写真集「南風原」

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    先日、南風原文化センターで開催中の写真展「あの日あの時」に出かけました。

    さっそくブログに投稿したところ、読者のへそまがりさんが「ある筋の方」に私の投稿を紹介して下さったそうです。

    するとその方がえらく喜んで下さったそうで、写真展の写真が収録された写真集をいただけることになりました。(投稿のコメント欄参照)



    「ある筋の方」ってどなたなんでしょうねぇ。へそまがりさんは顔が広そうなので、南風原町長かもしれません。

    へそまがりさん。今日はわざわざ農連市場まで届けていただき、ありがとうございました。


    阪神さんからコメントいただいた写真がこちら。



    沖縄陸軍病院壕の三角兵舎とありますが、この写真から阪神さんの鋭い考察が始まるのか?


    次に、私が写真展で思わず声を上げた、喜屋武のワイトゥイの写真です。手前が製糖工場。



    私がワイトゥイの痕跡を探した日の投稿で、使った写真がこちら。



    やはりこの写真は、ワイトゥイの崖の上から撮ったものだったんですね。


    そして玉那覇ノロ。




    写真集に収録されている写真は556枚。今夜、一枚一枚じっくり見たいと思います。


    守屋武昌著「普天間交渉秘録」

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      元防衛事務次官、守屋武昌(もりやたけまさ)氏の著書「普天間交渉秘録」(2010:新潮社)を読了しました。



      守屋氏は事務次官を務めた5年間(2003〜2007)、克明な日記を残していました。表紙の背景に使われている、5年連用のダイアリーです。

      その日記に沿った(一応)ノンフィクションですから、日米の政治家や官僚が、次々に実名で登場します。

      首相は小泉純一郎、安倍晋三

      防衛大臣は額賀福志郎、石破茂、大野功統、久間章生、小池百合子

      沖縄県知事は稲嶺恵一、仲井眞弘多

      名護市長は岸本建男、島袋吉和

      常々、「こいつはアホやなぁ」と思ってた人は、やっぱりアホなことをやってたんですねぇ。


      守屋氏は「防衛省のドン」と呼ばれた人で、山田洋行事件で実刑判決(収賄罪)を受けました。決して良い印象はありませんでしたので「そんな人の著作を読んでもなぁ」と思っていましたが、結果としては、読む価値がありました。

      もちろん、守屋氏が役人として、自らの行動を正当化しようとする内容なのですが、そうであっても、普天間問題に関する資料としては高いレベルにあると言えます。

      「誰も知らない沖縄の真実」みたいなタイトルで、似たような本がソコソコ(コソコソでも可)売れてるようですが、それらに比べれば、ずっとマトモです。


      あっ、そうそう。稲嶺元知事がボロクソに言われてました(笑)。


      野津唯市画集「懐かしい未来 沖縄」(2) 与那原駅前の大通り

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        野津唯市画集「懐かしい未来 沖縄」の紹介2回目です。

        前回投稿の「昔の風景」に続いて、今回は「与那原駅前の大通り」。解説は前回同様、玉城の「山の茶屋・楽水」店主・稲福米子さんです。



        「与那原駅前の大通り」

        与那原駅から海岸に向かって、緩やかな下り坂を真っ直ぐに伸びる大通りは、「字与那原の銀座通り」とも呼ばれていた。

        そこには乗り合い自動車の発着点があり、でっかい久場郵便局、仲泊商店、仲座薬局が軒を並べていた。向かい側には、宮平下駄屋、潮平呉服店、大湾写真館、またその向かい側に崎間饅頭屋。うんと下って与那原警察署があった。

        たくさんの店が立ち並ぶ大通りを、荷馬車が轍を軋ませてゆく。おばさんたちはバーキに野菜、イユ、ウム、豆腐、何から何まで、頭に乗せて売り歩いていた。

        僕の住んでいた家は薬局の真後ろ。そうそう忘れていた。郵便局の向かいに安谷屋のゆぅふる屋、おもちゃ屋、電気屋もあった。


        銀座通りの中ほどに、通りを横切る馬が描かれていますが、その位置に私は立っています。



        突き当たりには復元された軽便与那原駅

        駅とは言っても軽便鉄道の記念館ですから、汽車は発着せず、駅前商店街が形成されることはありません。

        私の背後は4車線の国道331号線です。国道を渡って、野津さんのアングルを探しました。



        銀座通りは拡張されて「すずらん通り」となり、かつての大通りは、今や歩道です。

        何か変だなと思ったら、野津さんは記憶の中にある風景を描くので、屋根の高さにいるんですよね。ところが私は地面。同じようには見えませんわ。

        チェッ!!


        気を取り直して、与那原駅の背景を拡大してみましょう。



        駅の右上。峠を越えた道が左右に分岐していますね。この道は今もあります。

        そして、駅の左上。展望台のような場所に東屋が見えますね。あそこへ行ってみましょう。


        大正時代の古い写真がありました。



        左下に与那原駅。海に向かって銀座通りが伸びています。

        この写真を撮った場所は、どう考えても先ほどの展望台。いゃあ、同じ景色が見れるなんてワクワクしますねぇ。

        と、思ったら、こんな感じ。



        左手前のマンションの陰に、与那原駅がほんのすこしだけ。駅前通りは見えません。

        チェッ!!

        街を見ずに、山の稜線を見ましょう。手前が運玉森の稜線です。奥は中城の高台で、琉大病院が見えます。

        私が立ってる場所は、上ノ森公園。かつての展望台は公園になりました。

        ところで、古い写真と私の写真を比べると、ど〜も、古い写真のほうが高い位置から撮っているように見えます。

        ところが、私の周りに高い場所はありません。てことは、上ノ森公園を造成する際に、山を削って平地にしたんですね。

        削るなよぉ。


        平成の今になって、昭和を描いた絵画や大正に撮られた写真を持ち出して「同じように見えんやないかっ!!」とブツブツ言うほうがどうかしてますけどね。

        だけど、チェッ!!


        野津唯市画集「懐かしい未来 沖縄」(1) 昔の風景

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          かつて那覇の海岸にあった雪の崎(ユーチヌサチ)



          画家の(故)野津唯市さんは、10歳の時に、ご両親と共に東京から沖縄へ戻り、若狭と与那原に住まれていたそうです。

          ご自身の記憶をもとに、数々の懐かしい沖縄の風景を描かれています。雪の崎に続く畑の中の一本道。麦わら帽子の子供は野津さん自身なのでしょう。


          図書館で野津さんの画集を借りてきました。

          「懐かしい未来 沖縄」




          パラパラと画集をめくっていると、私にもわかる風景がありました。



          「昔の風景」

          県道から分かれた古い道は急坂で、雨が降ると泥んこ道に急変する。恐ろしい道だった。そんな道を、僕たち中学生は首里の学校へ毎日往復していた。ある日、通学で履いていた地下足袋が破れてしまい、口をパックリ開けて絶叫した。僕も「あきさみよ!」と、口をパックリ開けて同じように絶叫した。坂の下の集落では、子どもたちが、ゴム段跳びや、ゴムかん射えーで元気に遊んでいた。あの懐かしい子どもたちは、今どうしているだろうか。



          野津さんの作品は、玉城の「山の茶屋・楽水」のギャラリーに常設展示されてるそうで、上記の解説は店主の稲福米子さんによるものです。

          ・県道から分かれた古い道の急坂

          ・雨で泥んこ

          ・(与那原から)首里の中学校への通学路

          ・坂の下の集落

          これだけヒントを与えられれば、この場所がわかります。南風原町大名の照喜名商店前の三叉路でしょう。




          右手の坂道を進むと、大角座歩道橋に出ます。首里への近道で私もよく通りますが、狭いのに交通量の多い道です。

          古くから馬車道として整備されていた道で、野津さんの絵では石畳道になってますね。


          与那原から首里に野菜や魚を運び、首里から与那原へ酒や酒カシジェー(酒粕)を運ぶなど、この場所には活発な往来がありました。そして、与那原と首里の中間点にあるガジュマルの木陰。たくさんの人達がここで一休みしました。

          照喜名商店は大繁盛したはずです。


          ところで、与儀交差点から識名トンネルを抜けて東へ向かう幹線道路が、まもなくこの場所を通ります。既に照喜名商店は無く、ガジュマルも切り倒されてしまいました。

          私が撮った写真が、懐かしい風景になりつつあるということ。

          私は昔の沖縄の写真や絵画を眺めるのが好きですが、わざわざ懐かしい風景にしてくれんでもエエっちゅうの(怒)。


          稲福さんの解説に出てくる「ゴムかん射えー」はパチンコのこと。Y字の木の枝にゴムを結んで作りました。

          こいつが、ガジュマルの中の何かを狙っています。




          ローゼル川田著「琉球風画帖”夢うつつ”」

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            以前投稿したローゼル川田水彩画集「琉球風画帖」

            昔の沖縄が水彩画で蘇る、素晴らしい絵葉書でした。

            昨年、その絵葉書が本になりました。出版社はボーダーインク。

            図書館の蔵書になるやいなや予約が殺到し、「当分はあかんな。」と思っていたところ、一昨日、タイミング良く県立図書館で借りることができました。




            ウフフ(笑)。

            一挙にババッと読みたいような。93ページしかないので、読み終わるのが惜しいような(笑)。


            ところで、いくら探してもみつからないのが「樋川の路地」。

            20130408173603_0.jpg

            本の冒頭に、写生した場所が記してありました。かなり、大雑把ですがね。



            樋川全域の路地を漏れなく探すことは至難の技でしたが、これで捜索ゾーンがかなり狭くなりました。

            路地や建物が失われていれば仕方がありませんが、残っているのなら、そこに立ちたい。


            例えば、「パラダイス通りの商店」



            それが、こう(笑)。



            何故かは良くわかりませんが、この瞬間が快感で、快感で(笑)。


            よし!!

            今週中に「樋川の路地」に立つ!!


            芹沢健介著「血と水の一滴」書評

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              以前、紹介しました芹沢健介さんの「血と水の一滴」。




              その書評が東京新聞に掲載されました。

              http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014081002000192.html


              ◆戦場で生き方を探る
              [評者]川成洋=法政大名誉教授
               沖縄戦−太平洋戦争最後の日米両軍の最も凄惨(せいさん)な地上戦。日本人犠牲者は二十一万人余、屍山血河(しざんけつが)を築く戦いであった。沖縄戦をめぐる関係書はまさに本土の日本人にとって汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)であろうが、この小説は、この戦いで散った日本軍の軍医将校の前線日誌を「語り部」として、戦闘の顛末(てんまつ)がつづられる。
               一九四四年八月に着任した二十四歳の森本義丈軍医中尉の配属先は、第三十二軍司令部付野戦防疫給水隊。すでに三十二軍は十万の将兵で沖縄全島を不沈空母にすると豪語したが、参謀本部と沖縄司令部との乖離(かいり)、陸軍と海軍との不和、軍による島民への隷属の強要、戦闘部隊の非戦闘部隊への蔑視、朝鮮人軍夫への差別など、陸軍の伝統的な陥穽(かんせい)にはまり、臨戦態勢どころではなかった。
               「鉄の雨」と恐れられた艦砲射撃が続き、四月一日米軍が上陸。約三万の残存部隊を率いる司令部は南端部に移る。一万の傷病兵を青酸カリで処理する命令が下るが、森本は軍医として拒否した。やがて兵や島民が潜伏する洞窟を攻撃する米軍に森本の隊は粉砕されてゆく。遺(のこ)された日誌には「僕は沖縄にきていったい何を残せたのか」とあった。
               戦場の真っただ中においても、「人間として(ヒューマン・ディーセンシー)」どう生きるべきかという永遠のテーマを命懸けで模索する人物たちのドラマが、この作品の醍醐味(だいごみ)にちがいない。
              (丸善プラネット・1944円)
               せりざわ・けんすけ 1973年生まれ。フリー編集者・構成作家。



              過去の投稿はこちらです。

              芹澤健介著「血と水の一滴」発売!!

              芹澤健介著「血と水の一滴」読了


              芹澤健介さんへのメール

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                芹澤さん

                先日は著作をお送りいただき、ありがとうございました。仕事が終わり、自宅でシャワーを済ませ、一杯飲んでいる時に本が届き、さっそく拝読致しました。

                読み始めるとやめられず、朝の早い私は、徹夜をするか否かを迫られることになり(笑)、泣く泣く最後の数十ページは、翌日の昼休みに読むことになりました。


                この作品はフィクションだそうですが、まるでノンフィクションを読んでいるかのようでした。上間、一日橋、津嘉山、南風原など、私が良く知る場所が舞台となっていたことも、リアリティが増す要因になっていたのだと思います。

                特に上間集落には、作品に出てくる村井戸や小堀の他に、古いスージや村獅子などが残っています。私は、昔の沖縄を感じながら、上間を散歩をすることが好きで、作品中、地名が上江洲となっていたことが少々残念でなほどでした。


                芹澤さんの文章は、適度に抑制が効いていて、物語が淡々と進行してゆきました。

                私はグイグイ迫られると疲れてしまうタチのようです。この作品は、自分自身が考えながら、文章を追うことができ、心地良く読み終えることができました。

                そして、豊富な取材量に下支えされた、強固な安定感があり、私の気持ちが他に逸れることがありませんでした。

                このように上質な作品が世に出たことを、心からお祝い申し上げます。

                また、慰霊の日を前に、私にわざわざ送って下さり、本当にありがとうございました。

                今後のご活躍を期待しています。


                上記のメールに芹澤さんから返信があり、その中に、上間を上江洲とした理由について、次のように記されていました。

                「物語のひとつのキーになる場所なのに地元の方とひとりもお話ができなかったので齟齬があるといけないと思い、仮名にしたという経緯があります。」


                なるほど。そうだったんですね。

                それならば、上間の皆さんがこの作品の存在に気付き、芹澤さんに対して「上江洲を上間にせよ。」と、声が上がれば理想的です。

                この作品は、次々と版を重ねるでしょうから、ひょっとするといつか、上江洲が上間に訂正されるかもしれません。


                このブログの読者で、上間の方(笑)。よろしくお願い致します。m(_ _)m


                芹澤健介著「血と水の一滴」読了

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                  昨日、著者の芹澤さんから送っていただいた「血と水の一滴」。読了しました。


                  医大を卒業したばかりの主人公(森本義丈)が軍医として沖縄に出征したのは、昭和19年8月のことでした。

                  同年10月10日の那覇大空襲を経て、翌年4月1日の米軍沖縄本島上陸。そして、6月23日の沖縄戦終結。

                  約10ヶ月の間、青年軍医は沖縄で何を考え、何を為したのか。


                  死の直前、彼はこのような言葉を残しました。

                  僕は沖縄にきていったい何を残せたのか。

                  人を助けることができただろうか。

                  部下は半分以下に減り、負傷者の手當も満足にできていない。

                  (略)

                  多くの若者が守ろうとした日本とは、いったいなんなのだろう。

                  そんなふうには思いたくない。

                  五十年後、百年後、この島はまだあるだろうか。

                  美しい海と空を取り戻しているだろうか。

                  願いが叶うならば平和な時代にこの島にきたかった。



                  また、この物語で存在感を示したウチナーンチュは、二十歳の西銘淑子でした。

                  みんな白い骨になるのだ。

                  いつかこの沖縄の島は、白い骨で埋まって、十年経ち、百年経って、骨はいつしか砂粒のようになり、白い道や白い砂浜になる。

                  そして海から流れ着いた種が芽吹いて、花を咲かせて、その間を蝶が飛び、鳥が歌うようなきれいな島になる。

                  私たちは土になるのだ。大地になるのだ。

                  私たちの身体が島を作るのだ。

                  涙が頬を伝った。



                  那覇市上間は、識名台地の南端に位置する集落です。東西と南側が、いずれも急斜面になっているため、幹線道路が通ることがなく、今でも、昔のたたずまいが残っています。

                  集落の中央には井戸と小堀があります。

                  20130106210736_0.jpg

                  かつて私が写真を撮った、まさにこの場所がこの物語の舞台でした。

                  私の住む国場から近く、何度も散歩した集落です。芹澤さんが描写したさまざまなシーンを、私はリアルにイメージすることができました。


                  「ありったけの地獄をかき集めた」と称された沖縄戦。その戦いのさなかに、義丈や淑子が想った50年後、100年後の沖縄。

                  今、その時が来て、私たちは沖縄で暮らしています。

                  「戦争このかた私たちは、あらゆる戦争を憎み、平和な島を建設せねばと思いつづけてきました。これが、あまりにも大きすぎた代償を払って得た、ゆずることのできない私たちの信条なのです。」

                  摩文仁の平和祈念資料館に記されたこの言葉。芹澤さんの作品は、改めて、この言葉の意味を私たちに問いかけています。


                  来週月曜日。6月23日は慰霊の日。

                  69年前の沖縄を想い、今の沖縄を想う日にしたいものです。


                  芹澤健介さんの本、到着!!

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                    芹澤さん。

                    たった今、本が到着しました。



                    ありがとうございます。



                    さっそく、拝見いたしやす。



                    芹澤健介著「血と水の一滴」発売!!

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                      先週紹介した芹澤健介さんの本が、いよいよ発売です。


                      (表紙の文字は山咲トオル君)

                      本土では既に書店に並んでいるようですが、沖縄では、今週末か来週始めに発売です。何しろ、船便輸送なもんで。


                      今朝の琉球新報を見ると、



                      一面に出てました。

                      一番下の枠、右から二番目です。



                      沖縄タイムスにも掲載されているそうです。本土の方は、昨日の朝日新聞一面をご覧下さい。


                      69年前、美しい島で何があったのか

                      「血と水の一滴」芹澤健介著

                      沖縄に散った青年軍医

                      昭和19年、医大を卒業して沖縄に出征となった軍医の任務は無菌の水を兵士に配ることだった。しかし、やがて最前線で負傷兵の応急処置や野戦病院への搬送に任務が変わった。沖縄慰霊の日を忘れぬために「土となり永久に眠る勇者の沖縄戦記」。話題のデビュー作。



                      主人公の軍医は、芹澤さんのお知り合い(おそらく監修の大林氏)の親族の方だそうです。つまり、実在の人物。

                      私はタイトルからノンフィクションを予想しましたが、(史実に忠実な)フィクションのようです。

                      ノンフィクションとフィクションは、元々区別に曖昧な部分があり、て言うか区別するのは無理ですね。いずれにせよ、筆者の想いが読者に伝われば、それが一番良いと私は思います。


                      来週、双方の時間が合えば、芹澤さんにお会いできるかもしれません。

                      読書感想文は、またいずれ。


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