スタンドから観ているだけでは分からない

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    気温が上がってくるとヨーグルトが良く売れます。イオンのヨーグルト入荷日は月水土で、最近はその日に行かないと棚が空っぽってこともしばしば。

    今日は土曜日。今朝配達するヨーグルトを仕入れるべく、配達前の忙しい合間を縫って、マックスバリュ牧志店へ向かいました。



    ヨーグルトを仕入れて店に戻ると、アワティハーティーしてる私に某青果店のお母さんが「あ〜あ。昨日のうちに買っとけばいいのに」と(笑)。

    説明するのが面倒で「ホンマやなぁ。昨日買っとけばよかったんやぁ。何で気づかんかったかなぁ」と私。プッと吹き出す相棒のAと孫。

    そこでお母さんには「フン、人をバカにして」と怒るか、「なんでやねん」で終わらせて欲しかった。ところが「やっぱり私が目を光らせてないと、こいつらはダメだ」と思ってる様子なので、だからまあ、図らずも事態は穏便に終わったってこと。


    例えば、スポーツをスタンドで観てる人とプレイヤーの間には、どうしようもない情報格差があります。

    「あ〜あ。何でそんなことをするかなぁ」

    と思った時ほど、現場では何かが起きてるってこと。新聞記者がそれを記事にできるのは、プロの観察眼と地道な取材によって、その情報格差を埋めているからです。


    「スタンドから観ているだけでは分からない」

    世の中にはそのことを知っている人と知らない人の二通りがいます。

    不幸にも貴方の上司が後者の場合、くちうるさく”あったり前”のことを言われ続ける毎日に、ウンザリされてることでしょう。そこで貴方に悲しいお知らせですが、そんな上司が心を改めることはまずありません。上司か貴方のどちらかが配置転換される日を静かに待つしかないのです。

    一方、貴方の上司が前者の場合、その上司は貴方から情報を得ようとしているので、口の利き方やタイミングを良く考えています。先ほどの新聞記者と同じですね。そんな上司には、充分な説明をしてあげて下さい。そうすればするほど、その上司は貴方の力になってくれるでしょう。


    さて、ヨーグルト問題に戻ります。

    「じゃあ、水曜日に土曜日のヨーグルトを買っておけばいいじゃん」

    ごもっともです。ところが、水曜日と土曜日が中二日空いていることと、土曜日の次が日曜日ってことが理由で、私はそれをしません。

    水曜日に入荷されたヨーグルトを土曜日に配達したとすれば、それを使うのが月曜日。そこでヨーグルトが余ったりしたら、次に使うのが水曜日。

    そんな事態は充分にありえて、園児は入荷後一週間が経ったヨーグルトを食べることになります。だから、土曜日の配達分に限っては、当日の朝、仕入れることにしてる訳です。

    で、これをウチのお母さんに説明できる?(笑)


    あ〜、イライラする

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      相棒のA「あっ、Cさん。惣菜屋の人参と玉ねぎはどこにあるのかな」



      C「どこにも無い。大根1ケースは用意した」

      A「えっ、なんで?」

      C「1本か、1キロか、1ケースか、なんやねん」

      A「あっ、しょれでね。え〜っと、この字は誰の字だったかな」

      C「書いたのは長男。でも長男に聞いても分からんよ」

      A「なんで?」

      C「昨日の夕方に注文があって、電話に出たのがお母さんだそうだ。そんで長男に『人参ティーチ、玉ねぎティーチ、大根ティーチ。ハッサ、マチヤグヮーなってるさ』とか言うてやな、長男は言われた通りを書きました」

      A「お母はどこね?」

      C「今日は休み」

      A「じゃあ、わからんね」

      C「よくそれで平気だな。まあ、お前の配達先やからええんやけど」

      A「平気って何ね」

      C「お前は市場に行く前にも『惣菜屋の注文はどこね』ってお父さんに聞いたら、お父さんが『さあ、どこだったかな』。それから二人で探し始めて、やっと見つけたら葉野菜の注文は無し。注文の内容をお前が知ってたら探すことにはならんやろ」

      A「そうらけろ」

      C「毎朝、毎朝、同じことを繰り返して、よくまあ平気だなって言ってんの」

      A「そうね」

      C「ほんでお前は、人参も玉ねぎも1キロ持って行くだろ。そしたら惣菜屋に『あっ、玉ねぎは1キロだけど、人参は1ケースだったんですぅ』って言われてやな、『ハーッシ。もう一回、惣菜屋へ行ってこようね。あ〜忙しい』ってなるやん。もう、そこまでがセットやねん」

      A「そっ、そうらけろ。じゃあ・・・」

      C「それから言うとくが。惣菜屋の用意をするのはお前の仕事やで。何年も前に、お前が一人で市場に行くようになって、あんまりオタオタするから、俺がやるようになったんや。そろそろ『長い間しゅんましぇん。今日からワンがやりましゅ』って言え」

      A「えっ!、そうらったかな。忘れてたさ(笑)」

      C「で?。惣菜屋の注文はどうすんねん」

      A「どうしゅるって、なんね」

      C「惣菜屋が注文して、お前が配達する。たったそれだけの仕事やろ。何でそこにお父さんやらお母さんやら長男やらが挟まってるわけ?。ついでに俺まで挟んでから。おかしいやろ」

      A「どうすんの?」

      C「惣菜屋からお前の携帯に注文してもらえよ。それだけで今の話は全部解決や」

      A「考えとくさ」

      C「『考えとくさ』。あ〜、イライラする」

      A「ウチナーンチュはイライラしないからね」

      C「ほ〜、よぉ言うた。ウチナーンチュの全員が一緒にすんなって怒るやろ。お前なんか、昨日や今日と同じように明日も過ごしたいわけよ。まあ、ずっとそうやっとれ」

      A「フン」


      会社の寿命(5) ヘリ会社のその後

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        ヘリ墜落後のヘリ会社は、事故調査が完了した時期に社長が退任し、今年になって千葉のヘリ会社と合併しました。存続会社は千葉の会社です。

        私はヘリ会社の情報を報道で知るだけですので、内情はよくわかりません。しかし、大まかな流れとしては、社長の辞任後に株主構成が変わり、筆頭株主となった会社が、千葉のヘリ会社に事業譲渡したのではないかと推測しています。


        私が最初に勤めた鉄鋼メーカーが他社の子会社になってしまった事は、世界的な鉄鋼業界再編の一環と言えるので、誰が経営者でも同じ結果になったでしょう。ところが、ベンチャー企業とヘリ会社には事業継続の可能性が大いにありました。

        ベンチャー企業が良からぬ取引に巻き込まれ、金融庁に目をつけられたのは私の入社前の話で、ヘリ会社の遊覧ヘリが墜落したのは、私が退いた後の話です。そのため、私自身は後悔のしようがありません。

        とは言え、ベンチャー企業の本社が取り壊されて跡地にパチンコ屋が建てられたり、沖縄の企業として生きて行こうとしたヘリ会社の名前が失われたりすると、そこはやはり悔しいものです。


        二つの会社はリスク管理が足りなかったと言えます。広く言えば内部統制が効いて無かった。避けようと思えば避けれたリスクが原因で、会社が倒産したり譲渡されたりしたのですから、二人の社長にとっては痛恨の極みだったでしょう。

        利益を上げていた会社は、社会から必要とされていたと言えます。また、将来に渡って事業が継続できる可能性がありました。そんな会社が今既に無いことは、例えば、若くて元気な人が事故で亡くなったことに似ていて、返す返すも残念ではあるけれど、つまるところ、それがその会社の寿命であったのだと考えるほかありません。


        ヘリ会社の整備士と二人で、ヘリの格納庫があった伊江島空港に出掛けた際、タッチューに登ったことがありました。その日の投稿は(→こちらから)






        この会社の将来は明るいと、考えていた頃のことです。


        還暦を迎えるまで残り半年を切り、私は人の名前から木や花の名前に至るまで、知ってるはずが口から出て来なくなってます(笑)。そこで、覚えてるうちにここ10年ほどを回顧しようとした投稿でした。

        長々とお付き合いいただき、ありがとうございましたm(_ _)m


        会社の寿命(4) ヘリの墜落

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          某ベンチャー企業が倒産し、その子会社の航空会社が清算された環境下で、存続が決まった孫会社。

          普通はありえないことが起きた要因には、ヘリ会社の業績が良かったことや、顧客が沖縄の有力企業であったことなどが挙げられます。そして、ヘリ会社の再建に関係した企業や個人の誰もが「沖縄にこの会社を残さなくてはいけない」と強く思っていました。


          ヘリ会社の社長は、新たな収益の柱として、観光客や地元客向けの遊覧飛行に力を入れようとしていました。

          当時、遊覧飛行の料金は那覇空港からすぐ先のチービシまで往復するコースが5万円。5人のグループで貸し切ったとすれば1人1万円でした。



          私は充分その価値はあると思いますが、気楽には払える額ではないことも確かです。私の友人が、お母さんのトゥシビーのお祝いで、家族5人で乗ってくれたことがありましたが、そんな特別な日の行事には良いかもしれません。という価格。


          社長は、もっと安い価格で遊覧飛行を提供したいと考え、私が会社を離れた3年後、遊覧飛行用の小型ヘリを購入しました。会社に設備投資をする余裕ができたのですから、私にとっても嬉しいニュースでした。

          新しいヘリは読谷や本部の仮設ヘリポートに配置され、遊覧飛行の立ち上がりは順調に見えました。

          ところがですね。

          その小型ヘリが古宇利島で遊覧飛行中、海に墜落してしまったのですよ。

          「アッチャー!!」

          機体は水没したものの、乗員と乗客は付近の漁船などに救助され、命に別状はありませんでした。その日の投稿は(→こちらです)


          その日の投稿には「不幸中の幸い」などと当たり障りの無いことを書きましたが、新聞の記事を読んだ時に、この事故は不幸な出来事などではなく人災だと直感しました。

          目撃者によれば、ヘリは古宇利大橋のすぐそばの海面すれすれを飛んでいたそうで、それが事実なら違法です。

          正確に言えばこんなことのようです。上空から海面に急角度で下降したヘリは海面近くで水平もしくは上昇飛行に移るはずでした。ところが、穏やかで透明な海面にパイロットが高度を見誤り、そのまま海面に突っ込んだと。

          会社が命じたのか、パイロットの判断なのか、いずれにせよ乗客を喜ばせるために、安全高度を無視して飛んでしまったということ。社長の責任は厳しく問われるであろうと容易に想像できました。

          「いったい、何をやっとるんだ」って話です。

          (続く)


          会社の寿命(3) 子会社の切り離し

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            某ベンチャー企業の子会社に小さな航空会社がありました。沖縄の離島便(粟国、慶良間、波照間など)を運行していましたが業績はイマイチ。そのまた子会社にヘリコプターの運行会社がありまして、こちらは利益を上げていました。


            例えば、沖縄の放送局や新聞社には自前のヘリがありません。そのため、空撮が必要になる都度、ヘリをチャーターしています。辺野古から那覇マラソンまで、空撮の仕事はいくらでもありました。また、離島で事件があれば、記者をその島まで運びました。

            ヘリを必要とするのは報道機関に限りません。沖縄電力はヤンバル山岳地帯の架線点検をヘリで行いますし、ある調査会社は防衛省から委託されてジュゴンを追跡してました。


            ヘリ会社の社長は、親会社は倒産したけれど、なんとか事業を続けたいと考えてました。そして私に、会社を独立させるまでの仕事を手伝えと言ってきたのです。

            期間限定とは言え、私が沖縄の仕事を断るはずがありません。私は2009年9月に古波蔵のレオパレスに入居し、その日から沖縄生活とこのブログを始めました。


            親会社の某ベンチャー企業は倒産し、子会社の航空会社は休業状態。その下にヘリ会社がぶら下がっている構造です。

            ヘリ会社を独立させる手順としては、まず、親会社である航空会社を清算し、ヘリ会社を切り離します。ヘリ会社は親会社に多額の債権があったため、親会社の清算により債務超過となりました。

            次に、沖縄の企業として事業を継続させるために、沖縄で出資者を募りました。また、当面の運転資金を調達するために、銀行に融資の申請をしました。

            普通は、債務超過の会社に出資をする会社はありませんし、融資をする銀行もありません。そこを、ヘリ会社がこれまで黒字を継続していることや、親会社の倒産による債務超過には解消の見通しがあることなどを訴えたわけです。

            結果として、沖縄の数社が出資に応じてくれ、社長を筆頭にバランスの良い株主構成となりました。そして間も無く、銀行が融資を決めてくれました。

            たいへん結構な結末となり、社長も私も大いに喜びましたが、私の仕事が終わってしまうのが困ったものでした(笑)


            次の写真は、那覇市内の遊覧飛行に便乗した時のものです。その日の投稿は (→こちらです)


            会社の寿命(2) 会社の倒産

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              某ベンチャー企業と金融庁のバトルは終結したものの、信用を失った会社の営業部門は惨憺たるありさまでした。金融庁が捜査に入ったことをメディアが大々的に取り上げ、その影響で既存の顧客は去り、新規営業は難航しました。

              創業5年で上場を果たし、利益率の伸びで世界ランキングに名前が載った会社でしたが、完全に失速し、創業10年目の2009年に倒産しました。



              当時、会社は弁護士と公認会計士からなる調査チームを編成していました。能力が高い(報酬も高い)先生方にお集まりいただいたため、その報酬総額は軽く10億円を超えました。国家権力に立ち向かうには、それなりのコストがかかるってことです。

              後になって考えたことですが、金融庁は会社が死に体になったことを見極めたのだと思います。消滅が決まっている会社を手間をかけて罰する必要は無く、だから捜査を終了したのでしょう。


              私はその会社で、なかなかタフな3年を過ごしましたが、もちろん良いこともありました。四半期ごとの会計監査や社内会議などで、毎月、一週間ほど沖縄本社に来る必要があったのです。

              「沖縄に来なくてはいけない」

              なんて素晴らしい響きなんでしょう。

              出張ですから、交通費や宿泊費はもちろん、日当まで支給されて、

              「沖縄に来なくてはいけない」(笑)

              しかも、沖縄に一週間出張するわけですから、前後の週末は当然沖縄にいますよね。

              金融庁の影に怯えながら、弁護士や公認会計士と議論を続ける昼間が「陰」とすれば、平日の夜と週末は「陽」。そのバランスの中で私の精神ならびに体力は維持されていたと言えます。

              更にそのころ、私が沖縄に転勤する雰囲気が醸成されていて、これがまた明るい未来を予感させました。

              「沖縄で働かなくてはいけない」(笑)

              ナイチの上場企業の給与レートで、しかも私は執行役員。当時の月給を今の私が稼ぐには半年以上かかります。その沖縄生活を「薔薇色」と言わずして、何と言えばよいのか。

              だから私は頑張ったと(笑)


              さて、頑張った甲斐もなく会社は倒産しましたが、一応は上場企業ですから、破産手続きには結構な手間がかかります。那覇地裁が松尾の弁護士事務所を破産管財人に指名し、財務担当の取締役と私の二人が、その業務を手伝うことになりました。

              かくして私は、債権者集会で社長が「ごめんなさい」と頭を下げた日までの数ヶ月を、那覇地裁から日当2万円を支給されつつ、過ごすことになりました。

              (続く)


              会社の寿命(1) 沖縄に来る前のこと

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                大学を卒業して鉄鋼メーカー(東京)に就職した私は、その会社で45歳まで22年間勤めました。

                売上高は約6千億円。ピンとこない数字かもしれませんが、沖縄県内企業の売上高ランキング上位5社(首位は沖縄電力)の売上高を合計すると、その数字になります。

                その会社はこの春、国内首位の鉄鋼メーカーに吸収され、完全子会社となりました。売上高6千億円の会社をよく飲み込めたもんだと思われるかもしれませんが、親会社の売上高は4兆9千億円。「ん?、何か飲み込んだか?」みたいなもんです(笑)。


                退職後の私はIT企業(大阪)の雇われ社長を3年務め、その後、某ベンチャー企業(那覇)に移りました。

                東京→大阪→那覇。

                これは沖縄の引力のなせる技と言えるでしょう。沖縄に住むことだけが人生の目標ってことでもありませんでしたが、大きな流れとしては、そうなっていますね。


                かつて那覇市西町にあった某ベンチャー企業の本社。



                沖縄風デザインの外観と開放感のあるフロアー。玄関の上にはバーベキュー用の広いテラスがありました。

                本社とは言え、ここにあったのは総務と経理だけ。実質的な本社は東京の芝公園にあり、私はそこで企業法務や会計監査を管掌する執行役員を務めていました。

                芝公園のオフィスは30階建の高層ビル内にあり、最上部の数フロアーは賃貸マンションでした。私が会っただけでもプロ野球の松坂大輔や、俳優の吉川晃司、歌手の前田亘輝らがそこに住んでいて、オフィスもマンションも「結構なお家賃」でした。


                さて、私が入社して1年後のある日。オフィスに金融庁の職員(証券取引等監視委員会)が段ボールを抱えて入って来まして「はい、皆さん動かないで」と(笑)

                創業5年で株式を上場させた若い会社でしたから、コンプライアンスの面ではまったくダメダメでした。そこを金融庁に睨まれてしまったということ。以降、私のエネルギーの大半を(金融庁から)会社を護るために費やすことになりました。

                そして、2年間に及ぶ金融庁とのバトルの後、会社は「おとがめなし」ということになりました。押収されていた書類等が返還されることになり、トラックで霞ヶ関から芝公園まで運びました。会社の地下駐車場で大勢の社員が拍手で迎えてくれて、あの時は嬉しかったなぁ。

                (続く)


                責任と権限について考えてみる(3) 責任の無い人に権限は無い

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                  今年の1月。沖縄県の安慶田副知事が県の教員採用試験へ口利きをし、県教育庁人事にも介入したとする疑惑が公になり、副知事は「県政を混乱させた」として副知事を辞任しました。

                  疑惑を否定したいのなら、教育委員会へ出向き「何を言うてるんですか。やってないでしょ。え?、やってませんよね」と言えばよろしいと思いますが、何で辞任なのか意味がわかりません。

                  仮に疑惑が事実とすれば、副知事は自分の責任を超える権限を行使しようとしたことになりますから、前教育長がそれを拒否したのは当然です。


                  私がナイチの企業で課長になりたての頃、他部署の親分(専務)から専務室に呼ばれ「あ〜せい、こ〜せい」と指示されたことがありました。私の部署はその専務の管掌外でしたのでお断りすると「ワシの言うことが聞けんのかっ!!」と。

                  聞けませんてば(笑)

                  専務がウチの親分(常務)に話しをして、常務から私に指示を出すのが正しい姿。専務には叱られましたが、その話が常務に伝わり、私は今度は常務室に呼ばれて「おまえ、よくやった」と(笑)

                  役員間の板挟みになることが多い中間管理職。サラリーマンの処世術は確かに存在しますが、社内では組織のルールこそが正義。専務の指示を引き受けていれば、短期的には得なことがあるにせよ、結局は誰からも信頼されなくなります。

                  何かの拍子に、私がその専務の部下になることだってありますからね。その時専務は、指示を受け入れた私と、拒否した私のどちらを信頼するかってことです。


                  安慶田副知事の話に戻りますが、前教育長は副知事の指示に(当然とは言え)従わなくてよかった。指示に従っていたとしたら、事態はより深刻になってましたからね。一方の副知事は前教育長を名誉毀損で訴えましたが、どんだけズレまくってんですかねぇ。

                  「そうは言っても色々あるから」って方。よ〜く分かりますよ。ストレスが溜まったら古本屋へ行き「課長島耕作」を買って読みましょうねぇ(笑)



                  (終わり)


                  責任と権限について考えてみる(2) 責任を取って辞任する

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                    「東北でよかった」と発言し、復興相を辞任したこのお方。



                    「責任を取って辞任する」と言うてましたが、東大法学部を卒業していながら、責任と権限に関する理解ができてないようです。

                    「責任を取る」と言えば、「すべて私の責任でございます」とか、「ワシが全責任を持つ!!」などのように、潔さや責任感があるかのような語感があります。

                    それはとんでもない話で、正しくは「復興相としての責任を全うする能力が私には無いので、権限を放棄します」ということ。同様に、会社の業績悪化で辞任する社長も「私ではどうしようもありませんでした」と述べるべきでしょう。

                    ただ、まあ、そのように言ってしまうと、自分の無能さを認めてしまうことになるので、なかなかそうは言いませんよね。でも、事実、無能だから他の人に権限を渡すことにしたんですよ。


                    写真のお方は潔さを示しておいて、ほとぼりが冷めたころに、大臣復帰を目指すんでしょうか?。その際、防衛相や沖縄担当相に就くのはご遠慮いただきたい。嘉手納基地や那覇空港にミサイルが飛んで来て、沖縄県民に被害が及んだとしても、「沖縄でよかった」と言うでしょうからね。

                    失言の類ならともかく、心の底からそう思いそうなので、尚更、始末に負えません。

                    (続く)


                    責任と権限について考えてみる(1) 一人株主総会

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                      農連市場の某青果店は従業員6名の株式会社で代表取締役はお父さん。その他の五人に役職はなく(あるのかもしらんけど)、それ以前に組織もありません(あるのかもしらんけど)。

                      株式会社における権限の頂点に立つのは株主総会です。次が取締役会で、代表取締役はその次って組織図に書いてありますよね。ですから、代表取締役と言えども、取締役会や株主総会に諮らないと決められないことはいくらでもあります。

                      ところが某青果店の場合、実質的に株主も取締役もお父さんだけなので、お父さんは車を運転しながらでも、大根を運びながらでも株主総会(取締役会)を開催することができます。これを「一人株主総会(取締役会)」と呼びます。

                      てことはですね。某青果店では、すべてがお父さんの専決(一人で決めることができる)事項ってこと。専決することが大好きなトランプさんでも、議会や裁判所には従いますから、権限の集中度ではウチのお父さんのほうが上と言えるでしょう。いや、素晴らしい(笑)


                      お父さんと私は半年に一度くらい、怒鳴りあいの喧嘩になります。

                      それは概ね、

                      C「それでも経営者かっ!!」

                      父「勝手なことを言うなっ!!」

                      みたいな感じ。



                      片方が納得すれば喧嘩は終わりですが、両方が納得せず、折れもしない場合はどうするか。

                      それは簡単で、法を犯さない限り、百回喧嘩すれば百回ともお父さんの勝ちです。お父さんには、経営を助けてくれる役員もいなければ、増資に応じてくれる株主もいません。会社を継続する上で必要な責任のすべてを一人で負っているのです。一方の私には、そんな責任が一切ありません。

                      言うまでもなく、責任と権限は表裏一体ですから、そもそもお父さんと私では勝負にならないんです。逆に、会社と従業員の喧嘩で従業員が勝つようでは、もはやその会社は会社と呼べないでしょう。

                      「それでは私の気が済まないのでは?」と問われれば、まったくそんなことは無く、伝えるべきことは伝えて、私は従業員としての責任を果たしました。

                      (続く)


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