空気をかきまぜるからカチャーシーなのか?

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    ナイチでも広く知られている沖縄のカチャーシー。「ああ、三線に合わせた賑やかな踊りね」と反応が返ってくるはず。



    そこで、

    男「カチャーシーはカチャースン。ウチナーグチでかきまぜるって意味でね。ほら、手の動きが空気をかきまぜてるみたいでしょ」

    女「はぁ、なるほどぉ。よく知ってるわねぇ」

    男「喜びも悲しみもかきまぜて受け入れるのね」

    女「ウフ。ス・テ・キ」

    とか、なりますよね(ならんか)。


    これ、本当か?。と言いたい。

    本来は、早弾き唄三線をカチャーシー、手踊りをアッチャメー(小)と呼んでいたと聞いてます。いつしか唄三線と手踊りの両者を合わせてカチャーシーと呼ぶようになり、今は手踊りをカチャーシーと呼んでいます。

    「ナマヌッチョー アッチャメーンカイ カチャーシーンディ ユシガ クトゥバン ミダリティヤ(今の人はアッチャメーをカチャーシーと言うが、言葉が乱れてるな)」と、オジぃが嘆いています。


    つまり、「ほら、手の動きが空気をかきまぜてるでしょ」という説明は、手踊りをカチャーシーと呼ぶようになった後のもの。

    これは後付けの説明ですよねぇ。

    カチャースンは強いて言えば早弾き三線奏者の手の動き。あるいは、三線奏者や踊り手の心の中で、喜びや悲しみがカチャースンされていると考えるのが自然な気がします。


    ところで、うるま市が作成したプロモーションビデオが秀逸です。



    うるま市各地のエイサーを順に紹介する内容で、これがなんとも、ナイチャーの私でさえ心の中をかき混ぜられました。今日の投稿はこのビデオのイントロみたいなモンです。(→こちらから)


    首里城祭「伝統芸能の宴」(1)琉球舞踊

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      この週末は首里城祭。首里城の下之御庭(シチャヌウナー)で開催中の「伝統芸能の宴」に出かけました。



      演目は琉球舞踊と地域芸能で、時間はそれぞれ30分程です。

      実は、同じ時間に国際通りで「琉球王朝絵巻行列」を開催中。国王、王妃をはじめとする総勢700人の大パレードですから、「そっちだろ」って気もします。ところが、国際通りのパレードは、眺めるだけでも結構疲れるのよね。そこで、空いてるほうの首里城を選んだのでした。


      さて、下之御庭に着きました。ステージ前のテントには200席ほどの椅子が用意されていて、どういう訳か最前列の真ん中だけが開いてました。そこに速攻で座るあたりが還暦を迎えた私と言えましょう(笑)



      琉球舞踊は「四つ竹」、「前の浜」、「加那ヨー天川」の3本で、女踊り、二才踊り、雑踊りを並べてみましたというプログラム。出演は首里伝統芸能文化協会のみなさんです。

      「四つ竹」が始まりました。



      打ち鳴らし鳴らし 四ツ竹は鳴らち
      今日や御座出じて 遊ぶ嬉しや


      舞台に立つことを許された若い踊り手の、緊張と喜びを表現します。

      女踊りは琉球舞踊の華です。華なんだけど、若い踊り手を演じるにはちょっと初々しさに欠けるような、欠けないような。う〜む。


      続いて「前の浜」。



      前の浜に 前の浜にちり飛びゅる浜千鳥 
      友を呼ぶ声はチリチリやチリチリや

      渡地の渡し船漕ぐともの櫓の音か
      からりくるり漕げば行きゃい着ちゃい


      沖縄の各地で集落の浜をメーヌハマと呼びますね。例えば、谷茶前の浜。「前の浜」の歌詞に渡地の渡し船が出てきますから、踊りの舞台は那覇。浜千鳥が鳴く浜が、現在の那覇港にあったのですねぇ。


      最後は「加那ヨー天川」



      雑踊りは明治以降に振り付けされた創作舞踊です。水辺でイチャつく、若い男女。

      それにしても、さすがはS席です。踊り手の表情から細かな動作まで、実に良く見えました。だから、大ホールで観る時は、無理してでも良い席を取るべきなんだよなぁ。

      (続く)


      沖縄タイムス伝統芸能選考会でグランプリ

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        C「もしも〜し」

        母「あっ、Cさん。久しぶりねぇ」

        C「おめでとう」

        母「えっ、何ね?」

        C「何ねっ!!。ヒロチカや、ヒロチカ。グランプリ」

        母「アハハ、新聞見てくれた?」

        C「前回は琉舞の最高賞で、今回は太鼓のグランプリか。よくやったなぁ」

        母「ウフフ。ヒロチカに言っとく」



        C「母ちゃんは酔っ払ってる場合とちゃうで」

        母「なっ、なんね」

        C「グランプリの母としての自覚と言うか、タタズマイがなぁ」

        母「何言ってる。ウチだってちゃんとできるさっ」

        C「息子が冷蔵庫に入れたビールを目立たん所へ移して、忘れさせて飲んだり」

        母「ギャハハ!!」

        C「5、6本ある時は後ろから抜いたり」

        母「良く知ってるさ」

        C「二つ目は適当に言うたけど、やっとんかいっ!!」

        母「まあ、たまにね」

        C「太鼓のグランプリは5年くらい前に与那覇徹が受賞しとるな」

        母「えっ、誰ね」

        C「だからそこらがなぁ。与那覇徹ってバリバリの民謡歌手で、プロの中でも演奏が上手いスーパーテクニシャンや」

        母「へ〜」



        C「ヒロチカにな。たまには農連市場に来て、良和君に会いに行けって言うてくれ」

        母「良和さんって、佐辺良和さんね?」

        C「そうやで」

        母「何言ってる。あんな雲の上の人にウチの子が何て言うのよ」

        C「『おいっ、調子はどうか?』とかよ」

        母「ばっ、馬鹿じゃないの?。佐辺さんに比べたら、ウチの子なんかチョーンよ」

        C「大丈夫。佐辺のお母さんには報告済みや」

        母「あっそうそう。三越無くなって、ウチはパレットで働いてる」

        C「ああ、そうなんや。相変わらず古波蔵から徒歩通勤か?」

        母「もちろん!!」

        C「あんな頑張る子をよく育てたな。ヒロチカは一生母ちゃんに頭が上がらんで」

        母「ウフフ、そこはね。ありがとう」

        C「じゃあ、またな」

        母「あっ、たまにはエールに顔出しなさいよ」

        C「わかった」


        オジぃやオバぁはもうええわ

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          昨夜は浦添市のてだこホールで、沖縄宮古民謡協会の芸能祭が行われました。

          てだこは太陽の子ですから、舞台の緞帳には太陽が。これは名嘉睦稔さんの作品でしょう。




          沖縄には無数の民謡研究所(つまり教室)がありますが、昨夜のてだこホールには沖縄宮古民謡協会に所属する研究所が集まりました。

          研究所の規模は大小さまざまですが、各研究所の頂点には大先生(つまり経営者)がいて、その下に師範や教師の免許取得者がいます。そしてお弟子さんは、民謡コンクールの受賞内容(新人賞、優秀賞、最高賞)によって格付けされています。研究所の中の序列と言うか、ピラミッドが見えてきますね。


          芸能祭の幕開けは全研究所の大先生、師範、教師らが勢ぞろいしました。演目は「とうがにあやぐ」と「大世栄(うぷゆーぱい)」。



          圧巻の舞台で、これは良かった。


          ところがですね。その後は各研究所が単独で、あるいは複数の研究所が合同で、延々と演目が続くのです。そして舞台のセンターには当然、その研究所の大先生が立ちます。

          もちろんいずれも立派な大先生なのですが、同時に立派なオジぃやオバぁです。中には「もう無理ちゃうの?」みたいな方がいらっしゃる、と言うかそのほうが多い。

          例えば柔道の世界で、オリンピックに出る選手は5段や6段です。いくら8段、9段の先生でもオリンピックには出れないのですよ。

          ある演目では4研究所の大先生4人が揃って、舞踊が始まりました。いずれも宮古民謡(舞踊)の世界では名の通った方なのでしょうが、それを知らない私にとっては4人のオバぁ。足元はフラつき、手にした扇が小刻みに震えます。

          「貴方達は客席に座って、舞台には各研究所のエースを立たせてはいかがですか」

          と言いたくなります。

          「ばーか。研究所の顔が出なくてどーするばぁよ」

          いや、分かりますよ。年に一度のお披露目ですからね。でも観てて疲れるんですよ。


          こちらの舞台は18番目の演目で、今年の民謡コンクールで最高賞を受賞した皆さんです。おめでとうございます。



          まさに伸び盛り。声には張りがあり、動きにはしなやかさがあります。空気の淀んだ部屋の中にず〜っと居た後で、部屋を出て外の空気を吸い込んだ時のような気持ちです。


          プログラムは29番まで続きますが、私はこの18番で終わりにして、那覇に帰りました。




          いや、なんかすみません。

          このオヤジ(私)はタダ券をもらって来ておきながら、まさに言いたい放題。その上、途中で帰るし。

          ほんとすみません。

          テレビで総合格闘技が始まっていて、そろそろいいところなんです。山本美憂さんが格闘技デビューだし。

          だから帰りましょ〜ね。


          沖縄民謡「かいされー」(2) 島添大里城址

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            今夜は島添大里城址(南城市大里)に来ています。



            一昨日が十五夜でしたが、満月になるのは二日遅れの今夜。ここで南城市の「かいされー大会」が開催されています。

            とばらーま大会やデンサー節大会と同様に出演者全員がかいされーを唄い、歌詞は公募で選ばれた8つの流歌から4つを選びます。いずれも南城市ゆかりの琉歌です。



            唄三線の技量だけではなく、聴き手に故郷の風景を想わせる唄が評価されるとのこと。


            今夜は14人が出演しましたが、6番目に唄った宮里彩香さんが素晴らしい出来でした。那覇市国場から来られたそうで、私のご近所さんです。



            張りのある声としっかりとした音程。それまでの出演者とはレベルが違いました。

            私の評価では最優秀賞に間違い無いと思われ、

            「後の皆さんは唄わなくてもいいんちゃう?」

            とさえ思えました(笑)。


            ところが彼女は優秀賞。最優秀賞は14番目の男性が獲得しました。

            「おいおい、ちょっと待て」

            と思いましたが、表彰式の後で再度、その男性の唄を聴くと確かに良く、審査員は冷静なのでした。



            こじんまりとした大会で、出演者の数がちょうどいい感じ。満月の下で聴く島唄は、やはり良かった。



            「月ぬ美しゃ〜」


            沖縄民謡「かいされー」(1) 毛遊び

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              かつて、沖縄の各地で行われていた「毛遊び(モーアシビ)」。若い男女が野原や海岸に集まって飲食し、唄三線で「うた(唄)たいもー(舞)たい」しました。

              意中の異性をモノにするために、唄三線を練習し、毛遊びの場でその成果を披瀝します。もちろん、唄三線の技術は大切ですが、更に大切なのは歌詞。意中の異性がグッとくるような歌詞を、あるいはアドリブの歌詞を曲に乗せます。

              沖縄民謡の多くは毛遊びから生まれたと言われています。「上手くいった」歌詞と曲は後の世代に引き継がれました。

              昨夜は十五夜。毛遊びには絶好の夜だったことでしょう。




              ところが、毛遊びは日本政府の風俗改良運動(つまり沖縄同化政策)の標的となり、徐々に廃れてしまいます。そして沖縄戦の後はほぼ行われなくなったようです。

              終戦時、1920年生まれの嘉手苅林昌さんは25歳。1932年生まれの登川誠仁さんは13歳でした。林昌さんは最後の毛遊び世代と言え、誠仁さんは陰に隠れて覗き見していた世代と言えます。そして、「遊び庭」で人気者になった前川守賢さんは1960年生まれ。毛遊びの経験は無いのでは?と思います。


              毛遊びから生まれた沖縄民謡の代表曲の一つが「かいされー」。嘉手苅林昌さんの必殺技です。

              花やてぃん里前 枝数ね咲かんで
              情ある枝に 頼てぃ咲ちゅさ


              全ての枝に花が咲くわけではありません
              情の深い枝にこそ頼って花は咲くのです

              もちろん花が女性で、情けの深い枝が林昌さんなのであります。


              琉球古典「こはでさ節」

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                一つ前の投稿で紹介した、中城村泊集落の大クワディーサーと、



                その夏バージョン。




                琉球古典にもその名前がありました。

                「こはでさ節」

                こはでさの御月 間ど間どど照ゆる
                よそ目間ど計て 忍でいもれ


                クワディーサーの(上の)月は
                葉と葉の隙間しか照らさない
                人の目の隙間を見計って
                忍んでいらしてください


                琉球古典の歌詞、つまり琉歌には女性の恋心を歌ったものが本当に多い。

                昨夜はNHK沖縄で歌劇「泊阿嘉(とぅまいあーかー)」を放送してました。

                奥山に咲きゆる 伊集の花心

                その悲しいストーリーで、琉球版ロミオとジュリエットと呼ばれています。


                次は、琉球古典舞踊「四つ竹」に使われているこの曲。

                「踊(うどぅい)くはでさ節」

                打ち鳴らし 鳴らし
                四ツ竹(ゆちだき)は鳴らち
                今日(きゅう)や御座(うざ)出じて
                遊(あし)ぶ嬉(うり)しや


                鳴り物を鳴らし、四ツ竹を鳴らして
                今日は御座敷に出て、遊んで嬉しいことよ



                「遊んで嬉しいことよ」の部分は、舞台に立つことを許された若い踊り手の、緊張と喜びを表しています。

                そこで触れておきたいのが、2000年に開催された沖縄サミット。開催期間中のある日、首里城で各国首脳夫妻を招いた晩餐会がありました。

                その時、正殿の御庭(うなー)で披露されたのが「四つ竹」でした。そのメンバーに二十歳前の佐辺良和さんがいました。彼はクリントンやプーチンに琉球舞踊を披露したんですねぇ。まさに「踊くはでさ節」の歌詞そのもの。


                「踊くはでさ節」の歌詞にクワディーサーが出てきませんが、その原曲(本歌)が冒頭の「こはでさ節」なので、この題名になりました。

                大きな花笠をかぶり、両手に四つ竹を持った踊り手が「打ち鳴らし、鳴らし」と登場したら、クワディーサーの緑葉や首里城の御庭を思い浮かべてみて下さい。


                花ぬ伊舎堂

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                  中城村伊舎堂の国道329号線北行き右手に歌碑があります。



                  思(うむ)ゆらば里前(さとぅめ)
                  島とぅめて いもり
                  島や中城(なかぐしく)
                  花ぬ伊舎堂(いしゃどう)


                  私のことを想うのなら、シマを探していらっしゃい
                  私は中城、花の伊舎堂にいます




                  中城村伊舎堂はかつての綿花の産地。花の伊舎堂とは綿花と働き手の女性の両方を表します。




                  伊舎堂集落の三本榕は若い男女が集る毛遊びの場所でした。榕樹(ようじゅ)はガジュマルの漢名です。



                  中城村営の護佐丸バスが停まります。




                  冒頭の琉歌は女性自身より伊舎堂集落を誇っているようにも読めます。









                  花ぬ伊舎堂はこじんまりとした上品な集落でした。


                  沖縄民謡「谷茶前節」

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                    谷茶前は恩納村谷茶集落の前ヌ浜。美しい自然のビーチが続きます。



                    最近の谷茶はOISTが開校したり、バイパスが開通したりで、開発の足音が聞こえてきますが、ここを人工ビーチにするのはやめていただきたい。


                    「谷茶前節」は琉球国王がこの地を訪ねた際に、谷茶の人達が唄い演じた曲と伝えられています。労働歌であり、生活賛歌。



                    「谷茶前(たんちゃめ)節」(→YouTube)

                    谷茶前ぬ浜に
                    スルル小が寄(ゆ)てぃてぃんど ヘイ
                    ナンチャマシマシ ディアン小ソイソイ

                    スルル小やあらん
                    大和ミズンどぅ やんてぃんど ヘイ

                    うり取ぅゆる島や
                    座名とぅ内泊 ヘイ

                    兄達(あっふぃーたー)や うり取ぅいが
                    姉達小(あんぐわー)や かみてぃうり売いが ヘイ

                    うり売てぃ戻いぬ
                    姉小(あんぐわ)たー 匂い(にうい)ぬ香(しゅら)さ ヘイ

                    谷茶の前浜に きびなごが集まっているぞ
                    きびなごではない ヤマトミズンだ
                    それを取る(買う)村は 座名と内泊
                    兄さん達がそれを獲り 姉さん達は頭に乗せて売る
                    それを売って戻った姉さんの 匂いが良いこと



                    軽快なリズムと沖縄音階で、沢山の人達に愛されている曲です。

                    新良幸人が「アイランドイリュージョン」ってCDを出してまして、全曲が三線と囃子だけで唄は無し。それが、一日聞いても飽きることがなく、ドライブにも最適です。なかでも谷茶前節が良かった。


                    踊りの小道具は、サバニを漕ぐためにニィニィが持つ櫂と、魚を売るためにネェネェが持つバーキ。海からの恵みを受けて暮らす男女の様子が演じられます。

                    この曲を聴くと、改めて、ウチナーンチュは海洋民族だなぁと思います。

                    豊穣の海。


                    民謡の舞台が谷茶であることは間違いありませんが、座名と内泊はどこなんでしょう。いかにも沖縄な地名ですが、それがどこだか思い付きません。

                    谷茶前節は、明治時代になって今の歌詞に落ち着いたと聞いています。オリジナルの歌詞が不明なため、歌詞の自由度が高いようです。

                    そのため、魚を売る地名は、謝名と宇地泊になったり読谷山になったり、演じられる場所によって変わっています。


                    先ほどのYouTubeの映像は本土で開催された民謡大会のようですから、林賢さんか知子さんが「無難なところで、座名と内泊にしておきなさい」と言ったのかもしれません。

                    「えっ?、林賢さんって、え?」

                    と思った人。ちゃんとYouTubeを開きなさいよ(笑)


                    唄い終わってお辞儀をする背後で、本土の三味線の先生みたいな方が、嬉しそうに頷いてます。

                    唄う人、踊る人、演奏する人、聴く人。誰もが楽しくなる曲です。


                    ティンクティンクの解散から、はや5年かぁ。


                    沖縄民謡「アッチャメー小」

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                      映画「ナビィの恋」のエンディングは福之助と菜々子の結婚披露宴でした。



                      恵達(登川誠仁)が唄う「アッチャメー小」と、カチャーシーを踊る招待客達。

                      長年連れ添ったナビィに駆け落ちされた恵達が、何事も無かったかのように演奏する三線に、私は涙したものでした。


                      さて、カチャーシーの代表曲として知られる「アッチャメー小」。

                      カチャースンはかき混ぜるの意味で、確かにカチャーシーの手踊りは、何かをかき混ぜているように見えます。

                      私のようなカチャーシー初心者は、まず最初に「はい、引き戸を開ける、閉める。また、開ける、閉める」と教えられ、意識が手にばかりいってます。そんなカチャーシーのブサイクなこと。

                      カチャーシーの上手な人は、腰や脚の動きだけで充分なカチャーシーになっていて、手を腰にあてていたとしても、その踊りはどう見てもカチャーシー。あまり手を動かさないほうが、むしろ上等にさえ見えます。


                      即興的な踊りをウチナーグチでアッチャメー(小)と呼びます。歩き舞。早弾きの三線に合わせた踊りはカチャーシーではなく、アッチャメー(小)と呼んで正解です。だって、必ずしもかき混ぜてませんから。

                      かき混ぜているのは三線奏者の右手なんですね。つまり、カチャーシーの演奏に合わせてアッチャメー(小)を踊るということ。


                      「アッチャメー小」

                      (サー)アッチャメー小、此処や酒肴まんでぃ
                      (ヒャー)我んね此処居とてぃ、遊びぶさぬ

                      アッチャメー小
                      ここは酒や肴がたくさんだ
                      私はここにいて遊んでいくよ



                      ナビィの恋から17年。誠仁さんが亡くなって3年。

                      時間が経つのは早いなぁ。


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                      念願の沖縄生活を始めて8年になりました。
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