津嘉山の腰当森(クサティムイ)

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    ヤマトグチの腰当(こしあて)は、座った時に背中に当てて姿勢を楽にするものを意味しますが、ウチナーグチではクサティと読み、「頼りにする者」の意味になります。例えば、母親にとって長男はクサティ。

     

    沖縄の集落は北東方向の丘陵に森があることが好ましいとされ、その森をクサティムイ(腰当森)と呼びます。冷たいミーニシ(北東からの冬の季節風)を防いでくれる森です。

     

    詳しくはこちら。(→新北風と真南風) 

     

     

    次の写真は南風原町の津嘉山(チカジャン)集落で、クサティムイは高津嘉山(タカツカザン)。

     

     

    現在の字津嘉山は広い範囲を示しますが、古くからの津嘉山集落は高津嘉山の南西部にあります。

     

    さきほどクサティを「頼りにする者」と訳しましたが、それがクサティムイになると「信頼し寄り添い身を任す」ような、「母の膝に抱かれる」ような語感になります。

     

     

    上の写真の左下にチラッと見えてる川が長堂川。高津嘉山から長堂川に向かう緩やかな傾斜に形成された集落は陽当たりが良く、暖かいマハエ(南西からの夏の季節風)を広い間口から屋内に取り込むことができます。

     

    そして、かつての長堂川には船着場があり、農作物を国場の集荷場に運んだり、漫湖を経て、直接、那覇の市場へ運ぶことができたようです。

     

    関連する投稿はこちら。

    漫湖の水上交通(1) 

    漫湖の水上交通(2) 

     

    津嘉山集落が好立地にあり、古くから栄えた理由が分かります。

     

     

    さて、集落の最も高い場所、つまりクサティムイに隣接した場所にはノロの住まいがあります。

     

    津嘉山集落の場合は、現在のつかざんトンネルのすぐ横に、ノロの屋敷跡が残っています。写真の右奥にはフール(豚小屋兼便所)が、左奥にはヒンプンが現存しています。

     

     

    入口のヒンプン。石が横積みしてある一般的なヒンプンと違って、大きな石が縦に並べられています。何か深い意味があるのか、「他のヒンプンとはちゃうねんぞ」というノロの意思表示か、そこは不明です。

     

     

    先日見たばかりの末吉ノロの屋敷跡とほぼ同格。立派な屋敷だったようです。

     

     

    こちらの写真は、ノロの屋敷跡のすぐ近くに住んでいた玉那覇ノロ。

     

     

    ノロに向かって失礼ですが、可愛いくて上品なお婆さん。

     

    関連する投稿はこちらです。

    南風原町「あの日あの時」

    写真集「南風原」

     

     

    かつて、高津嘉山から長堂川に向かって、津嘉山村、玉那覇村、仲間村と三つの村があり、合併して津嘉山村が残りました。玉那覇ノロは玉那覇村のノロです。

     

    合併した後も、それぞれの村の御嶽は現存してますが、ノロはどうなるんでしょうね。

     

    ノロの屋敷跡近くに、津嘉山、玉那覇、仲間の「殿(トゥン)」が、それぞれの村に向かって三つ並んでました。「殿」はノロが管理する祭祀の場。村の合併後に集められたのではないかと思います。

     

     

    最後にオマケです。ノロの屋敷跡の石垣に人面石(笑)。丸い部分が鼻で、その下に口。

     

     

    地元の人達は「石敢当と同じ役割と思われる」などと難しいことを言うてますが、私はそこらのニィニィがワルサをしたとニラんでます(笑)


    何で「兼城十字路バーガー」なんだ?

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      南風原町商工会は、地元中学生グループが提案したハンバーガーを、ご当地バーガーと認定し、お笑いコンビ「ハンサム」の仲座健太さん(南風原町出身)が「兼城十字路バーガー」と命名しました。

       

       

      地元産の卵(目玉焼き)や豚(ベーコン)、カボチャ(ペースト)を使っているのが特徴で、今週末開催の「はえばるふるさと博覧会」で試験販売されるとのこと。

       

      南風原町特産のカボチャを使ったハンバーガーがどんな味わいなのか、是非、食べてみたいと思います。

       

       

      それにしても、何で「兼城十字路」なんだ?(笑)

       

      まず仲座さんは「人が『何だろう?』と思うような名前にしたかった」と。確かに「何だろう?」と思いますから、これは成功です。意表をついてますよね。

       

      さらに仲座さんは「兼城十字路は町内はもちろん、町外の人も馴染みのある、南風原町の代表的な場所だ」と。

       

      う〜む。これがどうなのか?

       

      確かに兼城十字路は南風原町の地理的な中心にあり、近くに町役場もありますから、町内で知らない人はいないでしょう。ところがそれを、町外でも「馴染みがあるに違いない」と思い込んでるあたりが南風原"愛"なのよねぇ(笑)

       

      これは、意表をついた上でクスッと笑わせる、仲座健太のセンスの良さと解釈しましょう(^-^)v

       

       

      首里の南の農作地帯に11のシマ(集落)が点在していて、それを束ねたのが南風原町。だから、町の中心が無いのよね。人が集まるところを町の中心と呼ぶのなら津嘉山でしょう。

       

      津嘉山中心説を裏付ける情報があります。南風原町のスーパー名を並べてみると、

       

      イオン南風原店(宮平)

      丸大南風原店(宮平)

      カネヒデ南風原店(兼城)

      マックスバリュ一日橋店(兼城)

      サンエー津嘉山シティ(津嘉山)

      ユニオン津嘉山店(津嘉山)

       

      もう、一目瞭然。イオン、丸大、カネヒデ、マックスバリュは「兼城や宮平では分からんよ」と考えています。特にマックスバリュ一日橋店は、隣町とは言え那覇の一日橋を名乗ってるところから、兼城から距離を置き、那覇にすり寄る姿勢がうかがえます。

       

      その点、サンエーやユニオンは、津嘉山がシティかどうかは別ですが、「津嘉山で分かる」と考えてるってこと。

       

      そこをあえて、兼城(カニグシク)にすることで、仲座さんはクスッと笑わせようとしてるに違いありません(笑)

       

       

      もう一つ。沖縄では幹線道路がクロスする場所を交差点とは呼ばず、十字路と呼びます。与儀十字路、コザ十字路などなど。だから私は常々、久茂地交差点を苦々しく思っていて、なんとかヤマト風にしようとするところに、マックスバリュ一日橋店と似た動機を感じます。

       

      その点、兼城十字路バーガーは名前にちゃんと十字路を入れているので、沖縄風。

       

       

      まとめますと、兼城十字路バーガーは、意表をついた名前で、クスッと笑わせるし、沖縄の雰囲気もあるし、素晴らしいネーミングです(笑)

       

      本部(ムトゥブ)のワタリグチ君。「分かるよねぇ」(笑)


      南風原町の「JAくがに市場」

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        こちらは南風原南インター近くに昨年オープンした「JAくがに市場」です。



        地元で採れた野菜を売っています。




        地産地消。いい野菜が並んでいますが、私が仕入れに来たのはゼリー。これを扱っているのがJAだけなんですね。



        先週、大量に買い込んだらレジのオバはんに、

        「これで何日分ですか?」

        と聞かれました。


        スーパーでヨーグルトを大量に買えば「そんなに買ってどうするの?」と言われ、一個400円もする国産レンコンパックを鷲づかみにすれば「気持ち良く買うわねぇ」。

        なんでこう、オバはんってのは他人をかまいたがるのか。

        「ほっといてちょうだい」と言いたい。


        さて、先週に引き続き保育園からゼリーの注文がありました。

        私は再び「くがに市場」に来ましたが、レジのオバはんに「えっ!、もう無くなったの?」と言われはしまいかと心配です。


        つまりね。私はオバはんの常識に照らし合わせると「変なやつ」。だけど、そいつが本当に変なやつなのか、自分の常識が狭いのか、そこを考えてくれないと。

        常に自分が正しいってことは無いのよ。


        ところで、私が必要なゼリーは9パックにもかかわらず、「くがに市場」にあったのは8パック。この「常に1つ足らないの法則」には困ったものです。

        とは言え、足らないものは足らないので、近くのJA津嘉山に向かいました。そしたら、同じゼリーが30円安。

        レジのオバはんに「くがに市場は30円高いんだよな」と言ったら、「そうそう、知ってる知ってる。同じゼリーなのにおかしいよね。アッハッハ」。

        私は、同じJAで値段を変えるのはいかがなものかと、やんわり抗議したつもりなのに「友達(ドゥシ)かっ!!」と言いたい(笑)


        南風原ドライブインの閉店

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          南風原ドライブインが今年末で閉店だそうです。



          米国流のドライブインは車に乗ったまま食事ができるレストランを言い、沖縄では屋宜原のA&W(1964年開業)がその第一号店だと思います。

          その後、沖縄のドライブインは「広い駐車場のあるレストラン」に進化し、1970年代の大ブームを迎えました。その数、県内250店。南風原ドライブインの開業は1972年。復帰の年でした。


          ドライブインと言えば、郊外の幹線道路沿いにポツンとあるイメージです。ところが、周辺の宅地開発が進み、ドライブインは街並みに埋もれていきました。南風原ドライブインの前を走る道路はかつての与那原街道ですが、今や何の変哲もない国道です。

          そこで、ドライブインは二度目の進化を果たし、例えば、家族でオバぁの誕生日のお祝いをするような、ちょっと上等なレストランになったのです。


          今も沖縄本島のあちこちでドライブインを見かけます。とは言っても10ヶ所程でしょうか。周辺の飲食店に埋没しながらも、なんとかその存在感を示しています。

          南風原ドライブインの建物は壊さず賃貸するそうですが、新しい店舗は「ドライブイン」の名前は使わないでしょうね。


          南風原町「あの日あの時」

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            読者のへそまがりさんに教えてもらって、南風原文化センターの写真展へ行ってきました。

            写真展のタイトルは南風原町「あの日あの時」



            戦前戦後のスナップ写真集を南風原町が出版したそうで、そこに収録された写真の展示です。南風原町各字の公民館や一般家庭に提供を呼びかけたように見え、私の知らない写真ばかりでした。


            私は沖縄の集落を歩き、集落の方位や周辺の地形を観察し、石畳道や井戸、村獅子、御嶽などを訪ねることを趣味としています。それは、昔の沖縄を訪ねる散歩です。

            今は枯れてしまった井戸に立ち、その井戸が現役だった頃の賑わいを想像してみます。後にその井戸の古い写真を見つけたりすると、想像通りであろうが無かろうが、それはもう、嬉しくて嬉しくて(笑)

            そのあたりを理解いただいているへそまがりさんが写真展に来られ「こりゃあ、Cが喜びそうだ」と考え、知らせて下さったということ。ありがとうございます。


            かつて、南風原町の喜屋武集落にワイトゥイ(切り通し)がありましたが、新しい道路が開通し(南風原文化センターの前の道路)、今は影も形もありません。

            先日、私はその付近をウロウロし、黄金森の稜線や昔の道筋などから、ワイトゥイをなんとか想像してみました。

            この日の写真展では、例えば、そのワイトゥイの写真が、突然、目の前に現れたりするので堪りません。思わず「へぇ〜」と声が出ました。嬉しいわぁ〜(笑)


            ところで、そもそもな話ですが、このような写真展に来る人は、昔の南風原を知ってる人ですよね。昔の記憶と写真を照合したり、失われていた記憶が写真によって蘇ったり、それが楽しいはず。

            ですから、南風原に住んだことのないナイチャーの私が、昔の南風原の写真を見て、それがどうなのかって話です。普通はね。

            ところがですね。分かるんですよ、ワタクシ。初めて見る写真なのに、一枚一枚の写真が何処で撮られたものなのか、かなりの確率で分かります。

            かくしてこの写真展で、私の脳内にある「昔沖縄(ンカシウチナー)」の南風原地区は大幅に更新されたのでした。


            印象に残った写真を一枚紹介します。玉那覇ノロ(1992年)。



            現在の津嘉山集落は三つの村が合併したもので、それ以前にあった玉那覇村のノロです。

            これまで見たノロの写真は、近寄りがたい緊張感がありましたが、玉那覇ノロの表情が穏やかなこと。曾孫を抱いていても似合いそうです。

            考えてみれば、祭祀の場を離れれば、ノロも普通のオバぁなんだなぁと、当然のことに気づいたのでした。

            いやぁ、楽しかった。


            南風原町の極楽鳥花

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              南風原町の民家の庭先で極楽鳥花(ストレリチア)を撮りました。しかし、ケバい色ですねぇ(笑)



              切り花用に需要があり、沖縄県は極楽鳥花の生産量が日本一です。その大半が南風原町で栽培されていて、本土に出荷されています。

              陽射しにも乾燥にも強い花なので、ほったらかしでも育ってる感じがあり、雑草的ですらありますが、ホテルのロビーなどに飾ると強い色彩が映えますね。こちらはオレンジではなくて黄色。




              沖縄の亜熱帯気候を象徴する花として、ハイビスカス、プルメリア、ブーゲンビリアなどを思いつき、極楽鳥花もその仲間です。

              確かに、それらの花は沖縄の強い陽射しや青い空によく似合いますが、どこか南国の演出感があって、那覇空港やリゾートホテルにハマる感じです。それから、リッチなお宅(笑)

              一方、私が沖縄らしさを感じるのは、イッペー、月桃、イジュ、デイゴなど。サガリバナもいいです。

              沖縄って、キラキラした明るい島ではなくて、どちらかと言えばジミ〜な島なんですよね、生活感としては。

              「それはお前の好みがそうだって話だろっ」と言われればその通り。

              ところが、観光客として沖縄を訪れた期間と、沖縄で生活した期間がだいたい同じになってきた今日この頃。それに合わせて、花の好みも変わると。

              「年を取っただけとちゃ〜うんか」と言われれば、はぁ、それもまったくその通りでございます。

              (^_^)v


              津嘉山バイパスの歩道橋

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                昨日投稿した津嘉山バイパスを水漏れトンネルから北進すると、那覇東バイパスに合流します。

                そのやや手前に歩道橋がありますが、左端が切れていて、歩くと落ちるので危険です。



                街灯付き、転落防止フェンス付きで上等なのに、



                右側も同じように切れていて、これじゃあ上がれないので、落ちる心配は無いのでした。



                良かったじゃないですか(笑)


                工事中ではなく、何年も前からこのまんまほったらかしです。

                税金の無駄使いとか、計画性が無いとか言う前に、この歩道橋建設を決裁した方は、今、どんな心境なんでしょう。

                やっぱり、チクチクとココロが痛んだりするのかな。と、心配していたら、

                ありゃ!?



                これは車道なのかっ!!

                う〜む。

                やはり、あれか。10年先、20年先の南風原町道路網が描かれていて、この高架道はその布石ってことなのか?

                いよいよその日が来たら、「あっ、こういうことだったのか」と、深く納得するのか?

                私が生きてる間に、なんとかなるのか?




                津嘉山バイパスのトンネル

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                  一昨年、那覇東バイパスと空港道南風原南インターを結ぶ津嘉山バイパスが開通しました。

                  サンエー津嘉山シティ前(国道507号線)の慢性的な渋滞が解消されるはずでしたが、それほどの効果は得られていないようです。


                  津嘉山バイパスを南風原南インターから北へ走ると、二つのトンネルがあります。

                  最初が高津嘉山トンネル。



                  左のトンネルはいらない気がしますが、どうなのか。

                  トンネルであることを示すかのようにカモフラージュ、いや、天井緑化されていますが、そのうちに雨が土を流してしまい、トンネルが剥き出しになりはしまいかと心配です。

                  まあ、右のトンネルの上の山が崩れないように、左のトンネルが支えているようにも見えるので、素人は黙っておきましょう。


                  続いて、津嘉山トンネル。



                  先ほどの高津嘉山トンネルと似ていますが、左のトンネルがトンネルらしく見えてなによりです。

                  この地形は「湧き水のしくみ」を説明するには好都合です。山に降った雨が、琉球石灰岩の地下水路を右から左に流れ、山の斜面から噴出します。

                  と思ったら、湧き水が噴出するはずの斜面がコンクリートで固められています。

                  すると行き場を失った地下水は、こうなります。



                  写真ではよく見えませんが、傘が必要なほどの水が落ちています。

                  ここ数日、天気が良かったのでこの程度で済んでますが、雨が降った後は水がバシャバシャと音を立てて落ちてきます。

                  う〜む。

                  素人でも分かる理屈ですが、その点、トンネルのプロはどう考えているのか、ご意見をお聞かせいただきたい。


                  津嘉山トンネルを初めて通過される方は、ご注意のほど。いきなり大雨が降ってきたかのようにフロントガラスが濡れ、前が見えなくなります。

                  そして二度目からは、あらかじめワイパーを動かして通過下さい。

                  ご面倒をおかけ致します m(__)m


                  南風原町喜屋武の散歩(4) 泥棒を吊るす木

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                    ナカヌカー公園からメーミチを東に進み、公民館に着きました。ここは村屋があった場所で、敷地の北西角に一本の木があるはず。

                    ありゃ、無いじゃん。



                    この切り株なのか、その横のスペースにあったのか。

                    その昔、集落の犯罪者を吊るした木(ブルブルギーまたはヌスドゥサギーギー)があると聞いてましたが、いや、見たかった。

                    多くは窃盗や傷害だと思いますが、犯人はスビカリーンされ、村人全員の前にホーラカされ、ヒサマンチさせられたと。(しょっ引かれ、放り投げられ、正座させられた)

                    そして、ブルブルギーに吊るされたんですね。木に吊るされるのは想像するよりは辛いでしょうが、どこか優しさを感じますね。「最後は許す」みたいな。


                    窃盗、傷害の他には、毛アシビをやっては駄目です。他の集落の毛アシビに加わっても駄目。ブルブルギーです(笑)

                    毛アシビってのは、村の原っぱに男女が集まり、太鼓三線で唄ってお酒を呑むわけで、合コンみたいなもんかと思ってたら、ちょっと違うんですねぇ。

                    前川守賢さんの大ヒット曲「遊び庭」によれば、

                    毛遊びぬ夜や、イソーサ肝どんどん(アリッ)。遊び庭に皆な寄てぃ来う、太鼓三線かたみてぃ来う。

                    毛アシビの夜は嬉しくてドキドキするさぁ。皆んな集まって来い!!、太鼓や三線持って来い!!

                    アン小達が舞いやよー、ガマクんくんしみてぃ(アリッ)。ヤッチー達が弾ちゅる三線に、フェーシ立てぃとてぃチビふいふい

                    姉さん達の踊りはガマクをキュッと締めて、囃子を立てて尻振り振り

                    う〜む。そもそも姉さん達がその気なのか。これはお持ち帰り率が高いでしょうね。

                    大阪岸和田では、だんじり祭りの夜、姉さん達が沢山お持ち帰りされて、お祭りベィビーが生まれるそうですが、娯楽の少なかった時代、毛アシビはかなり刺激的だったんでしょうね。

                    やっぱ、ちょっとしたトランス状態になるのかな?


                    などと、考えながら、喜屋武集落の東端に着きました。



                    ここは黄金森の南、製糖工場跡です。

                    かつては黄金森の稜線がこのあたりまで延びていて、ワイトゥイになってたそうです。県道が開通し、その痕跡はありません。

                    古い、と言っても1957年の写真がありました。製糖工場が写っています。



                    馬がグルグル回っていたサーターヤーの時代が終わり、製糖機械が導入されました。

                    かなり高い位置からの写真なので、先ほどのワイトゥイの端あたりから撮ったのかもしれません。

                    今はこんな感じ。



                    近くの小学校の入口に、こんな石碑があります。



                    「うまうぃーぐゎ跡」、つまり馬場の跡です。

                    立派な石碑も結構ですが、花壇や芝生を使うとかして、もう少し、馬場跡を実感できる工夫は無いものかと思いますね。色々書いてありましたが、省略します。


                    喜屋武集落のはずれにワイトゥイがあり、その先に製糖工場や馬場があり、一面のサトウキビ畑。そんな風景を想像して、喜屋武集落の散歩は終わりです。

                    (終わり)


                    南風原町喜屋武の散歩(3) 綱引き

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                      黄金森から名護之殿に戻り、喜屋武集落のナカミチ(中道)をナカヌカー(中の井)に下りました。

                      ナカヌカーは既に枯れ、今は拝所。近くにあった池も埋め立てられて公園になっています。



                      次の写真。手前の芝地は中毛小、奥がナカヌカー公園です。以前、かすりの道を歩いた時に、ここへ来ました。




                      公園右手の道がメーミチ(前道)で、旧暦6月の綱引会場です。

                      喜屋武集落では生まれた家の門中で、綱引きの東西が決まります。集落内で他の門中に嫁いだとしても、それは変わりません。

                      つまり、生まれた家が西なら、生涯、西の綱を引くので、夫婦や親子が東西に分かれることがあります。他の集落では、集落の中ほどにあるスージで東西に分けることが多く、喜屋武集落の組分けは珍しいと言えます。


                      しかし考えてみれば、東西を単に住所で分けるより、門中で分けたほうが燃える気がしますね。門中の威信に賭けて綱を引くということ。

                      綱引きは夜に行われますが、当日の夕方、西の女の子が東の友人宅へ出向き、

                      「今夜の綱引きは延期ってよ〜。明日は頑張ろうねぇ。」

                      と声をかけます。

                      一方、西の家に嫁いだ東の奥様は、晩酌で亭主にどんどん酒を飲ませ、戦闘不能にします。

                      どうしてもオバぁ(西)と一緒に綱を引くと言う孫(東)の申し出に、オバぁは孫と共に東の綱を持ち、西に引いたそうです。

                      笑わしますねぇ。

                      この綱引きは、カレンダーに書き込む必要があるでしょう。

                      (続く)


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