読谷の空は何故広いのか

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    座喜味城跡公園から真栄田岬方向を眺めています。


     

    本来なら恩納村や本部半島がくっきり見えるはずですが、梅雨明け前ですから贅沢は言えません。

     

     

    それにしても、読谷の空は広いわぁ。

     

    何でこんなに空が広いのか、私なりに考えてみました。超簡略化すると、読谷はこんな地形なんですよ(笑)。お皿を裏返したカタチ。

     

     

    海岸から斜面を登った所、つまり皿の底の部分に広い平地があります。

     

    高台の平地ですから飛行場にはうってつけで、かつて日本陸軍の沖縄北飛行場がここにありました。   

     

    CIMG4404smap2.jpg

     

    沖縄戦の後、こんな一等地を米軍が手放すはずがありません。この平地(皿の底)が読谷村民に返還されたのはつい最近で、2006年のことです。そしてその翌年、あの象の檻が撤去されました。

     

     

    私が農連市場に来る前、2010年の飛行場跡です。

     

    CIMG4404s.jpg

     

    まあ、道路と言えば道路ですが、信号も交差する道も無く、コンクリートの地面が延々と2km続いてました。暴走族対策で、舗装面がわざとデコボコにしてあった記憶があります。

     

     

    先程の皿をイメージしましょう。私は今、皿の底に立ってます。すると海は見えないわけですよ。そして、地平線(?)がすぐそこにあって、そっから上の全部が空(笑)。

     

    北海道の空も確かに広いのですが、あそこは広い大地のずっと先に地平線があり、それだけ空が狭くなってるわけです。その点、読谷はすぐそこからが空(笑)。読谷の空が広いわけです。

     

     

    さて今、読谷の皿の底には、村役場や野球場、陸上競技場、学校などが完成しています。今のところは必要な施設を並べてみた感じで、土地にはまだまだ余裕があります。

     

    その土地をどう使うか、読谷村は思案のしどころですね。おもろまちや北谷のような商業施設の街をつくっても、村民が買物するだけでは成り立ちません。かと言って、紅芋畑ではもったいない気がします。

     

    もっとも、元はと言えば読谷村民の土地。そこを空き地にしようが、紅芋畑にしようが、他所からあれこれ言われる筋合いはありません。村民が暮らしやすく、生活が潤うような土地活用法を、じっくり考えていただきたいものです。

     

     

    ところで観光客の皆さん。皿の底から海に向かう斜面(皿の名称で言えば胴の部分)は絶好の撮影スポットです。

     

    下り坂の先に広がる青い海。海岸から眺めるよりも、ずっと海が広く見えます。左右がウージ畑で未舗装の道ならなお良いでしょう。是非、絶景スポットを探してみて下さい。思い出になる一枚がきっと撮れるはずです。

     

    つまり、読谷は空も海も広い(笑)

     

     

    Twitterに湧き水の動画をツイートしました。読谷村伊良皆の上ヌカー。尚巴志の墓がある佐敷森のすぐ近くです。

     


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    沖縄の生活、文化、風土、音楽、政治などの話題を投稿しています。 (y_mizoguchi@yahoo.ne.jp)
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