ゆくさおじゃったもした

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    先日、鹿児島へ出張した長女が開聞岳や、

     

     

    知覧の武家屋敷や、

     

     

    特攻平和会館や

     

     

    枕崎漁港などの写真を送ってきました。

     

     

    仕事の合間に鹿児島生まれの義母(長女のお婆ちゃん)ゆかりの地を周ってくれたもの。

     

    義母はおおいに喜びましたが、さらに喜んだのは長女が大阪へ持ち帰った醤油や出汁のセットでした。義母にとっては懐かしい味なんですね。

     

     

    そして長女は自分の店でこれらの鹿児島商品を扱うことにしたらしく、義母はいつでも手に入ることになりました。長女にしては、なかなか気の利いたことをしたと思います。

     

     

    そうしたことがあったせいか、義母が「旅行ができるうちに(兄弟が健在なうちに)鹿児島へ行きたい」と言い出し、来月、大阪から義母、家内、長女、東京から次女が鹿児島に集合することになりました。

     

    そして「お父さんは隣の県なんだから当然参加」ってことになってるようです。

     

     

    那覇鹿児島間の距離は大阪鹿児島とほぼ同じ。表題の「ゆくさおじゃったもした」は沖縄の「めんそーれ」です。隣の県でありながら、かつての支配者でありながら、沖縄で鹿児島を感じることはまれです。

     

    戦争中、日本軍の暗号は全て解読されてまったく役に立ちませんでした。そこで用いられたのが早口の鹿児島弁。困惑した連合軍はどこの国の言葉かさえも分からなかったようです。

     

    私も合流して1ミリも理解できない日本語を久しぶりに体験してこようと思います。ネイティブスピーカーの鹿児島弁は「ブーン」と音がしているだけです。ほんまに(笑)


    広島に黒い雨が降った日から75年

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      広島に原爆が落とされた日から今日で75年。

       

      キノコ雲の直下は4千度の灼熱地獄となり、巻き上げられた泥やホコリはやがて大量の放射能を含んだ雨になりました。

       

       

      その、重油のような粘り気のある雨は黒い雨と呼ばれました。

       

      その黒い雨が降ったとされる地域は下図のように線引きされ、後遺症に対する国の補償内容が定められました。

       

       

      黒い雨を浴び、放射能による健康障害に苦しみながらも、これまで被爆者と認められなかった人達がいます。

       

      その人達が原告となり国に被爆者認定を求めた訴訟の判決が今年の7月29日に出て、広島地方裁判所は原告全員を被爆者と認めました。つまり原告全面勝訴。

       

      原告88人のうち16人が既にこの世を去り、残る72人の最高齢は96歳で最年少が75歳でした。

       

      75歳の原告はあの日、生後4ヶ月。直接黒い雨に打たれることはなかったものの、黒い雨が降った沢の水を飲み、その水で育てた野菜を食べてきました。以来、放射能に脅かされ続けた75年間でした。

       

       

      国は控訴期限は今月12日です。

       

      そんなスケジュールの中、今日、広島を訪れたこの人は控訴するともしないとも明言しませんでした。

       

      75年も苦労をかけておきながら、何故、今日までに方針を決めようとしなかったのか。

       

      「長い間、皆様にご苦労をおかけしたことを心からお詫び申し上げる。国は裁判所の判決に従うこととし、控訴はしない」

       

      と言うのがこの人の役割でしょう。

       

       

      例年、6月23日の沖縄、8月6日の広島、8月9日の長崎。

       

      戦争を起こしてしまった国の代表たる自覚がこの人にあるんだろうかと思います。


      面倒だと思いながら仕方なく来てるようにしか見えないんだけど、もしそうならもう来んなよ。腹の立つ。


      故郷の山「灰ヶ峰」

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        大ヒットした映画「この世界の片隅に」。そこにいくつかのエピソードを追加した長尺版が公開中です。

         

        「この世界のさらにいくつもの片隅に」
          

         

        呉は瀬戸内海の眠ってるような街ですが、前作の公開後、呉市内のロケ地を巡る「聖地巡礼の旅」に沢山の方がお越しになり、久しぶりに街が賑やかになりました。

         

        予告編の冒頭に映っていた山が灰ヶ峰(737m)。JR呉駅を出ると真正面に見えるので、呉に帰って来たことを実感させてくれます。それほど高くはありませんが、独立峰なので大変に眺めの良い山です。

         

         

        すずさんの嫁ぎ先も私の実家もこの山の麓にあり、映画で描かれている風景は、十数年の時差はありますが、私が子供の頃の風景です。

         

        前作のポスターに、灰ヶ峰山頂から撮った写真が使われていました。


         

        山頂からの眺望がこちら。

         

         

        動画からポスターの写真に近いショットを切り取りました。

         

         

        ポスターの写真がこちら。

         

         

        確かではありませんが、下の写真は戦前の呉。着色して、道路や段々畑などを書き加えたものだと思います。

         

         

        私が子供の頃、灰ヶ峰の中腹を横切る道路が開通し、やがて山頂まで車で上がれるようになりました。

         

        厳島から広島の市街地が見えますし、瀬戸内海の島々の向こうに四国がはっきりと見えます。多少、道路がクネクネしてますが、呉へお越しの際は是非どうぞ。

         

        夜景もお勧めです。

         

         

        人がいない場所なので、女性はボディガードをご用意下さい(^^)


        「さくら!!よかったな!」(4)

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          私は高校卒業時に実家を出たので、3つ下の妹と暮らした時間は僅か15年ほど。「人生、15年が5回」 のチケット1枚分でしかありません。

           

           

          放浪の旅を続けながらも、さくらを気にかける寅次郎と、腹違いの兄を待ち続けるさくら。そして、寅次郎を温かく迎える家族。

           

          寅次郎に殴りかかり「いいかっ、寅!!。このゲンコツは、お前の親父のゲンコツと思えっ!!」と叫ぶおいちゃんが泣かせてくれます。

           

           

          「男はつらいよ」は寅次郎とさくら、そしてその家族の物語。おなじみのメンバーが集まるシーンが、物語の中心にあると言えるでしょう。そして、マドンナがその上に乗っかってると。

           

           

          私の妹は実家に戻り、父を看取り、今も母と暮らしてくれています。

           

          一方、私は→東京→大阪→東京→大阪→東京→沖縄と放浪中。これじゃあまるでさくらと寅次郎じゃないですか。

           

          いつの間にか、妹と私はこんな位置関係になってました(^^)

           

           

          数年前、転職するので自己PRを代わりに書いてくれと、妹に頼まれたことがありました。

           

          相変わらず、妹の結婚に負い目を感じている私は、直ちにそれを書いたところ、妹はその文章を大変に気に入ったらしく、「お兄ちゃん、ウチのことを、よぉ分かっとるようじゃねぇ」と(^^)

           

           

          一生、家族の関係を維持できるのは「血が繋がっているから」でしょうか?。

           

          私は仮に妹が他人でも、そのことを知らなければ、今と同じ関係を築けたと思います。それは妹と家族として暮らした15年があったからでしょう。それは日常的でありながら、濃厚な毎日でした。

           

          「男はつらいよ」は、そのことを再確認させてくれる映画だと私は思います。

           

           

          俺がいたんじゃお嫁にゃ行けぬ

          わかっちゃいるんだ妹よ

          いつかおまえのよろこぶような

          偉い兄貴になりたくて

          奮闘努力の甲斐も無く

          今日も涙の

          今日も涙の日が落ちる

          日が落ちる

           

           

          だらだらと長い投稿でしたが、思いのほか沢山の方に読んでいただきました。ありがとうございますm(_ _)m

           

          (終わり)


          「さくら!!よかったな!」(3)

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            妹夫婦のアパートは品川区中延にあり、そこで、妹の旦那と会いました。短い間とは言え、彼は私の義弟でもありました。

             

             

            妻が広島の実家に用があると言うので送り出したら、翌日に大阪の義兄が連絡してきて「妹が別れたいと言ってる。明日そちらへ行く」と言うじゃないですか。いったい何がどうなってるのか。一昨日はニコニコしながら家を出て行ったのに。

             

            だからね。もう無茶苦茶なんですよ。その日は彼の弟も来てました。頭の回転が早くて口が立つので兄貴に呼ばれたんでしょう。私は妹から聞いたことを包み隠さず義弟に伝え、どうしてこんなことになってしまったのか、彼の意見を聞きました。

             

             

            長い長い話し合いの末、私は妹と義弟の間に離婚に至るような特段の事情は無いと認めるほかありませんでした。そして、妹の失礼な行動を義弟に詫びました。その上で「しかし、既に妹の気持ちがここに無い以上、結論は変わらないのではないか」と。

             

            何度も言いますが、無茶苦茶なんですよ。涙ぐむ兄と、怒って声を荒げる弟。私は二人を眺めながら「いい兄弟だなぁ」と、場違いなことを考えてました。

             

             

            バツイチとなった妹は、かねてより弟子入りしていた東京の有名服飾家(橋田壽賀子みたいな名前の人)の元で修行を続け、数年後、東京の百貨店でブティックの販売員(当時はハウスマヌカンと呼んだ)になりました。

             

            さらに数年後、妹は広島市内の百貨店に転職し、実家に戻ることになります。橋田壽賀子の推薦と東京の百貨店の威光を利用したのか、DCブランドショップや外商部などでキャリアを積んだようです。

             

             

            な〜んだこいつ。やればできるじゃないか(笑)


            (続く)


            「さくら!!よかったな!」(2)

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              これまで何度も載せた写真で恐縮ですが、35年前の私(27)と妹(24)です。

               

              20121104193630_0.jpg

               

              この2年後、妹は見合いをします。相手の勤務先、年収などのスペックには何らの問題も無く、両親は話を進める気でいました。

               

              見合いの相手に一目惚れするとか、逆にまったくの論外なら結論は簡単です。ところが、そうはならないのが見合いというもの。妹は悩みはするものの、何を悩んだらいいのかも分かっていないように見えました。

               

               

              大阪まで相談にやって来た妹が「お兄ちゃん、どうしょうかぁ」と(笑)

               

              その時私は、妹のオクテな性格と年齢(26)を考えて、結婚を勧めてしまったんです。今なら「決められへんことは、決められへんやん」くらいのことを言うでしょうから、これがもう痛恨の極み。もっと自分の妹に自信を持てば良かった。

               

               

              結婚披露宴で妹は祝福され、涙を流していました。だからその時は「まあ、良かったか」と思ったんです。ところが、結婚して1年半が過ぎた頃、広島の母から連絡があり、妹が帰ってきて(当時住んでいた)東京へは帰りたくないと言っていると。

               

              妹から電話で色々と話を聞くものの、これがまたどうして別れたいのか、離婚に繋がるような決定打が無いんですよ。私の理解は、小さな色々なことが積み重なって、それが妹の許容範囲を超えたというもの。しかし、そんな理由で旦那が離婚を了解するとは、とても思えませんでした。

               

               

              そしたら妹が「お兄ちゃん、東京へ行って話をつけてきてぇや」と(笑)

               

              後手に回るとはこのことを言います。結婚を勧めてしまった負い目から「何で俺がお前の尻拭いをせなあかんねん」とは言えず、私は東京行きの便を予約したのでした(^^)

               

              (続く)


              「さくら!!よかったな!」(1)

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                高校生の息子が厳格な父親に反発して家を出ました。そして上京してはみたものの頼る人もなく、何のアテもない。街でフラフラしてるところを印刷工場の社長に拾われて、息子は印刷工になりました。

                 

                やがて息子は成人し、印刷工場隣の団子屋の娘と結婚することになりました。結婚披露宴に招かれ、息子との再会を果たした両親は終始無言でしたが、挨拶を求められ、ようやく父親が口を開きました。

                 

                 

                本来なら、新郎の親としての、お礼の言葉を申さねばならんところでございますが、わたくし共、そのような資格のない親でございます。

                 

                しかし、こんな親でも、なんといいますか、親の気持ちには変わりないのでございまして・・・。

                 

                実は今日、わたくしは8年ぶりにせがれの顔、皆さんのあったかい友情と、さくらさんの優しい愛情に包ままれたせがれの顔を見ながら、親として、わたくしはいたたまれない様な恥ずかしさを・・・。

                 

                いったいわたくしは、親としてせがれに何をしてやれたのだろうか。なんという、わたくしは無力な親だったかと・・・。

                 

                隣におります、わたくしの家内も同じ気持ちだと思います。この8年間は、わたくし共二人にとって、長い長い冬でした。そして、今ようやく、皆様のおかげで春を迎えられます。

                 

                皆さん、ありがとうございました。さくらさん、博をよろしくお願いいたします。さくらさんのお兄さん、二人のこと、よろしくお願いいたします。

                 

                 

                これを聞いて感極まった寅次郎は、両親に心からの礼を述べ、嗚咽を堪えながらひな壇へ向かい、「さくら!!よかったな!」と。



                博と同じように家を飛び出しテキ屋になった寅次郎は、20年もの間、柴又へ帰りませんでした。親の死に目に会うこともありませんでした。

                 

                父親の挨拶により、長年の確執が解消され、親子は再び家族になりました。うつむいて涙を流す博。それを果たすことができなかった寅次郎は我が事のように喜んだのでした。

                 

                 

                寅次郎は妾の子で、さくらとは異母兄妹。二人の父親は死ぬ間際、おいちゃんにさくらを頼むと言い残し、おいちゃんは実の親と同じ覚悟でさくらを育て、父親との約束を果たしました。

                 

                寅次郎が20年ぶりに柴又へ帰って来たのは、そこにさくらがいたからで、さくらもまた、寅次郎の帰りを待ち続けていました。

                 

                 

                「男はつらいよ」の中心には寅次郎とさくらがいます。そして二人を取り囲むように家族がいます。それを観た私達は兄妹っていいものだ、家族っていいものだと、映画のシーンに自分を投影するのだと思います。

                 

                私にも妹がいます。もちろん、映画のようにドラマティックなものではありませんが、私にとって悔やんでも悔やみきれない出来事がありました。

                 

                (続く)


                日常・家族・ヒロシマ

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                  先日、NHKで放送された映画「この世界の片隅に」

                   

                   

                  こちらを振り向いた主人公のすずさん。皆さんの家族の一人が、こんな風に振り向いたシーンを覚えてませんか?。「そこで何しとるん?」と声をかけた時に。

                   

                   

                  ウチナーグチのウチアタイは「思い当たる」を意味し、そこに「後ろめたさ」や「恥ずかしさ」といったニュアンスが加わります。私はこの言葉が持つウチナーフィーリングが好きです。ウチ(内面に)アタイ(当たる)。

                   

                  この映画は全編にわたって、すずさんの日常が描かれています。その日常の一コマ一コマが私の内面に当たるんですよ(後ろめたさや恥ずかしさは横に置くとして)。

                   

                   

                  すずさんのファンになった人達が、呉のロケ地を歩くことを「聖地巡礼」と呼ぶそうです。

                   

                   

                  すずさんが暮らした場所に立った時、映画で感じた以上に、内面に当たるものがあるのだと思います。言い換えれば、すずさんの日常を他人事とは思えなくなっているということ。それは、家族と過ごした懐かしい日常の記憶と、深く関わっている気がします。

                   

                   

                  私がジャパニーズビジネスマンだった頃の話。海外へ出張し、仕事を終えた後の懇親会で、私の出生地が広島だと自己紹介することにしてました。もちろん、それを聞いた人達の反応を知りたい気持ちがあって。

                   

                  その反応は、アジアでも米国でもヨーロッパでも変わりはありませんでした。まず、驚いた顔で「あのヒロシマなのか」と。そして、痛ましい出来事を思い浮かべた時の表情をしました。

                   

                  私が海外で共に仕事をした人達の全員が「ヒロシマ」を知っていました。そして、米国が落とした日本が落とされたみたいな話ではなく、原爆の投下を人類史における最も悲惨な出来事の一つと捉えているようでした。

                   

                  映画「この世界の片隅に」は既に60以上の国々で上映され、高い評価を得ているようです。それはすずさんの日常が、世界の人々の内面にも当たるからでしょう。

                   

                   

                  呉から見えた原爆雲です。この時9歳の母は、山の向こうにこの雲を見たと話してました。

                   

                   

                  この年の10年後に母は嫁ぎ、その2年後に私が生まれました。今年で母は84歳。すずさんは生きていれば94歳です。

                   

                   

                  今日は原爆の日。犠牲者を追悼すると共に、今も呉で暮らす母や妹、亡くなった祖父母や父と、共に過ごした懐かしい日常を思い出す日にしたいと思います。

                   

                   

                  母はまだまだ元気で長生きをしてくれそうですが、いったい私はあと何度、顔を合わせることができるのか。それを考えた時、ひょっとしたら片手で足りてしまうのではないかと。それで今、ちょっとうろたえてます。


                  京阪シティモール「みちのたより」

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                    7年前に長女が心斎橋で始めたセレクトショップ「みちのたより」。

                     

                    この春、天満橋の京阪シティモール(B1F)に店舗を移したので、見学に来ました。

                     

                     

                    店主らしい佇まいで立っているのが、ウチの長女です。美緒さん。

                     

                     

                    店舗の開設が急に決まったことから、売場はいまだに催事仕様。これから店舗らしく改装するそうです。

                     

                     

                    全国を車で周って仕入れをするので、長女の車は走行36万キロ。道路が繋がってない沖縄には来てません。そう言えば、日本地図に沖縄が無い(^^)

                     

                     

                    この日、店頭に並んでいたのは栃木の温泉パン。

                     

                     

                     

                    四万十のタマネギドレッシングから、

                     

                     

                    青森のリンゴジュースから。

                     

                     

                    京阪シティモールは大阪の都心にあり、客層は良いようです。本物の富裕層は昔から都心に住んでいて、まとめ買いをしてくれると。

                     

                    京阪シティモール「みちのたより」 

                     

                    そして、お隣が成城石井。

                     

                     

                    店舗と併行して、今月は神戸、来月は神戸と石巻で、ショッピングモールの催事に出店するそうで、商売はそれなりに順調な様子でした。

                     

                     

                    この後、長女の車で新大阪駅に移動し、3日間を共に過ごした家族は再び解散。次女は東京へ向かい、私は頼まれていたチーズケーキを買って、伊丹空港へ向かいました。

                     

                     

                     

                    私の家族は義母を含めて5人。私以外は女性です。

                     

                    一昨日、大阪へ戻ったら、集合場所が弁天町駅前の巨大な風呂屋。昨日は高速バスに乗って淡路島の温泉ホテルへ日帰りツアー。

                     

                    どうしてあんなに風呂に浸かってられるのか不思議です。世の中には水が苦手な生き物もいるのでね。それを無理矢理に沼へ引きずり込むようなマネをしてはいけません(^^)


                    「みちのたより」が(天満橋)京阪シティモールで店舗開設

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                      JUGEMテーマ:地域/ローカル

                       

                      私の長女がやってるセレクトショップ「みちのたより」が、大阪京橋の京阪シティモールで店舗を開設しました。

                       

                       

                      次の写真は、同じく京阪シティモールで開催された催事の様子。2週間ほど前、読者のikokaさんが送ってくれました。毎度のお買い上げありがとうございますm(_ _)m

                       

                       

                       

                      全国の道の駅で見つけた商品を仕入れて、通販ショップを始めたのは2011年のことでした。そしてその翌年に大阪南船場で店舗を開設。

                       

                       

                      以降、長女は店舗販売と併行して、各地のモールで開催される催事に出店することを繰り返していました。やがて扱い量が増え、倉庫が狭い南船場の店舗では業態に合わなくてなってきたようです。

                       

                      そうこうしてるうちに、店舗は閉めて催事に専念することに。

                       

                      「それじゃあ、テキ屋じゃん」

                       

                       

                      と、お父さんは静かに思いましたが、店舗でお客さんを待つスタイルより、長女の性分に合ってたんでしょう。

                       

                      そして、催事に度々参加させていただいていた京阪シティモールから店舗の開設を持ちかけられ、それに応じたようです。

                       

                      地下一階にある店舗スペースは、看板をかけた以外はまるで常設展フージー(^^)。時間をかけ、お金はかけず、店舗らしく改装するつもりのようです。

                       

                       

                      家族でお祝いを送ろうということになり、東京に住む次女が花を選んでくれました。ポストの色と似てますね。

                       

                       

                      このポストは南船場の店舗前に置いてあったもの。赤いままだと郵便物を投函されてしまうので、緑のペンキを塗ったそうです(^^)

                       

                       

                      過去の投稿はこちらから(^^)/

                       

                      娘が始めた通販ショップ「みちのたより」 

                      娘が開いたショップ「みちのたより」 

                      毎日放送「ポテトな時間」 

                      「みちのたより」もうすぐ開店一周年 

                      検索キーワードでわかったこと 

                      「みちのたより」開店2周年 

                      「みかんジュース」と「わさびごまだれ」


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                      念願の沖縄生活を始めて10年になりました。
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