ゲート通りにあるセイコーの看板

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    コザのゲート通りを歩いてたら、こんな看板がありました。

     

     

    ツイッターなら「ゲート通りに古いセイコーの看板がありました。変なの(笑)」とか呟いていればいいけど、ブログは何かを語らないとね(^^)

     

     

    赤いクーペはトヨタソアラ。高級車ですねぇ。せっかくだから、下から順に見ましょうか(笑)

     

    一階はdemure(デミューア)。レディースのウェア、シューズ、バッグなどのインポート商品を扱っています。

     

    建物が古いので「えっ、入って大丈夫?」とひるむかもしれませんけど、こちらが店内の写真。大丈夫みたいです。

     

     

    パーティードレスの品揃えが充実しているそうで、在沖米兵の奥様お嬢様御用達。美浜とおもろまちにも店舗があり、そちらはカジュアルな商品が豊富とのこと。客層が違うんですね。

     

    セイコーの看板を見たい人はこのシンプルな地図に従って、デミューアを目指して下さい。

     

     

     

    デミューアの横には、二階店舗の入口があります。

     

    Crossed Pistonsは米兵向けのバーです。

     

     

    お店のFacebookを見ると、ジェレミー君の送別会の案内などがありました。SAY SAYONARA。

     

     

     

    一階も二階も、ちゃんと商売してますね。では、三階は何でしょう。物置きか、アパートか。

     

     

    屋上へはこの部屋の窓から上がるしかないみたいです。階段を支えてる4本の支柱の頼りないこと。

     

    セイコーはこの建物のオーナーに、いまでも広告費を払い続けているのか?。それは無いよねぇ。

     

    広告契約が完了してるのなら、その時にセイコーは看板を撤去するはず。何故、そのままなのか?

     

    オーナーがね。

     

    「看板の撤去?。えー、そんなのはこっちでやるさ。なんで。みんなそうしてるさ。あんたなんか変な人達だね。だー、お金を渡しなさい」

     

    と、受け取ったお金を借金の返済に回し、そのまま今日に至る。のか?(笑)


    沖縄市住吉の社交街

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      沖縄市住吉1丁目の社交街跡。入口は閉鎖されています。

       

       

      私はこの社交街について何も知りませんので、この投稿は私の推測。信用してはいけません(^^)

       

       

      沖縄戦が終わった1945年。嘉間良収容所(キャンプ・コザ)による人口増で、越来村は胡差市に昇格しました。初めて沖縄の地名にコザの名前が付いたものの、収容所の縮小により1年も経たないうちに再び越来村に降格してしまいます

       

      畑以外には何も無い越来村でしたが、そこからの10年間、嘉手納基地の建設に併せて、村は飛躍的な発展をとげることになります。そして、1956年に再び市政を敷き、コザ市と名付けられたのです。

       

       

      1959年のコザの地図です。

       

      琉球政府道の13号線と24号線が交わった場所がコザ十字路。茶色に塗られた区域が市街地で、地図の左上に白人街があった八重島。右上に越来。右下に黒人街があった照屋。

       

      コザ十字路を起点に幹線道路に沿って、さらにはスージへと、触手を伸ばすように街が広がりました。

       

       

      コザ十字路に近い住吉にも繁華街が形成され、映画館(コザセントラル劇場)が営業を始めました。この社交街が出来たのは、その頃でしょう。


      建物の中を覗いてみましょう。

       

       

      中央に廊下があり、両側にホテルの部屋のように店が配置されてました。と思ったら、これは二つの建物の上に屋根を乗せてるようです。一種のアーケードか?

       

       

      戦争で建物が焼け、高い塀だけが残っていた敷地があって、長屋のような建物を建てて飲食店を入れました。今で言うスナックビルのようなもの。

       

      組合があるような、つまり住吉社交街と呼べるようなシロモノではなくて、看板に社交街と書いただけの社交街。

       

      建物に歴史的な価値があるわけではなく、特筆すべき出来事もないまま60年が経過し、当時は若かったママも客も老いてしまったと。

       

      そういうこと?(笑)

       


      コザの散歩(16) エイサーの街

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        コザの一番街です。アーケードの排水管に、各青年会の旗印(サイン灯)が取り付けられています。

         

         

        左が池原青年会で、右が松本青年会。沖縄市には23の青年会があり、その全てがここに揃っています。

         

         

        マンホールの蓋には、エイサーキャラクターのエイ坊と、

         

         

        サーちゃん。

         

         

         

        先日、胡屋交差点のエイサーキャラクター(銅像)を紹介しましたが、中の町なかどおりの入口にもいます。

         

        エイ坊(大太鼓)とサーちゃん(イナグモーイ)

         

         

        通りを挟んだ向いに、さなじい(サナジャー)とたーくん(締太鼓)。

         

         

        締太鼓がどうしてたーくんなのか、いくら考えても分かりません。まさか太鼓の"た"ってことは無いよね(^^)

         

         

        こちらの街灯には、

         

         

        全島エイサーのロゴと青年会の名札。

         

         

        中の町なかどおりには旗頭をデザインした街灯があり、支柱に組み込まれたカプセルにエイサー人形が入ってます。

         

         

        例えばこの街灯は高原青年会。人形の衣装は青年会の衣装と同じデザインで、青年会を紹介するプレートが貼り付けてあります。そして、夜になると点灯して足下を照らしてくれます。

         

         

         

        一つ前の投稿で「人の手が街に行き届いてる」と言いました。エイサーというコンテンツを生かした街づくり。良くできてると思います。

         

        残念なのはエイサー人形のカプセルが曇っていたこと。これが以前のコザのイメージなんですよ。何かを仕掛けるんだけど、途中でほったらかし。訪問者に「やる気あんのか?」と思わせては台無しです。

         

         

        全島エイサーのオフィシャルビデオがありました。コザの街とエイサーの関係が良く分かりますので、是非どうぞ。

         


        青年会のメンバーがエイサーとは何かと問われて、「人生」、「全て」、「誇り」などと答えてました。エイサーが無かったら、彼らはどんな夏を過ごしてたんでしょうね。

         

         

        最後の写真は「中の町ビアガーデン」が入っているビル。ゴヤ市場仲程ニィニィのお店です。

         

         

        (終わり)


        コザの散歩(15) パークアベニュー

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          こちらはパークアベニューのとある建物。



          1991年に結成されたディアマンティスが2003年まで活動の拠点にしていた「パティ」がここにありました。このシャッターから階段を下りた地階です。



          「パティ」閉店の少し前、観光客の私は下の写真の位置に立っていました。20年近く前。




          その夜、ディアマンティスがライブをやってたんですよ。それなのに、どんな用事があったのか「また次回」と思って、この場を去ってしまったのよねぇ。そして次に来た時「パティ」はありませんでした(泣)



          シャッターの隙間から強引にシャッターを切るオヤジ(私)。



          「パティ」閉店後10年近く、この階段に「パティ」のネオンが残っていたそうです。


          そのネオンをビルのオーナーから譲り受けたのが、名古屋の「OKIMAWA Asign bar KOZA」のオーナーでした。



          修理して、再び灯ったネオン。そりゃあアルベルトが喜んで名古屋に来ますってば。



          ネオン回収の経緯はKOZAのオーナーのブログでどうぞ。楽しいですよ。


          KOZAにパティ復活???


          コザを出たディアマンティスは、久茂地の「パライソ」に拠点を移し、後に「パライソ」と共にJALオクマに移りました。その「パライソ」も今はありません。



          この建物を見るためにパークアベニューに来ましたが、それでは愛想がないので少し歩きましょう。


          ライブハウス「鼓響館」は紫のchibiこと宮永英一さん(69)のお店です。まだまだお元気で活動中。



          久しぶりのパルミラ通り。



          な〜んか、いい雰囲気になってました。



          中の町、プラザハウス、パークアベニューと歩いて感じることがありました。ひょっとしたら長い低迷時期を抜け、コザの街が復活するかもしれません。


          営業自粛中の街を歩いて何が分かるの?と言われそうですが、人の手が街に行き届いてるんですよ。あきらめ切った雰囲気だった街に、活気が戻ってる気がします。


          ひょっとしたらひょっとするな、これは。


          (続く)


          コザの散歩(14) コザ市中央公園

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            「沖縄こどもの国」の正面駐車場の右手奥に、もう一つの駐車場があり、そこから見上げた丘の上に鉄骨の展望台が見えました。さっそく登ってみましょう(^^)

             

             

            おぉ、これは期待できそうです。展望台の標高は首里城よりも高いとのこと。

             

             

            階段の下まで来ました。必要以上に守られていない感じがいいんじゃないの?(笑)

             

             

            ウッヒョ〜!!

             

            *・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

             

             

            最高じゃないですか。コロナに抑制された暮らしの中、胸がすくような思いです。

             

            上の写真は東向きの眺めで、右端に泡瀬の埋立地。左端から中央あたりまで延びる与勝半島。

             

            では、動画でぐるっとどうぞ。南→東→北→西→南の順です。

             

             

            これほど完璧な360度の眺望は、伊江島タッチューの山頂以外は思いつきません。いやぁ、素晴らしい展望台でした。

             

             

            展望台の下にこんな石碑がありました。

             

             

            コザ市中央公園竣立記念。コザ十字路やコザ高校など、コザの名前はよく目にしますが、コザ市は珍しいと思います。

             

            執行者はコザ市長の大山朝常氏で、竣工は1967年1月となっています。

             

            コザの年表を整理しましょう。

             

            1956年6月 越来村がコザ村に改称

            1956年7月 コザ市発足。市長はコザ村長が継承

            1958年9月 初の市長選挙で大山朝常氏が当選

            1967年1月 コザ市中央公園竣工

            1970年12月 コザ暴動

            1971年6月 沖縄返還協定締結

            1972年4月 沖縄こどもの国開園

            1972年5月 沖縄返還

            1974年3月 大山朝常氏市長退任

            1974年4月 沖縄市発足

             

            初代コザ市長はコザ村長(越来村長)が継承したので、選挙で当選したコザ市長は大山朝常氏だけってことになりますね。

             

            かつてこの一帯に広がっていたコザ市中央公園は沖縄こどもの国の敷地になったようです。

             

             

            さて、来た道を戻りましょう。

             

             

            坂道の下に見える白い屋根は駐車場横にある展望台です。眺望が得られるのは東向きだけですが、沖縄こどもの国は全域を見渡せます。

             

            下の展望台から眺望を楽しんだウチナーンチュが振り返り、丘の上にも展望台があることに気付いたとしますね(最初の写真参照)。しかし、上の展望台まで行こうするウチナーンチュは少ないでしょう。

             

            「えっ、上の展望台のほうが見晴らしが良さそうなのに行かないの?」

             

            と思うかもしれませんが普通は行きません。行くとしても2割くらいかな(笑)

             

            (続く)


            コザの散歩(13) プラザハウス

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              1954年に開業したプラザハウスは日本初のショッピングセンター。開業当時の写真が壁面に貼られていました。

               

               

              車は右側通行。プラザハウスの奥にはかつての米軍泡瀬ゴルフ場(現在のイオンモール沖縄ライカム)が写ってます。さらにその背後には中城村の海。

               

               

              開業当初、プラザハウスは駐留米軍とその家族を対象とした施設でした。

               

               

              英語と接客マナーをマスターした沖縄の女性が店員として雇用されました。

               

               

              彼女達は米国人の豊かな生活に驚き、どうして日本はこんな国に喧嘩を売ったのかと呆れたことでしょう。

               

               

              後にプラザハウスは日本人にも解放され、集客能力の高い観光施設になりました。

               

               

               

              さて、この日のプラザハウス。

               

               

              コロナの感染防止のため、営業していたのは食品売場と一部の店舗だけでした。

               

               

              以前、食品売場にはかねひでが入ってましたが、ロジャースと入れ替わり、輸入品の品揃えが充実していました。スーパーと呼ぶよりはセレクトショップ。

               

               

              オープンエアの中庭。

               

               

              雨の日は屋根が閉まります。

               

               

              数年前、私はプラザハウスはその役目を終えたと思いましたが、この日はまったく印象が違いました。

               

              施設の手入れが行き届いていて、他のショッピングセンターとは一線を画した、独自の存在感を高めてゆく気配がありました。

               

              「プラザハウスなら知ってるよ」って方でも、数年来てないのなら是非お越しを。

               

              (続く)


              コザの散歩(12) コザの民謡酒場

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                中の町に来ました。

                 

                饒辺愛子さんの店「なんた浜」。

                 

                 

                「稼いでるんだなぁ。建物が新しいわ」と思ったら、これ、古い3階建の1、2階部分にボードを貼っただけ(^^)。愛子さんが「だからね」と言いそう。

                 

                ここのステージに立つ仲宗根創さんは、私が沖縄に通い始めた頃、林賢さんのアジマァレコードからCDを出し、天才少年と言われてました。その後、登川誠仁さんに師事。彼の動画を見ると、誠仁さんが確かにそこにいます。

                 

                店の入口の横にはこんなプレートがありました。

                 

                 

                (故)竹中労さんについては、琉球フェスティバルを始めた人くらいの認識しかありませんが、沖縄芸能をヤマトに広めたことで、ウチナーンチュから慕われた人のようです。今で言えば宮沢和史さんのポジションか?

                 

                 

                こちらは宮古そばの有名店「愛」。

                 

                 

                飲む前に腹ごしらえしたり、その日の夜をここでシメたり。営業時間がそんな風(^^)

                 

                 

                飲み屋のビルにはスパイダーマン。

                 

                 

                こいつは確かにスパイダーマンなんだけど、本物とは何かが違う。左手を差し出してるけど、手首から糸を出して隣のビルに飛び移る姿を想像できないのよ。「そこで何してんの?」と「危ないよ」って感じ。

                 

                上手く言えないから、中の町なかどおりで見て(笑)

                 

                 

                我如古より子さんの店「姫」。

                 

                 

                数年前に那覇に店を出し、より子さんは掛け持ちしていたようですが、今は那覇に専念してるようです。店の看板も「泡盛ライブBAR ひめ」になってました。

                 

                 

                胡屋交差点近くの「友人(とぅしび)」は山里ユキさんと饒辺勝子さんの店。

                 

                 

                民謡酒場ではなくてスナックだからね。大御所のお二人がカウンターを挟んで目の前に立ってると思うとひるむよねぇ(^^)

                  


                (続く)


                コザの散歩(11) 八重島旧白人街

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                  以前、照屋の旧黒人街を歩きました。そしてこの日は八重島の旧白人街。コザの散歩は続きます。

                   

                   

                  事前に調べた写真では左手の壁に「Club」の文字

                  があったのに、落ちてしまったようです。

                   

                  「Club Waltz」

                   

                   

                  こちらは現役の店でコーヒーハウス「響」。かつてのAサインバーです。

                   

                   

                  「響」の店内はこうなってるようです。コロナによる営業自粛か、この日はお休みでした。

                   

                   

                  終戦後、この一帯は「ニューコザ」と呼ばれた大歓楽街でした。数十軒のクラブやバーが並び、数百人の女性がそこにいました。

                   

                  それにしても、戦勝国の兵士が敗戦国の女性をレイプしてよろしいとするのはどういう理屈なんでしょう。

                   

                  基地に隣接した歓楽街で働く女性達は、住宅街へ米兵が侵入することを食い止める役割を果たしていたと思います。

                   

                  戦争で夫を失い、年寄りと子供を抱えた若いお母さんは、歓楽街で春を売ること以外に、生きてゆく方法を見いだせなかったでしょう。


                   

                  大昔から人々が暮らしていた場所に基地ができたことは、調べればすぐに分かるのにもかかわらず、「何も無かった場所に基地ができて、そこに人が集まってきた」と寝言を言う人達がいます。

                   

                  集まってきた人達がいるとすれば「ニューコザ」で働いていた女性達があてはまるかもしれません。しかし、それは彼女達に失礼

                   

                   

                  こちらは八重島から南に下って、諸見百軒通りのお店。

                   

                   

                  さて、何て書いてあるでしょうか?

                   

                  正解は「new minato」。重ね塗りした文字が剥がれると、読み取ることが難しくなりますね。

                   

                  今年の夏。この通りに園田青年会や山里青年会は現れるのか?。両者のガーエーを見ることができるのか?

                   

                  (続く)


                  コザの散歩(10) コザゲームコーナー

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                    以前、コザ十字路とその周辺を2回に分けて歩いたことがありました。

                     

                    コザの散歩(1) コザ十字路

                    コザの散歩(6) コザ旧黒人街

                     

                    その時、読者のひらひらさんからコメントがあり、知名定男さんのアルバム「うたまーい」のジャケットをこのあたりで撮ってるはずだと。随分時間をかけて探したけど見つからなかったと。お前も探せと(笑)

                     

                     

                    「よっしゃ、見つけてあげようやないの」とやる気を出したものの、見つけることができませんでした。ジャケットの右上にコザの文字が見えるんだけど、続きを一文字でいいから見せて欲しかった。

                     

                    それ以来、コザ十字路を通るたびに、やり残し感で胸がチクチクしてました。

                     

                     

                    そしたら今日。ナイチャーさんからコメントをいただいて、ジャケットの建物はコザ十字路にあったゲームセンターだと。

                     

                    さっそく検索したら、おおっ!!

                     

                     

                    間違い無いでしょう。一階の窓の位置、右側面にコザの文字。

                     

                    このゲームセンターは2006年に閉店。その後建物が取り壊されて、今は海邦銀行十字路支店になっているとのこと。いくら探しても無いはずです。

                     

                    ストリートビューで海邦銀行の背後の建物を確認したら、上の写真と一致しました。間違いありませんね。

                     

                     


                    こちらは入口の写真。

                     

                     

                    右手の白い壁の建物は取り壊され、今は葬儀会館になっています。

                     

                     


                    右側面の写真もありました。このコザの文字がジャケットに写ってたんですね。

                     

                     

                    建物が無くなっていたことは残念でしたが、場所が判明し、建物の写真も見れたので満足です。


                    ナイチャーさん、ありがとうございました(^o^)/



                    (追伸)


                    最後の写真にバスが写ってますね。詳しい説明は省略しますが、この型式は琉球バスの空港・具志川線です。


                    私が沖縄に来たのは2009年で、翌年の2010年に、このバスに乗って具志川の飲み会に参加しています。


                    海邦銀行十字路支店の移転・新築が2011年らしいので、それまでコザゲームコーナーの建物が残っていたとしたら、私はそれを見てますね。記憶には無いけど、網膜には写ってる(笑)


                    「だから何?」って、そんな言い方はやめなさいね

                    。写真のバスに私が乗ってるかもしれんでしょ?(^^)


                    コザ・てるりん祭 2018 ツイート集

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                      JUGEMテーマ:地域/ローカル

                       

                      先日投稿したコザ・てるりん祭。twitterの反応が良いので、こちらにまとめました。

                       

                      園田青年会のエイサー動画は再生回数が1000回を超えそうです。皆さん「7月エイサーまちかんてぃ」してますねぇ。

                       


                      年中口説は、林助さんの「年中行事口説」に林賢さんが曲を付け直したもの。その際、林賢さんがタイトルから「行事」を抜いたことに林助さんは機嫌が悪かったそうです。結局、林賢さんは「行事が抜けても意味は通じる」と自分の考えを通したそうで、それを何かの本で読みました。

                       

                      てるりん祭にこの曲を選んだのは、林賢さんの林助さんに対する敬意の表れでしょう。こちらの再生回数も600回。いい曲なのにライブではあまり選ばれませんね。



                      この日は写真はオッケーで動画はNG。まあ、そこをこっそり撮ったんですが、てるりん祭実行委員会が動画に「いいね」してくれた上に、私をフォローしてくれたんです。これって「許す」ってことよね(笑)


                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       



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                      念願の沖縄生活を始めて10年になりました。
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