「与座ガー」再訪

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    糸満市与座集落にある与座ガーに来ました。いつ来てもここの水量は圧倒的です。




    こちらはプール。湧き水掛け流し(?)なので常に清潔。消毒の必要がありません。




    次に洗い場。近くの畑で収穫したモーイや冬瓜をオバァ達がここで洗ってます。




    タンクで持ち帰り可。散水とか「上水を使うのはちょっと」みたいな場合は重宝しますね。




    こちらは、最初の動画の滝の上。この奥から水が湧いてます。




    湧き水で顔を洗ったり、足をつけたりすると大変に気持ちがいいです。また、人が生きてゆく上で必要不可欠な真水がこんなに音を立てて流れている。そのことに安心します。



    与座岳を水源とする井戸がかつては3ヶ所あったと聞いてます。今は無い古泉(フルガー)と大御泉(ナカンガー)。そして湧泉(ヨザガー)。その祠がここに集められています。




    最近、糸満市が予約型乗合バスの運用を始めました。市内150ヶ所のバス停からバスの予約をすると、小型のマイクロバスが迎えに来てくれて、指定したバス停まで運んでくれるサービスです。




    与座ガーにもバスで来れるようになったんですね。



    浦添市安波茶の安波茶樋川

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      安波茶自治会館のすぐ近く。安波茶樋川に着きました。

       

       

      住宅地の井戸が枯れることが多い中、この井戸は元気です。浦添大公園(浦添グスク)や浦添運動公園が近くにあるため、雨水が浸透する土の地面が充分にあるってことですね。

       

       

      この井戸の特徴は、琉球石灰岩でできた長い樋(とい)。4.8mあるそうです。

       

      この井戸は3年前に改修されていて、その時の写真が浦添市のサイトにありました。

       

       

      (1)石造りの樋

      (2)樋周辺の石積み

      (3)平場

      (4)平場の石積み

      (5)ため池

       

       

      井戸の改修後、再び茂った雑草が井戸周辺の土砂崩れを防いでいます。また、自然の水辺に近い環境を作ることで、生物が生息できる空間が形成されています。

       

      昨年はこの井戸をホタルが飛んだそうですし、トンボも来てるとのこと。そのうち、ため池にエビや蟹が住みつくかもしれません。

       

      これは小さいながらもビオトープ。

       

      古い井戸を改修して水の流れが良くなりましたが、もはや人間はその水に頼っていません。であれば、日頃から色々迷惑をかけている生き物の皆さんに、水を使っていただくのが良いのではないかと。

       

       

      この日は歩けませんでしたが、安波茶樋川の水は小川となって、浦添市立図書館へ下りる緑地を流れているとのこと。

       

      Google Earthで見てみましょう。赤いマークが安波茶樋川。左下へ小道を下った先の赤い屋根が図書館。

       

       

      素晴らしいじゃないですか。次回は是非、この緑地を歩いてみたいと思います。

       

       

      井戸は文化財でもあるし、神が宿る場所でもあります。もちろん、それは大切なことではありますが、湧き水としてもっと働いてもらいましょう。

       

      ため池ができて、その先に小川が流れる。何しろ水の心配がいらないんですから、水辺の生き物や植物は安心して暮らせますね。


      宜野湾市大謝名の大謝名メーヌカー

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        宜野湾市の大謝名小学校近く、パイプライン沿いに大謝名メーヌカー(前の泉)があります。

         

        特徴的な石積み。豊富な水量の井戸とクムイ(ため池)。

         

         

        そして、大謝名集落から井戸に下りる石畳道。

         

         

        素晴らしいじゃないですか。井戸に必要な要素のすべてが残っています。

         

         

        立体地図を見ましょう。

         

         

        中山王国の首都が浦添にあった頃、王国の港は浦添グスクから近い牧港でした。上の地図で見ると、現在の牧港4丁目、大謝名5丁目あたりが深い入江になっていたことが分かります。

         

        牧港に到着した船は宇地泊の丘と牧港の大岩の間を抜けて入江に入りました。

         

         

        入江の中央には岬があり、港は東西に分かれていたようです。確かめてませんが、西が牧港、東が宇地泊かもしれません。

         

        かつての岬の先端あたりにA&Wがあります。

         

         

        立体地図にある大謝名5丁目の「文」マークは大謝名小学校。驚くじゃないですか。パイプラインのあたりまで入江だったんですよ。港に入った船は大謝名メーヌカーから直接給水してたんですよ。

         

        大謝名メーヌカーのクムイが薄い緑色になっているのは藻によるもの。本来は汽水域で育つ藻がクムイに閉じ込められてしまい、真水に適応しました。これも、この井戸が入江の奥にあった証拠の一つです。

         

         

        先日、普天間飛行場から大量の泡消化剤が流出し、河川はもちろん地下水も汚染されました。大謝名メーヌカーの水を万一飲んだら大変だってことで、井戸の入口にロープが張られています。

         

        「じゃあ、お前も入ったらあかんやろ」って、そりゃあそうですよ。でも私は何をしてはいけないかを知ってますからね。「でも、それを見た子供が入っていいんだと思うだろ」って、はいはいごめんなさい。

         

         

        あっ、そうだ。牧港の大岩の上にリッチな感じの老人ホームがありますね。あそこに金一美女がいます。入所したんじゃなくて、働いてるってことね(笑)


        本部町具志堅の具志堅大川(フプガー)

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          この日は井戸を見るために87km先まで遠征しました。本部町の具志堅大川です。

           

           

          枯れてしまったり、水は湧いていても用途を失った井戸が多い中、この井戸は現役です。

           

          Google Earthで見ましょう。

           

           

          橋(フプガー橋)の側に白いジャケットを着たオヤジみたいなのが写っていますね。私はその位置で上の動画を撮りました。オヤジのように見えて、実は湧き水の水しぶきです。

           

          橋の高さに地面があって、そこから掘り下げた井戸だそうです。

           

           

          すこし引いてみると、三角形の調整池。

           

           

          ありがたい風景じゃないですか。

           

           

          この水は生活用水にも農業用水にも使えます。何があっても生きてゆけるという絶対的な安心感。そんな気持ちになる風景です。

           

          さらに引いてみます。

           

           

          写真の下部、やや左に三角形の調整池。広い耕作地の隅々まで水が行き渡る様子が実感できます。

           

           

          具志堅集落は今帰仁グスクの麓に位置する城下町の一つ。旧暦7月25日にはシニーグと呼ばれる、舞踊を奉納する行事があり、グスクの時代から続いているとのこと。

           

          また、つい最近までは、シニーグを含む豊年祭が一週間にわたって行われていて、そのうちの一日を使って、井戸のお祓いをするシルガミと呼ばれる行事があったそうです。

           

           

          貧しい集落ほど盛大に豊年祭を行ってちゃんと拝みなさいという理屈になるのかもしれませんが、やはり豊年祭をきちんと行う集落は、生活に余裕があるんだと思います。

           

          具志堅集落の場合、その余裕を生んだのは具志堅大川だと言えます。ここで暮らしているわけではないのに、湧き水から与えられる安心感。そう感じさせてくれる井戸でした。


          開南の小さな橋

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            こちらは開南交差点から浮島通りへ繋がる開南中央通り。

             

             

            その道端に小さな橋の欄干がありました。

             

             

            写真の奥が那覇高校方面。フェンスに沿って水路が続いています。

             

            道路の反対側には欄干が無く、民家と駐車場の間に水路がありました。

             

             

            最後はガーブ川に合流するはずですが、下流側を追いかけてみましょう。

             

            民家の横を抜け、

             

             

            手作り風の橋をくぐり、

             

             

            新天地市場本通りまで来ました。暗渠の中は見えませんが、このあたりでガーブ川に合流しているはずです。

             

             

             

            では、上流側はどうなのか。残念ながら、駐車場の先が私有地で、追いかけることができませんでした。とは言え、那覇高校角の十字路あたりへ繋がっていることは確かです。

             

            一つの仮説として、この水路の水源は王樋川(おうひーじゃー)ではないかと。そう、北斎の城嶽霊泉に描かれた、あの湧き水です。

             

            琉球八景(3) 城嶽霊泉

             

             

            こんな時。物事を反対向きに考えてみることが有効です。つまり、王樋川の湧き水はどこに流れていたのか。

             

            周囲の地形を考えると、湧き水の流れる方向は一方向しかなく、今まさに私が追いかけている水路と一致します。間違い無いと思います。この水路には湧き水が流れてたんですよ。

             

             

            この地図は、那覇がまったく埋立されてない時代のものです。

             

             

            ガーブ川流域は広い湿地帯で、船が入ることもできました。そこへ、周辺の湧き水が流れこんでいて、この水路はその一つでしょう。

             

             

            先日、糸満市米須の海岸で、潮川を見てきました。ビーチで湧いた水が太平洋に流れこんでいます。

             

             

            私の中では、王樋川の湧き水がガーブ湿地に流れ込むイメージがこれ(笑)

             

            開南中央通りの小さな橋を、かつては誰もが知っていたと思います。今は、知らない人のほうが多いはず。


            道路を掘り返したら石橋が出てこないかな(^^)


            金城町石畳道周辺の文化財(4)

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              金城町石畳道周辺の各文化財にはこんな地図が置かれています。

               

               

              地図の上が金城ダム通り(坂下)で、下が赤マルソウ通り(坂上)。坂の上下を間違えなければ、この地図で充分周れます。

               

               

              金城町石畳道は一本道のように見えて、多くの脇道と交差しています。そして、金城町住民の生活道路でもあり、車か通行します。

               

              坂を上りながら(下りながら)どんどん脇道へ入ってみましょう。立派な石塀があり、重厚な石門があり、庭の植栽も楽しめます。

               

               

              この写真。先ほどの地図と上下逆さまです。ややこしくてすみません。


              金城町石畳道周辺の文化財(3)

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                (3)仲之川(ナーカヌカー)

                 

                仲之川は金城大樋川から玉陵方向へ少し上った所にあります。

                 

                 

                「雨天にも濁らず、旱天にも枯れない」とたたえられた井戸ですが、立地は良くない印象です。

                 

                左手の高い石積みが大雨で崩れたことがあるそうで、ちょっと無理したかもしれません。

                 

                 

                (4)上ヌ東門ガー(ウィヌアガリジョウガー)、下ヌ東門ガー(シチャヌアガリジョガー)

                 

                いずれも、かつては共同井戸として活躍しました。

                 

                 

                 

                 

                (5)新垣ヌカー(アラカチヌカー)

                 

                新垣さんの屋敷内に掘った井戸から水をひいて、誰にでも使えるようにしたカー。既に元の井戸が埋められてるので、水が流れることはありません。

                 

                 

                 

                (6)潮汲川(ウスクガー)

                 

                井戸に水があると楽しい(笑)

                 

                 

                この日回った井戸で、初めて湧き水を見ました。

                 

                 

                大きな蟹や小魚がいたので、水は常時溜まっているようです。

                 

                 

                この日の井戸は状態が良好で、きちんと整備されていました。ゴミや雑草を目にすることが無く、大変気持ち良く歩くことができました。

                 

                願わくば、井戸には水が流れていて欲しいものです。急な斜面を上り下りしている中、湧き水で手を洗ったり、タオルを濡らしたりできれば最高なんですけどね。

                 

                ちょっと無理だよなぁ。

                 

                (続く)


                金城町石畳道周辺の文化財(2)

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                  (2)金城大樋川(カナグシクウフフィージャー)と琉球紙

                   

                  金城村屋のすぐ隣にある、かつての共同井戸です。

                   

                   

                  立派な井戸ですねぇ。大樋川を名乗るだけのことはあります。

                   

                  井戸が急斜面にあるため、背後に加えて左右にも強固な石積みが必要になり、規模を大きくせざるを得ません。だから、貯水槽や広場はむしろ小さめ。

                   

                  一方、水量が豊富なので、かけ樋は二本あり、貯水槽から溢れ出した水は直ちに手前の排水溝に吸い込まれる構造です。

                   

                  まとめますと、大規模ながらもコンパクトかつ高性能。

                   

                  素晴らしい井戸だと思います。

                   

                   

                  大見武憑武(おおみたけひょうぶ)が薩摩で紙漉きの技法を学び、金城大樋川のそばで紙漉所を開設したのは17世紀のことでした。

                   

                  中国福建省は紙の生産地で、琉球は良質で安価な紙をいつでも手に入れることができました。だから、薩摩で学ぶ必要は無かったんですよ。ところが、既に琉球を支配していた薩摩が「公文書の紙を薩摩と同じにしなさい」と。

                   

                  しょ、しょうもなっ(笑)

                   

                   

                  こういっちゃあナンですが、薩摩なんてのは、企業に例えれば債務超過で倒産寸前だっんですよ。それが、中国貿易で利益を上げていた琉球に目をつけて、武力で、すなわち恫喝して子会社化したんですよ。そして、上納金(品)を吸い上げ続けたと。

                   

                  つまり、物乞いのようなもの。物乞いは物乞いらしく大人しくしていれば良いものを、何もしないとますます物乞いに見えてしまうので、「紙漉きを学んで、紙を薩摩と同じにしなさい」と。

                   

                  「他にやることは無かったんかい」と言いたい。

                   

                  薩長土肥などと呼ばれ、薩摩は明治維新の立役者フージーしてますが、琉球のおかげでお金の心配が無くなったから、そこに加われただけじゃないの。

                   

                  そうでしょ?。

                   

                  (続く)


                  金城町石畳道周辺の文化財(1)

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                    金城町石畳道の代表的なショット。石敢當をフレームの左端に置くと構図が決まり、しゃがんで撮れば石塀を強調できます(^^)

                     

                     

                    ここから金城橋まで250mの下り坂が続きます。

                     

                    坂の途中にある金城村屋(ムラヤ)です。坂を歩く人にとってはありがたい休憩所。木陰で涼んだり、冷たいものを飲んだり。

                     

                     

                    そして、坂下まで下りて振り返ると(^^)

                     

                     

                    「うっへぇ、これをまた上るのかぁ」と誰もが思うことでしょう。スキー場のようなリフトがあればねぇ(笑)

                     

                     

                    石畳道の周辺には井戸や御嶽などの文化財が沢山あります。この日は復習も兼ねて、一通り見て歩くことにしました。

                     

                     

                    (1)大アカギと内金城御嶽

                     

                    先ほどの石敢當を東に入ったところにある、6本の大アカギ。いずれも樹齢は2百年以上ですから、黒船来航も琉球処分も、このアカギは知っています。

                     

                     

                    沖縄戦で、米軍は首里を北から攻めたので、首里の丘の北側は何も残らないほど破壊されました。一方、丘の南側は比較的被害が少なくて済みました。

                     

                    そこにあった大アカギや石畳道が残ったのは、塹壕に身を隠す兵士の姿を想像すると分かりやすいでしょう。

                     

                     

                    それにしても立派なアカギです。琉球の人達がこの大木に、あるいはこの森に神が宿ると考えたのは当然です。

                     

                    内金城御嶽の小嶽(クタキ)と、

                     

                     

                    大嶽(ウフタキ)。

                     

                     

                    首里の丘にはこのような大アカギが普通に生育していたようです。アカギの森は雨水を蓄え、湧き水になりました。近くに沢山の井戸がある理由がそこにあります(井戸が枯れた理由も)。

                     

                    首里の丘の南斜面には、石畳だけではなく、アカギや御嶽や井戸が残っていて、琉球や戦前の沖縄を感じることができます。

                     

                    石畳道を真っ直ぐ下りて、真っ直ぐ上って、「疲れただけ」と言ってるようでは、まだまだなんですよ(笑)

                     

                    (続く)


                    繁多川の神応寺石門と島豆腐

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                      第一尚氏の時代に建立された神応寺。沖縄戦で失われ、跡地は繁多川公民館や図書館、ゲートボール場などになっています。

                       

                       

                      こちらは、神応寺に併設されている識名宮の戦前の写真。

                       

                       

                      お寺と拝殿ですから建築様式は異なるものの、写真の雰囲気が似てますよね。

                       

                      それは同じ人が同じ時に撮影したから(^^)

                       

                      建築史、美術史研究者の田辺泰さんが戦前の沖縄を訪れ、神社やお寺、グスクなどを撮影し、大著「琉球建築(昭和12年)」に収録したものです。

                       

                      昭和12年の沖縄(^^)

                       

                      いっ、行ってみたい!!

                       

                      那覇港に船が接岸した時、私は喜びのあまり、もうどうしたらいいのか分からんくなるでしょう(笑)

                       

                       

                      話が逸れそうなので、神応寺に戻りましょう。つい最近、石門が修復されたと聞いたので、見に来たんです。

                       

                      現存する神応寺の石塀と、

                       

                       

                      石門。

                       

                       

                      この度修復されたのは、この石段です。繁多川自治会の依頼に那覇市が応じたもの。色の違いは時間が経つにつれ、解消されるでしょう。

                       

                      ほんと。繁多川自治会の、文化財を大切にする取り組みには頭が下がります。こうした取り組みの積み重ねは集落の「格」を上げますよね。今後ともよろしくお願い致しますm(_ _)m

                       

                       

                      こちらはすぐ近くにあるボージガー(坊主川)。

                       

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                      どこの坊主かと言えば、当然、神応寺の坊主です。ボージガーはニックネームで、本名は「御穀泉(オコクガー)」。御穀は神様へのお供え物を意味します。

                       

                      今は飲めませんが、かつては数ある繁多川の井戸の中でも最上級の水質だったそうで、繁多川で美味しい豆腐(泡盛も)が作られたのは、この井戸のおかげでした。

                       

                      手作り島豆腐で有名な長堂豆腐店を取材した映像がYouTubeにありました。オヤジの顔を見ただけで、美味しい豆腐を思い浮かべることができます。

                       


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                      念願の沖縄生活を始めて10年になりました。
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