フィンガーペインター西村由郁子さん

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    県立美術館の県民ギャラリーで開催中の西村由郁子さんの個展に出かけました。

     

     

    この大きなガジュマルは、昨日、ここで完成した作品。彼女のfacebookに制作中の動画が載っていました。

     

    https://www.facebook.com/100007082524013/posts/2195084987404231/ 

     

     

    フィンガーペインティングは、文字通り、指で絵を描きます。彼女が使っているのはアクリル塗料だそうで、見た目は厚塗りされた油絵のようです。

     

    「何を書くかと大体の構図は頭にありますけど、絵を描き始めたら無心になっています。だから、どんな作品になるのか、描いてみないと分かりません」

     

    とのこと。そして、筆を使うより手(指)のほうが、それが直接的にキャンパスに伝わると。

     

     

    こちらは大作の「鯨の親子」。手前の椅子に腰掛けて眺めると、たいへんいい気持ちになります。

     

     

    力強いタッチで、ガジュマルやクジラの生命力が表現されてます。西村さんはナイチで老人介護の仕事をしながら、画家を目指していたそうです。そして旅行で訪れた沖縄に惹かれ、数年前、沖縄に活動拠点を移したとのこと。

     

    沖縄には彼女の作風に合いそうな題材が沢山ありますから、沖縄で彼女の才能が更に開花するようならいいですね。

     

    「あっ、私も見たいっ!!」と思われた方には申し訳ありませんが、個展は今日が最終日。「もっと早く言ってよっ!!」と言われましても、今日来たのに(笑)

     

     

    県立美術館の県民ギャラリーは3区画ありまして、残りの2区画は次の企画を開催中。

     

    「石引まさのり写真展」

     

     

    南北大東島の写真展です。


    この写真は北大東島の南端。4キロ先に見える南大東島と、手前にトロッコの線路跡。


     

     

    「沖縄のマジムンと怪異展」



    特殊メイクや特殊造形を専門とする会社の企画展です。


    この絵は、シチと呼ばれるマジムンの想像図。名前がシチだけに、「ハチ!!」と叫べば退散するらしいです。そんなアホな(笑)

     

     

    三者それぞれに楽しく見れて、いずれも無料。おもろまちまで足を運ぶ価値は大いにありました。

     

     

    大東島の写真展では、作者の石引まさのりさんから色々な話を聞けて良かったんですが、あの人が本当に石引さんだったのか、確かめてないのよね(笑)。大東島から来たただのオジさんだったら笑うなぁと思いながら、今、投稿しています(^○^)


    首里山川町「さくの川」(4) 芭蕉紙の復興

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      さて、人間国宝の故 安部榮四郎さんは弟子を持たないことで有名だったそうですが、あまりの熱意に折れ、生涯、たった一人だけ、弟子入りを許した人がいました。

      その方が、(2)で紹介した、神奈川県生まれの故 勝公彦さんだったのです。


      正倉院で発見された芭蕉紙の製法を探るべく、勝さんは沖縄へやってきました。ところが、芭蕉の紙漉き技術を有する人物はもちろん、それを記した文献も無く、当時二十代の勝さんは、自ら芭蕉紙を復興することを決意したんですね。


      沖縄に移り住んだ勝さんは、さくの川下流の、つまり、琉球王府の芭蕉園があった土地に居(て言うか小屋)を構え、芭蕉紙の復興に没頭しました。

      ところが、草から紙を漉くことは予想以上に難しく、芭蕉はさっぱり紙になりません。

      ある日、勝さんは、大宜味村喜如嘉(きじょか)に、重要無形文化財「芭蕉布」の保持者、平良敏子(1921-)さんを訪ねました。



      勝さんとの議論の中で、平良さんが「ひょっとしたら、これじゃないの?」と手にしたのは、芭蕉布の製造過程で生じる繊維屑でした。

      これが、正解だったんですね。


      ヤマトと沖縄、二人の人間国宝から助言を得て、勝さんの熱意は実を結びました。40歳の若さで他界した勝さんは、生涯をかけて、芭蕉紙の復興を果たしたと言えます。


      さくの川を訪ねる機会があれば、その下流の谷を、是非、眺めてみて下さい。そこは既に住宅地になっていますが、わずかに残された緑地に、風になびく芭蕉が見えますよ。


      首里山川町「さくの川」(3) 芭蕉紙の発見

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        紙漉き職人で人間国宝の故 安部榮四郎さん(1902-1984)は、正倉院で行われた和紙の調査に参加しました。

        ご存知と思いますが、正倉院は奈良東大寺の敷地内にあり、築1300年、校倉造の倉庫です。明治以降、多数の美術工芸品を収蔵する施設となりました。

        安部さんは、そこで見慣れない和紙と出会います。



        他の和紙にとは明らかに違う手触り。当初は、原料が何かさえもわかりませんでした。

        それが、琉球芭蕉紙だったんですね。


        フォッ、フォッ、フォ(相棒のAみたい)。

        「洋紙百年、和紙千年」

        (再び)勝ち誇りますねぇ。

        琉球王府に命じられ、王府の下級士族らが、初めて芭蕉から紙を漉いたのが1718年。

        仮にその最初の一枚が正倉院にあったとしても、それからわずか300年。この先700年は大丈夫です。

        これが貴方、洋紙だったらどうします?。そこにあるのは、もはやただのホコリ。もう、何が何やら(笑)。


        話が脱線したついでに、芭蕉紙が開発された経緯を調べてみましょう。

        同じ琉球紙であっても、百田紙や杉原紙の原料はコウゾ。言うまでも無くコウゾは木材です。

        琉球王府が使用する一切の書類、士族が作成を義務付けられた家系図など、旺盛な紙の消費に、コウゾの生産が追いつかなかったのですね。

        そこで、琉球王府は下級士族に芭蕉から紙を漉くように命じたのですね。芭蕉は草ですから、それから紙が漉ければ、原料の心配が無くなりますね。

        だけど、命じられた方は大変だったと思いますよ。草から紙ですからね。


        突然ですが、農連市場近くにある街路樹を紹介します。



        街路樹が芭蕉って(笑)。だから、これは草だって言ってるのに。

        もう、何が何やら(笑)。

        (続く)


        首里山川町「さくの川」(2) 琉球紙

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          首里山川町の「さくの川」下流にあった芭蕉園。そこで収穫した芭蕉は、何に使われていたのか。

          答えは和紙です。



          アルカリ性で不純物の少ない湧き水が、紙を漉くのに最適だったのですね。

          琉球紙には薩摩から伝わった百田紙と杉原紙(いずれも原料はコウゾ)、琉球独特の芭蕉紙、以上三種類がありました。金城村で百田紙と杉原紙、儀保村宝口で百田紙、山川村で芭蕉紙が、それぞれ漉かれていて、その水源が金城大樋川、宝口樋川、さくの川だったのです。


          「洋紙百年、和紙千年」って言葉があります。それは、紙の寿命です。

          ヘッ!!、たったの百年で朽ちるやなんて貴方、そんなもんにはオチオチ字も書けまへんな。それが和紙なら千年。どんな大事なことでも、安心して書いておくれやす。ってなもんです。

          いやぁ、勝ち誇りますねぇ。


          時代の流れとともに、明治時代に芭蕉紙は途絶えてしまいましたが、ナイチから来た故 勝公彦さん(1947-1987)の手により、1978年、芭蕉紙は奇跡の復活を遂げたのです。

          (続く)


          琉球漆器

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            開南本通り(通称、仏壇通り)にあるこの漆器店。



            いつも気になって、チラチラ見てしまうのが、この看板です。

            「琉球最古の老舗」



            これじゃあ、「沖縄最高齢のオジィ」と言ってるようなもの。最高齢ならオジィに決まってるやん、と思うのです(思わんか)。

            ここはやはり、「沖縄最高齢の男性」と言っていただきたい。


            ところで、この漆器店。琉球最古の老舗を名乗るだけあって、なかなかの実力のようです。

            こちらが、伊勢神宮に奉献された作品で「皇之梅黒漆堆錦総張東道盆(すめらぎのうめくろうるしついきんそうばりとぅんだぼん)」。



            紅型の衣装に「黄色地鳳凰瑞雲霞文様紅型衣装(きいろじほうおうずいうんかすみもんようびんがたいしょう)」などと名前が付きますが、何度聞いても覚えられないという点で、相通じるものがあります(ないのか(^-^)/)。


            漆器の制作には、高温多湿の気候が向き、強い紫外線が漆器の色彩を際立たせるそうです。

            その条件を満たす沖縄で、琉球王朝の頃から、交易品や献上品として漆器作りが盛んになり、漆職人が高度な技術を身に付けたのですね。

            また、漆を塗る材料には、軽くて硬いデイゴの木が最適だそうで、ますます沖縄にピッタリです。


            ところで、漆器のことを英語でJAPANと言いますね。それが日本の国名になりました。

            日本を訪れた英(米)国人に、日本の美しい漆器が、強烈な印象を与えたのでしょう。

            その漆器は、琉球王朝が徳川幕府に献上したウチナームンだったかもしれませんね。


            沖縄のクバオージ(扇)

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              こちらのクバオージ。マルキン海産のお母さん愛用の品です。



              クバの葉をコンクリートブロックなどで圧力をかけながら乾燥させ、適当なサイズにカットすれば出来上がり。

              カチカチですから、いい風がきます。

              クバの木はこちら。沖縄では街路樹にも使われており、よく目にします。



              雨や陽射しに強いクバ笠も、クバの葉で作られていますね。いまだに根強い人気で、農連市場にも愛用者がいます。


              さて、大昔、初めて扇を作った人は、クバの葉を見て、扇の形状を決めたって説があります。

              そうだろうなぁ、と思います。クバの葉は扇そのものですからね。

              つまり、沖縄のクバオージは、「クバで作った珍しい扇」ではなく、扇の中の扇、THE扇なのですね。


              紅型は現代アートなのか!?

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                那覇在住の染織家、金城盛弘さんの名前を教えてもらったので、その作品を調べてみました。

                昨年、沖縄県立美術館で個展を開催されたらしく、左から三人目の方が金城さんのようです。

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                次の写真。右手の紅型は、琉球王朝のロイヤルカラーの黄色。紅型と聞いて、まず思い浮かべるデザインですね。一方、左手には、見慣れないデザインの紅型があります。この藍染のタイトルは「珊瑚の島」。

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                そのシリーズで、「海底散歩」

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                「珊瑚の産卵」

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                沖縄の珊瑚がモチーフになっていて、こんな紅型もアリだな、と思っていると。

                「レッドストライプ」

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                「藍のグラデーションとグレイスケール」

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                同作品を前から

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                どんどん、紅型のイメージから離れていきますね。これはもはや現代アートです。

                紅型と聞けば、過去の伝統工芸と考えてしまいますが、金城さんの作品からは、紅型の将来が感じられます。いやこれは、是非、実物を見てみたいものです。


                ところで、ここまでの作品で、私的ベストは、最初の写真、右端の女性の紅型です。

                私の好きなデザインってこともありますが、やはり紅型は女性が身につけてナンボ。他の作品も、それぞれ、モデルさんに着てもらったら、印象が変わりそうです。


                金城さんの工房の住所を調べてみると、毎朝私が配達で走っている道から、脇道をちょっと入った所でした。

                で、さっそく、工房の前まで寄り道してみると、

                ありました。(そりゃあ、ありますよね)

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                で、こちらが工房の入口です。

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                染織家の工房と聞けば、なかなか敷居が高そうですが、この入口には、入りやすい雰囲気があります。ひょとしたら、工房の見学ができるかもしれませんね。

                さっそく、明日にでも行ってみるか。

                と思いましたが、その前に、紅型の基本的知識を復習しておきましょうね。「こいつ、な〜んも知らんな。」と思われると恥ずかしいですからね。


                沖縄の横断幕文化

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                  沖縄の街を歩くと、至る所でこのような横断幕を見かけます。本土に無いかと言えばありますが、それはあるにはある程度のことで、その数では沖縄が圧倒しています。

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                  この横断幕は、近所の古蔵小学校のミニバスケットチームが沖縄県大会で優勝し、来年開催される九州・沖縄大会に進出したことを告げています。

                  「学校だより」に書いて、生徒に持ち帰らせれば、父兄には伝わりますが、その他の家庭には伝わりません。そこで、このような横断幕を作成し、小学校のフェンスに張っておけば、地域にある八百屋のおじさんや、魚屋のおばさんなどに、周知徹底できるわけです。

                  で、ミニバスケットチームの生徒に「優勝したのね。よく頑張ったねぇ。」と、声をかけることができます。ミニバスケットチームの生徒は、横断幕の前を通ると気分が良く、地域のあちこちで褒めてもらえます。

                  これは、地域社会が活きている証拠と言えるのではないでしょうか。


                  横断幕の用途として、最も多いのは同窓会の案内です。本土の感覚では、幹事さんが住所録を作成し、案内を郵送しますね。手間もかかるし、転居した人には届かなかったりします。

                  ところが沖縄では、誰かが横断幕で同窓会の開催を知ると、それ以降の伝達力が素晴らしいのです。

                  頼みもしないのに、あちこち連絡をする人が現れ、住所録に比べて連絡先が正確ですから、きちんと伝わります。

                  もちろん、内地の同窓生にも連絡が行き届き、誰かが同窓会出席のために帰省するとなれば、そのニュースが伝わり、「そんなら、今年は出席するか。」と考える人が現れます。


                  もちろん、その非公式ネットワークから漏れる人もいるでしょうが、それは卒業以来、同窓生への義理を欠いている人です。だからまあ、同窓会に出席できなくても仕方ないってことになりますね。


                  ウチナーカラジ

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                    一つ前の記事の居酒屋「瓦屋(かーらやー)」の営業情報を調べようとして、下の写真を見つけました。

                    この方は、喜納昌吉&チャンプルーズにいた上江洲妙子さんですね。キリッとした顔立ちに沖縄髪(ウチナーカラジ)がよく似合います。

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                    次の写真は、10年前、私が初めて沖縄へ来た年に撮った彼女。生で沖縄民謡を聞くのは、この時が初めてでした。お懐かしい。

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                    沖縄髪には、首里結い、那覇結い、辻結い、田舎あん小結いと種類があり、同じ種類でも、身分によって髪型が異なるそうです。

                    で、こちらが沖縄かんざし(ジーファー)。髪を結った最後に、これを後方からさします。

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                    ジーファーも、身分によって使える材質が決まっていて、金製は王妃・王女、銀製は士族、真鍮製は平民だそうです。

                    琉球王朝が階層社会であったことが、よくわかりますね。


                    琉球舞踊や組踊で見られる女性の髪型は垂髪(カムロウ)。髪飾りなどに目が行き、髪型の印象が薄いのですが、つまり、お姫様の髪型ですね。

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                    なお、成人男性の髪型はカタカシラ。髷(まげ)の一種です。こちらは、なかなかお目にかかれません。


                    沖縄のガンシナ

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                      スーパーのスイカ売り場で、ガンシナを売ってました。

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                      ガンシナは髪品。頭に物を載せる時に安定させ、荷重を分散させます。

                      昔の沖縄では日常的な風景だったようです。

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                      今は、お供え物を安定させるために使います。だから、スイカと一緒に売ってたのですね。

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                      念願の沖縄生活を始めて8年になりました。
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