夫の名で呼ぶようです。

          シルミチューに続く道を歩くと、



          その先に鳥居があり、長い石段が続いていました。



          賽銭箱とか鳥居とか、最近になってヤマトの神社の要素を取り入れたようですが、比嘉集落に是非そうしたい(かつ、発言力のある)人がいたんでしょうね。私はそのヤマト化が好きではありません。


          石段を登りきると、そこに洞窟がありました。



          アマミチューが実在したのかとか、本当にこの洞窟に住んでいたのかとか、そんな議論に意味は無いでしょう。

          そんなヒマがあるのなら、かつて浜比嘉島に移り住んだ人達が、どこから、どんな理由で島に来たのか、これまでどんな暮らしをしてきたのかを学びたいものです。

          その過程で、アマミチューが島に住んだことを信じる理由が見えてくるのかもしれません。


          貴方が観光客であっても、琉球の創造神がここで生活していたと思えるのなら、自己紹介をしても良いし、今日、ここを訪れた理由を伝えても良いでしょう。

          そうすれば、貴方の沖縄旅行がより良いものになるよう、取り計らってもらえるかもしれません。

          (続く)


          儀保交差点から太平橋(4) 西森御嶽

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            ここは西森御嶽の入口です。



            拝所入口の石碑がありますが、上半分が飛んでます。おそらく「西森御嶽拝所入口」と記されていたんでしょう。

            石畳道が、



            森の中に続きます。



            石段の上に最初の拝所がありました。



            森の中には多くの拝所があり、それを石畳道が繋いでいます。ちょっとした森の中の散歩道ですが、御嶽で散歩ってどうなんでしょ。ねぇ(笑)



            広場に出て、



            その奥に、大きな拝所。




            首里の古地図を見ましょう。



            右端の道はシムミチ。儀保ビラや御待所に向かいます。現在の儀保交番のあたりから西に道が分岐して、西森御嶽に入ります。

            西森の中に円形の施設が記されていますので、そこを拡大しましょう。



            これは1657年に造られた西森拝殿(ニシムイフェーデン)です。さすがは儀保大阿母志良礼が直轄する御嶽ですね。

            円形の石積みと内側の空間への入口。首里城の首里森御嶽に似ています。



            もっとも、西森拝殿は沖縄戦で消失しています。

            地図と照合すると、先ほどの広場と奥の拝所のあたりが拝殿跡のような気がしますが、よくわかりません。


            さて、御嶽の散歩が続きます。



            西森御嶽は、その眺望の良さから首里八景の一つとされています。

            こちらは、末吉の森。右手の山頂に末吉宮が見えます。



            末吉公園の滝見橋はホタルの名所として有名ですが、あの滝の上あたりに、私は立っているようです。

            もう一ヶ所。



            抜群の眺望でした。

            左端に新都心のツインタワーが見えますね。慶良間も良く見えました。

            この眺望は西森御嶽の石畳道を最後まで歩くと得られます。と言ってもすぐです。

            「この投稿を見て、石畳道を最後まで歩いたが、木立が邪魔をして、ど〜も写真のようには見えないな。」

            と思った方。そんな時は一歩前に出る心がけが大切です。

            一歩前に出るとどうなるか。それは現地で確かめて下さい。むやみに真似をしないようにお願いします。


            儀保交差点を北に入り、儀保交番を左折すると公園の駐車場があります。

            西森御嶽の入口のすぐそばで、県道を渡った所が儀保ビラ。太平橋の遺構も歩いてすぐです。

            (終わり)


            儀保交差点から太平橋(3) 儀保大阿母志良礼

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              儀保(ジーブ)ビラから県道を挟んだ向こう側に見えた森は西森(ニシムイ)。



              首里から見て、北(ニシ)の森の意味ですが、西森と漢字を当てられています。本来は北森と書くべきですが、それではキタモリと呼ばれてしまいます。

              名を取れば北森で、実を取れば西森。悩ましいところです。西原町も同じ悩みを抱えてますが、いまさら北原町にはできませんよねぇ。


              琉球王国の神女組織は聞得大君を頂点に、三人の大阿母志良礼(オオアムシラレ)が国を三分割し、それぞれの地域のノロを統治していました。

              その一人が儀保大阿母志良礼(他に、首里、真壁)。西森は儀保大阿母志良礼が直轄した御嶽でした。


              儀保大阿母志良礼が住む儀保殿内は、現在の首里汀良町にありました。聞得大君御殿(現在の首里中学)のすぐ近くです。

              儀保殿内を訪問するノロは、儀保御待所に入り、訪問許可が下りるまで待機しました。つまり、儀保御待所は「儀保殿内ヌ御待所」だったのです。


              御待所は赤田にもありました。管轄していたのは首里大阿母志良礼。したがって、赤田御待所は「首里殿内ヌ御待所」になります。そして、首里殿内はミーミンメーの赤田首里殿内です。

              話がわからなくなった方は、あきらめて下さい。これ以上、丁寧に説明できません(笑)

              (続く)


              南城市佐敷津波古の喜屋武久殿(2) 紫微鑾駕

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                喜屋武久殿の棟木に、こんなものが打ち付けられていました。



                「天官賜福 紫微鑾駕(てんかんしふく しびらんか)」とあります。

                シビランカは護符です。家屋を災難から守ります。

                沖縄の古民家には、たいてい付けられているようですが、人様のお宅で屋根裏を見せろと言うわけにもいかず、実物を目にしたのは初めてです。


                それにしても、沖縄の悪霊(ヤナカジ・シタナカジ)対策は厳重です。

                集落入口にフーチゲーシと村獅子。集落内には石敢當。敷地の入口にはヒンプン、屋根の上にはシーサー。家屋に貼るフーフダ。家屋の入口にはアジケー(シャコ貝)やスイジ貝。

                直ちに思いつくだけで、こんなに。まるで、悪霊の島に人が暮らしているかのようです。


                「天官賜福紫微鑾駕」を訳すと、「天の統治者から福を賜り、北極星の神が駕籠に乗って来る」。

                北極星は人の運命を見届ける天の統治者だそうです。


                随分前にヤナカジ・シタナカジに関する投稿をした際、勝連の”☆しいたけ’’さんからいただいたコメントがこちら。

                全身にブツブツができた時に、「やなかじあたたんやー」と言われてトイレに連れていかれ、しまじょーりでパチパチ全身叩かれました(笑)

                どうもこれ以来、私は悪霊をナメているフシがあり、困ったものです。


                憧憬の今帰仁か

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                  沖縄本島南部の東海岸に点在する聖地を巡拝する東御廻り(あがりうまーい)

                  その東御廻りに並ぶ巡拝行事が、今帰仁で行われているそうです。その名が「今帰仁上り(なきじんぬぶい)」。今帰仁にルーツを持つ門中が、一族を集めて巡拝します。


                  本島南部に住む人なら、今帰仁まで片道約80キロ。交通手段が無い時代なら2日はかかります。往復するだけで4日。

                  それをお供え物やら何やらを抱えて歩くのですから、一週間はかかったでしょう。そのため、巡拝を行うのは2年に一度。巡拝の無い年は、自分が住んでいる集落から、北に向かって拝んだそうです。


                  ここは、八重瀬町富盛の「赤毛之拝所」。今帰仁への遥拝所です。



                  遥拝所の背後は視界が開け、遥拝所が北東を向いていることがわかります。



                  今帰仁とは縁もゆかりも無い私ですが、この風景を見て「あの山の向こうに今帰仁がある」と思えば、憧憬に似た気持ちになるから不思議です。

                  それにしても80キロ。それを歩くのですから、ウチナーンチュの先祖崇拝の気持ちは並大抵ではありません。


                  なお、最近は一族でバスを貸切り、日帰りで「今帰仁上り」を済ませるそうで、「それはちょっと簡単過ぎませんか?」って気もします。


                  沖縄のおびんずるさん

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                    お釈迦様のお弟子さんの一人がビンドラ・バラダージャ(賓度羅跋囉惰闍)で、略して賓頭盧(びんづる)。

                    大阪では、神も仏もさん付けするので、えべっさん、ビリケンさん、おびんずるさん。

                    びんずるは撫で仏。撫で撫ですることで、ご利益があります。




                    それが沖縄では訛って「ビジュル」。仏像ではなく霊石を撫で撫でします。

                    こちらは先日散歩した武富集落のビジュル神。



                    祠の中に楕円形の石がありますね。これがビジュル(霊石)です。

                    豊作、豊漁などと共に、こ授けの祈願を行います。


                    え〜っと。

                    以上!!(笑)


                    神様が通る道(4) 二本目のカミミチ

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                      ナカミチの途中から東へ入る筋が、二本目のカミミチです。



                      武富集落の御嶽や井戸には、その名前を記した標識が立てられていて、たいへんありがたいのですが、カミミチにはありませんでした。

                      また、カミミチに悪霊が入り込まないように、辻の角などに石が置かれることがあると聞いてましたが、そうしたものもありません。


                      カミミチを進むと緩やかに右に曲がり、やがて、村屋跡(現在の武富公民館)に出ます。




                      村屋跡の裏手(南側)に御嶽がありました。前ヌ御嶽(三十三御嶽結びの御嶽)。



                      武富ノロの管轄下にある御嶽が33ヶ所あるってことでしょうか。御嶽の格としては、かなり上位に見えます。


                      村屋跡から、カミミチを挟んだ向かい(北側)には、小さな森があります。見るからに武富集落の一等地。聖なる森であることがわかります。

                      そこにある御嶽が、国柱(クニジク:島尻柱)。



                      以前、末吉の森には地球の軸があると聞いて驚きましたが、こちらは、少し控えめに島尻の軸。

                      おそらく、武富集落では、この御嶽が最上位。先ほどの御嶽は、この御嶽に対して「前ヌ御嶽」なのでしょう。


                      さて、村屋跡からカミミチは一旦、二手に分かれます。

                      一方は、小さな森の中を抜ける道。そのまま直進すると、呑殿内と殿に至ります。




                      もう一方は、小さな森を迂回する道。



                      そこには井戸があります。東(アガリ)ンカー。



                      井戸の奥には二つの祠があり、その名前に驚きました。

                      左手が受水(ウキンジュ)で、



                      右手が走水(ハインジュ)。



                      受水・走水と言えば、百名にある湧き水の名前で、沖縄の稲作発祥の地としてあまりにも有名です。

                      固有の名前と思っていましたが、他の井戸でも使えるんですね。知りませんでした。

                      受水は穏やかな流れ、走水は急な流れの意味を持つと聞いたことがありますが、そのように対になった湧き水を、どこでも受水・走水と呼んで良いものなのか、そこは私にはわかりません。


                      小さな森を迂回するカミミチは、東ンカーの前を通り、小さな森を抜ける道に合流します。

                      (続く)


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