果報バンタの絶景

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    喜舎場の湧き水を訪ねた日は、梅雨にもかかわらず天気が良く、海中道路の先の宮城島へ寄り道しました。

     

    宮城島の東海岸にある製塩所(ぬちまーす観光製塩ファクトリー)の敷地内にある断崖絶壁が果報バンタ。

     

     

    この絶景を撮ろうとしたら曇ってきて、帰り道でまた晴れるという(^^)

     

     

    眼下に見えるビーチは「ぬちの浜」と呼ばれているらしく「誰もたどり着けないシークレットビーチ」。

     

    誰もたどり着けないビーチではありますが、ツアーが出てまして(笑)、徒歩でもカヤックでもたどり着けます。また、上の動画では小さくて見えないかもしれませんが、リーフでオッさんが釣りをしています。

     

    そして、シークレットビーチではありますが、展望台から丸見えです(^^)

     

    確かに美しいビーチだし、行ってみたくなる気持ちも分かりますが、沖縄本島に「誰もたどり着けないビーチ」が一つくらいあってもいいんじゃないかと。このビーチなら海ガメが安心して産卵できそうだし。

     

     

    果報は「果報は寝て待て」の果報で、幸せを意味します。ナイチでは古い言葉と見なされていて、日常会話で使うことは少ないと思います。

     

    ところが沖縄では現代語の一つ。果報者はカフーナムンで、世果報(ゆがふ)はちゅらさんに登場する居酒屋の名前でした。

     

    ナイチでは古くなった言葉が、沖縄で日常的に使われていることはよくあり、「幸せ者」よりも「カフーナムン」のほうが心に響く気がします。

     

     

    小説家の原田マハさんは沖縄にハマってしまったナイチャーの一人で、デビュー作が「カフーを待ちわびて」。



    作品の内容よりも「この人(マハさん)は沖縄を好きになってしまったんだなぁ」と思ったことが記憶に残っています。

     

    それにしても、果報をカフーとカタカナにするところが、さすがは小説家。沖縄を美しく描いたラブストーリーのタイトルにピタッときます。恩納村の上質なリゾートホテルはカフーで、こちらもナイス。

     

     

    製塩所にはカフェや土産物店がありますので、沖縄観光の訪問先に加えていただいて、その際は是非、果報バンタの展望台へお立ち寄り下さい。製塩所駐車場から徒歩1分です。

     

    あっ!!。発音はカフーじゃなくて、クヮフーね(笑)


    伊平屋渡立つ波押し添へて(2)島チャビ

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      大阪から那覇へ向かう機内から撮った写真です。手前に野甫島(伊平屋村)、その奥に具志川島(伊是名村)、右手に伊是名島。

       

       

      ここに橋を架ける構想があります。野甫大橋を渡る手前の伊平屋島の米崎(写真左端)から具志川島へ一本(750m)、そこから伊是名島へもう一本(1,450m)。長いほうが浜比嘉大橋とほぼ同じサイズになります。

       

      「離島と離島に橋を架けてどうするんだ」との意見も当然あるでしょうが、私は賛成。橋を架けないことには、何も始まりそうにありません。

       

       

      もちろん、伊平屋村や伊是名村が産業振興に成功して税収を増やし、独自に島の生活環境を改善できるなら、それに越したことはありません。しかし、財政健全化団体からようやく脱出したばかりの離島の自治体に、それを求めるのはコクではないかと。

       

      例えば、伊是名村ではエビの養殖場や黒毛和牛の牧場を誘致する計画がありましたが、いずれも環境破壊につながることから頓挫しています。

       

      つまり、両村に対する公共投資を効率良く行うことが必要ってこと。今はフェリー航路(港)も役場も診療所も、すべてが二重投資になってますからね。

       

      伊平屋村と伊是名村の人口は、各々1,500人ほど。二つの島に橋が架かって陸続きになれば、3,000人の島が誕生します。その人口に見合う公共投資が可能になり、二重投資も防げます。例えば、フェリー航路は一本で済み、役場は統合でき、診療所の規模を大きくできます。

       

       

      以前、伊平屋村と伊是名村が合併協議を始めたことがありましたが、伊是名村の住民投票で反対多数となり、話が進みませんでした。

       

      島が離れたまま合併しても効果が少ないんですよ。琉球王朝の時代から、二つの島は一つの行政区でした。それは昭和になるまで続き、村役場は伊是名島にありました。しかし、それでは行政効率が悪く、昭和14年に伊是名村が分離独立した経緯があります。

       

      まずは橋を架けて、次に村の合併。さらに、空港や高校(通信制含む)の開設など、島チャビ解消に向けた公共投資を進めるべきでしょう。

       

       

      伊是名島には小さな飛行場がありますが、空港の要件を満たさない場外飛行場。現状では定期便は就航できません。

       

      そこで、伊平屋、伊是名両村は、野甫島に空港を建設する計画を進めています。(写真は完成予想図)

       

       

      琉球エアコミューターの定期便が就航している多良間村の人口が1,200人、与那国町が1,700人、南北大東村が計1,800人。もちろん、それらの島とは離島の度合いは異なりますが、橋が架かれば、二つの島は観光客を共有できるので、空港の収支は改善するでしょう。

       

      現在のところ沖縄県は、架橋よりも空港を先行させるつもりのようです。橋を架けるには時間がかかるし、急患の搬送などでやはり空港は必要ですからね。しかし、両村で飛行場の機能がダブることにはなります。

       

       

      日本国民は、都会に住もうが離島に住もうが、健康で文化的な生活を営む権利を有します。島チャビは憲法に反するんですよ。沖縄県は都市部の開発はいい加減にしておいて、もっと離島に投資して下さい。

       

      「十五の春」で島を出る子供達を見れば「たいへんだろうけど頑張れよ」と思いますが、島で生まれたからと言って、我慢を強いられる理由はないんです。

       

      NTT の遠隔授業ソリューションはどうなっとるのかな。辺土名高校と島を結べないのかな。

       

      春にゴンドラ 

       

      映画「旅立ちの島唄〜十五の春〜」

       

      (終わり)


      伊平屋渡立つ波押し添へて(1)上り口説

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        伊是名島の投稿にへそまがりさんからコメントをいただき、教わった言葉が伊平屋渡(イヒャド)。

         

        沖縄本島と伊平屋・伊是名の間を流れる黒潮による荒れた海域を表すこの言葉が、私のツボにはまってます。

         

        本部から眺める伊平屋・伊是名。この微妙かつ絶妙な距離感が伊平屋渡。説明はできませんが、私としてはこれはもう伊平屋渡と呼ぶほかありません(笑)

         

         

        今日の投稿のタイトル「伊平屋渡立つ波押し添へて」は琉球古典「上り口説(ヌブイクドゥチ)」の一節。琉球王府の役人が薩摩へ上る行程を唄ったものです。

         

        伊平屋渡立つ波押し添へて

        道の島々見渡せば

        七島渡中も灘安く

         

        伊平屋渡の波に押されながら(奄美の)島々を見渡して行けば、(トカラの)航海は難しくない

         

        実際は厳しい航海だったはずですが、薩摩の在番奉行を歓待する唄(踊り)だから、楽しそうにしないとね(^^)。歌詞も琉歌ではなく、和風の七五調(「われは海の子」など)。当然に「下り口説(クダイクドゥチ)」もあります。

         

        「伊平屋渡立つ波押し添へて」は7番(2分35秒あたり)

         

         

         

        随分前に読んだ野元尚巳著「黒潮街道を行く」は、沖縄本島から鹿児島までのカヤック旅行記。

         

         

        島と島との間を黒潮が流れていると、当然、まっすぐには進めません。流される距離を想定して漕ぎ出す方向を計算しますが、潮の流れに負けてしまうと、次の島に到達できず漂流してしまいます。

         

        漕いでも漕いでもジリジリと遠ざかる島影。携帯の電波が届くうちに海上保安庁に救助を求めるのか、最後の力を振り絞って漕ぎ続けるのか。

         

        いやぁ、黒潮って怖いと思いました。

         

        野元さんが宜野湾を出発したのは6月梅雨開けの頃でした。この時期の沖縄は強い南風、夏至南風(カーチベー)が吹きます。

         

        野元さんはそれを知っていて、出発のタイミングを決めてます。当然、伊平屋渡の知識もあったはず。その様子が文中にあったかどうか。う〜ん、覚えてない(^^)

         

        (続く)


        伊是名島の風景(6) チジン山

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          二見ヶ浦海岸を見下ろす位置にあり、島全体を見渡せるチジン山。ピークが数ヶ所あり、散策路が繋いでいます。

           

          私は今、南端の岩山をロープを掴みながら登攀中。と言っても下の駐車場から5分で登れます。

           

           

          このような尖った岩山は、ピークに立った時の空中浮遊感がいいですね。

           

          眼下にシラサギ展望台。

           

           

          三角山。

           

           

          振り返ると二つ目のピークに東屋があり、右手に散策路が見えてます。

           

           

          その向こうに見える小さな山が島の北部のメンナー山で、その奥に伊平屋島。

           

           

          二つ目のピークにも登りました(^^)

           

          坂道を登り切って、東屋までの稜線を平坦な道が続いています。

           

           

          こちらは駐車場から約10分。東屋のすぐ下まで車道の工事が進んでましたから、脚力に自信の無い人でも、やがてこの景色を楽しむことができますね。

           

          眼下に伊是名集落。

           

           

          伊是名島の南に浮かぶ屋那覇島はディズニーランドと同じ面積だそうです。

           

           

          伊是名港から漁船で運んでもらって、キャンプができます。また、島の小中学生達の自然学習の場にもなっているようです。

           

           

          島での気付きを一つ。

           

          手付かずの自然が島の魅力とよく耳にします。ところが本当に手付かずだと、さっきまで「何も無いことが素晴らしい」と言ってた観光客が「何とかするべき」などと言い出すんですよ。自戒をこめまして、観光客は勝手ですから。

           

          例えば、展望台へはなるべく近くまで車で行きたいし、歩きやすい散策路が欲しい。急な斜面なら手摺りも欲しい。

           

          そのあたりを伊是名村は実によく考えてくれています。ちょっとしたことなんですが、観光客が必要とすることに、お金をかけずに、手間をかけています。だから、本当に気持ち良く島を歩けます。

           

           

          最後に、YouTubeで見つけた魅力的な映像を紹介します。私の投稿とかなり重複してるので、ここまで読んで下さった方は見覚えのある風景が続くはず。

           

          映像には場所の説明が無いので、簡単に補足しておきます。

           

          伊是名港→伊是名グスク→三角山→マッテラの浜→シラサギ展望台→ギタラ展望台→伊是名集落→銘苅家→伊是名ビーチ→風の岩→海ギタラ・陸ギタラ

           

          (終わり)


          伊是名島の風景(5) 伊是名集落

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            島の南側。伊是名集落に着きました。銘苅家裏手のスージです。

             

             

            イユくさくない軽貨物レンタカーは快調です(笑)

             

            Uターンが簡単だし、乗り降りが楽。そして「これはレンタカーなのだ」と意識することがありません。

             

            車を借りる時にレンタカー屋のネェちゃんが「傷の確認しましょうね」と言ったら笑うところでしたが、もちろん省略。返却の際も事務所の中からチラッと見ただけでした。

             

            集落の中を縦横無尽に走れるし、視界も広いし、良いことばかりです。

             

             

            伊是名島には5つの集落があることは既に紹介しました。伊是名港に近い諸見、仲田はそれなりに都会(?)で、島の北部の内花は最近できた集落です。

             

            だから、島の原風景を楽しむのなら、ここ伊是名と、島の西側の勢理客がお勧めです。

             

             

            そして、透明度抜群の伊是名ビーチ。

             

             

            ビーチには木立に囲まれたキャンプ場があります。

             

             

            海の景色も集落の景色も素晴らしいけれど、伊是名島で最も印象に残った景色は、夜に見上げた満天の星でした。スマホのカメラでは撮れないことが、実に惜しい。

             

            伊是名島で海を眺めれば「これこそが海」と思うし、夜空を見上げれば「これこそが夜空」と思います。

             

            立ったままで夜空を見上げるとフラフラするので、ビーチで大の字に寝転がるのが良いでしょう。満天の星と波の音。

             

            (続く)


            伊是名島の風景(4) 尚巴志と尚円

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              沖縄の歴史上の人物と言えば、まず、琉球王国第一王統の尚巴志(1372-1439)と第二王統の尚円(1415-1476)ではないでしょうか。


               

              尚巴志の家系をたどると、こんな並びになります。

               

              屋蔵大主→鮫川大主→尚思紹→尚巴志

               

              尚巴志の曾祖父(屋蔵大主)の出自は不明ながら、伊平屋と伊是名の領主であったことは確かなようです。

               

              伊平屋と伊是名は「伊平屋の七離れ」と呼ばれ、統治の対象としては一体でした。七離れは島の数で、主島は伊平屋島。

               

               

              こうして写真を見ると、沖縄本島を縮小したみたいですね。


               

              伊是名グスクの城主には、尚巴志の祖父(鮫川大主)が就きました。

               

              ところがある日、どういう訳か鮫川大主は島を出て佐敷に向かうんですよ。島添の大城按司の娘を妻とし、佐敷の按司となりました。そして尚思紹が生まれ、孫の尚巴志が琉球を統一したと(1429)。



              一方、尚円は伊是名島の農民の子。20歳の時に両親を亡くし、24歳で妻と5歳の弟(尚宣威)を連れて国頭に渡り、27歳で越来王子(尚泰久)の家臣となりました。

               

               

              尚泰久が即位した時、39歳の尚円は既に琉球王府の高官に就いており、尚泰久の死後に起こったクーデターにより、54歳の尚円は国王となりました。

               


              その後、伊是名玉陵が築かれ、尚円の両親が葬られたと。


               

              つまりですね。この三角山の中腹にあった伊是名グスクの城主は尚巴志の祖父で、その真下の伊是名玉陵には尚円の両親が葬られているんですよ。

               

              以上を、「琉球王朝の第一王統も第二王統も、始祖は伊是名島にゆかりの人物だ。やっぱり伊是名島は凄い。さすがは神々の島」とまとめてしまうと、話が落ち着きます。

               

               

              落ち着きますが、考えてみれば、グスクは島を抜けた人の抜け殻みたいなもので、陵墓に葬られているのは伊是名の農民です。何かがおかしい気がしてきます。


              ある時に伊是名島の農民がこんな話をしたんじゃないかと(^^)


              A「ま〜えに、グスクを出て本島に渡った人がいたさ」


              B「ああ、鮫川さんな」


              A「佐敷で暮らしてたそうだけど、あれの孫が琉球の王様になったってよ」


              B「えっ、マジか」


              A「そしてから。この前、島からいなくなった夫婦がいたさ」

               

              B「ああ、金丸な」

               

              A「あれは王府の役人になってから。鮫川の一族を追い出して、自分が王様になったってよ」

               

              B「はぁ?。金丸って島を出た時には女房もいただろ。それから王様になったのか?」

               

              A「それでよ、近々、王府が三角山に立派なお墓を作るって」

               

              B「えっ?、誰の」


              A「金丸のオトーとオカーさ」


              B「まっ、マジかっ!!。いったいどうなってるばぁ?」


              A「さぁ、わからんな」



              ヤンバルや本部から海を眺めると、水平線のあたりに、「伊平屋の七離れ」がボーっと浮かんでいます。その風景から私が受ける印象は「異境」。迂闊には近づけない雰囲気があるし、神々の島と呼ばれれば、確かそうかなと思えます。 

               

              この距離感に、様々な伝説を生む素養があるわけですよ。例えば「金丸が伊是名島で生まれたって本当か?」とかですね。

               

              第一尚氏と血の繋がりを持たない金丸が、即位し、尚円を名乗るには、その正当性を示すためにいくつかの伝説が必要だったと思います。そのために、沖縄本島と伊是名島との距離感を利用したと考えれば、そうかなとも思えます。

               

              適度な距離があって、こちらも向こうもお互いがよくわからない。この位置関係が伝説を生むと言うか、生まれやすいと言うか。

               

              ゴニョゴニョゴニョ(笑)

               

              (続く)


              伊是名島の風景(3) 伊是名玉陵

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                三角山の麓にある伊是名玉陵。

                 

                 

                尚円王の墓所は首里の玉陵ですので、ここに葬られているのは、尚円王の両親や親族です。

                 

                 

                伊是名村のホームページには1688年に尚真王が陵墓を築いたとありますが、勘違いをしてますね。

                 

                尚真王(1465-1527)は尚円王(1415-1476)の長男ですから1688年に生きてるはずがありません。正しくは、尚真王が陵墓を築き、1688年に琉球王府が現在の石造に改築したということ。

                 

                 

                伊是名島には5つの集落があり、その一つが伊是名集落。伊是名集落の銘苅家は尚円王の親戚筋にあたる旧家で、銘苅家住宅は国の重要文化財に指定されています。

                 

                 

                銘苅家が代々取り仕切ってきた行事が、伊是名玉陵で毎年行われる「公事清明祭(クージヌシーミー)」。銘苅家から伊是名玉陵まで通じている石畳の参道はサムレー道と呼ばれ、現存しています。

                 

                 

                昨年、首里の玉陵で40年ぶりに公事清明祭が行われました。 

                 

                その復活に貢献したのが「伊是名銘苅家文書」でした。それは琉球王府が銘苅家に渡した公事清明祭の実施マニュアル。銘苅家はその文書を代々引き継ぎ、毎年欠かさず公事清明祭を続けてきました。(→公事清明祭) 

                 

                首里で一度は途絶えた行事が伊是名島で続いていて、その要領を首里に教えたなんて、いい話です。素晴らしい。

                 

                (続く)


                伊是名島の風景(2) 二見ヶ浦海岸

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                  伊是名島の海を眺めるスポットは、島の南東部にある二見ヶ浦海岸(「日本の渚百選」)がお勧めです。海岸道路沿いに展望台やビーチがあり、それぞれに駐車場があります。

                   

                   

                  ギタラ展望台から眺める海ギタラ。その向こうに見える平坦な屋那覇島は無人島です。

                   

                   

                  ギタラは「切り立つ岩」の意味だそうで、本島では聞かない言葉です。近くのビーチに下りてみれば、海ギタラのでかいこと。

                   

                   

                   

                  マッテラの浜。島のビーチはすべてイチャンダです。

                   

                   

                  沖縄に住みながら、美しい海につい声が出ます。

                   

                   

                   

                  マッテラの浜から見た陸(アギ)ギタラ。

                   

                   

                  先ほどのギタラ展望台はこの岩の真下にありました。海ギタラと陸ギタラ。

                   

                   

                  シラサギ展望台から眺める三角山は見事な円錐形。標高100mほどの山で登山道があります。

                   

                   

                  かつてこの山には伊是名グスクがありました。この急斜面にどんなグスクを築いたんでしょう。

                   

                  実は、三角山は完全な円錐形ではなく、大小二つの山に分かれています。二つの山が重なる角度からは円錐形に見え、別な角度からは二つの山に見えます。

                   

                  手前の高い山と、向こうの低い山。

                   

                   

                  伊是名グスクは二つの山を繋ぐ稜線にあったのかもしれません。

                   

                  (続く)


                  伊是名島の風景(1) 運天港〜伊是名港

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                    伊是名島諸見集落の高台で「あっちへ渡るぞ」と沖縄本島を指差す若き日の尚円王。

                     

                     

                    この像は伊是名島出身の版画家名嘉睦稔さんの作品。睦稔さんの気迫が伝わって来るようです。

                     

                     

                    伊是名島へは運天港からフェリーで渡ります。1日2便の運行で所要時間は約1時間。

                     

                     

                    「フェリーいぜな尚円」は2015年に就航したばかりの新造船。揺れが少ないので、船酔いする人でも大丈夫。エンジンは静かだし、フェリー特有の油の匂いがありません。

                     

                    古宇利大橋や古宇利島を右手に眺めながら、フェリーは濃紺の海を進みます。

                     

                     

                    伊是名島で最初に見えてくるのが三角山。

                     

                     

                    伊是名島は映画「さんかく山のマジルー」のロケ地で、三角山は島で最後のキジムン(木の精)になってしまったマジルー(蔵下穂波)が、島を離れたゆり子を何年も待ち続けた場所です。

                     

                     

                     

                    さて、島に到着したら最初に為すべきはレンタカーを借りること。

                     

                     

                    車種は衝撃の軽貨物一種類(^^)。イユくさい車とイユくさくない車から選べます(笑)。屋根はあるし、エアコンは効くし、何も問題はありません。

                     

                    (続く)


                    西表島の仙人は自由だったのか?

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                      砂守勝巳さんの写真集「漂う島とまる水」に載ってるオジぃは砂川恵勇さん。

                       

                       

                       

                      もう亡くなったと聞いてますが、西表島の船浮集落から西に向かって船で30分ほどの網取湾ウダラ浜で、自給自足の生活をしていた人です。

                       

                      廃材で建てた小屋に住み、小屋の側には湧き水がありました。食料は猪、大ウナギ、自家菜園の野菜、自生のパパイア、魚や貝など。猪や大ウナギを売ったお金で、調味料、酒、タバコなどを揃えていたとのこと。

                       

                      那覇市ほどの広さの無人地帯があって、その真ん中に一人で暮らしている感覚。不便さの代償に得られたものは「自由」。

                       

                      でも、「本当に自由だったのか?」とは思います。

                       

                       

                      恵勇オジぃのような人は、西表島に常に2、3人はいるようです。外離島のフリチンオジぃはテレビで紹介されたことで人気者になり、島に観光客が押し寄せたため、島の地主に追い出されてしまいました。今はどうか知りませんが、崎山集落跡にもオジぃが一人で住んでました。全員がオジぃ(笑)

                       

                      船浮集落の池田米蔵さんは、島の動物の生態に気をつけていて、イリオモテヤマネコがエサ場にしていた浜で、その姿が見えなくなると「あら、どうしたかな?」と思う人。だから同じように(笑)オジぃ達のことも気になって、定期的に船で巡回し、様子を見ていたそうです。頼まれた訳ではないのに。

                       

                      恵勇オジぃにとって、米蔵さんは一回り年下の「友達」。恵勇オジぃが獲った大ウナギは米蔵さんが買い取っていました。

                       

                      子供の背丈ほどもある大ウナギは、本物(?)のウナギに比べるとかなり味が落ちると聞いています。それを買い取って米蔵さんはどうしていたのか。米蔵さんに会う機会があれば聞いてみたいと思いますが、私の予想では、恵勇オジぃに現金を渡すための口実だったのではないかと。

                       

                      米蔵さんは、船浮の自宅に恵勇オジぃを招くこともあったそうです。それを恵勇オジぃに言わせれば「友達だから」。米蔵さんも恵勇オジぃを友達と思っていたでしょうが、それよりは、たまには腹一杯食べさせて、布団に寝かせてやろうという気持ちだったのだと思います。

                       

                       

                      恵勇さんの話が続きます。恵勇さんが住んだ浜から、山を越えて西表島の南岸に出たところが鹿川浜。道路終点の南風見田の浜から海岸を歩いて来れるので、大学の探検部みたいな人達がキャンプをします。長距離の海岸線を歩くのは大変と思いますが、ハブのいるジャングルを歩くよりは安全だし、道に迷うことがありません。そして、恵勇さんは探検部の人達と話をしたいがために、鹿川浜に向かうのでした。

                       

                      うまく探検部と会えたら、酔っ払った恵勇オジぃは家に帰れません。また、浜に誰もいなかったら翌日まで待とうとします。そんな事情で、恵勇オジぃは鹿川浜に別宅(?)を建てました。そして、探検部に相手にしてもらえず「シッシッ」とされた時は、そこに引きこもりました(笑)

                       

                       

                      恵勇オジぃは仙人とかターザンとか呼ばれていたそうですが、多分、そんな人ではなく、そこら辺の普通のオジぃなんですよ。

                       

                      米蔵さんの好意を受け入れたり、人恋しくなって山を越えたりする人が「俺は自由だ」と言うのは、少し違う気がします。「自由でいいですね」と言われるから、「そうだ」と返しただけのことかもしれません。

                       

                       

                      私が、西表島西部の崎山、網取、鹿川の集落跡に興味を持つきっかけになったのは、パーシャクラブのデビューアルバムに収録された崎山節でした。

                       

                      三つの兄弟集落は、琉球王府が波照間島の住民の一部を強制移住させたもの。

                       

                      「せめて島を見たいと思い山に登ると、そこに懐かしい生まれ故郷が見える。同時に、自分と島を隔てる海によって、決して島には戻れないのだということを気づかされてしまう。悲しくて、涙がどんどん流れて止まらず、せっかく山に登ってきたのに、涙で島が見えなくなってしまう」

                       

                      この悲しい唄に、新良幸人の声と三線がピタッと合うんです。そして、つらい境遇にありながらも、生まれてきた名曲達。

                       

                      崎山節・崎山ゆんた・ミナトーマ 

                       

                      そこに立つことが私の長年の夢で、言わば憧憬の地。まあ、そんなことがあり、この地域の情報は気をつけて集めてる訳です。それで、昨日、今日とまるで見てきたかのような話を投稿しています(^-^)/


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                      念願の沖縄生活を始めて9年になりました。
                      沖縄の生活、文化、風土、音楽、政治などの話題を投稿しています。 (y_mizoguchi@i.softbank.jp)
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