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テンペストの登場人物(1) ベッテルハイム(中)

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    キリスト教は禁教でしたから、琉球王府にとって、ベッテルハイムは厄介者でした。

    本当はすぐにでも帰国して欲しかったのでしょうが、渋々、那覇で生活することを認め、宣教活動についても黙認していたようです。そして、役人を張り付け、活動を監視することにしました。

    さて、やる気満々のベッテルハイムはなんと半年で琉球語を習得し、街で説教を始めました。最初の一言は、当然、「ぐすーよー(みなさん)」ですね。

    言葉を習得するために、当初、琉球王府の通訳官に協力を求めたところ、断られ、仕方なく近所の住民や自分を監視している役人との会話で言葉を習得したようです。

    それからの一年間、ベッテルハイムは街角に立ち、人が集らなければ集まっている所に出向き、大声で説教を続けました。同時に聖書の翻訳にとりかかり、さらには医者として、西洋医学の普及活動にも着手しました。

    後に、ベッテルハイムはここまでの一年半を「黄金期間」と呼んだそうです。


    ところが、ベッテルハイムは尚育王の国葬で大トラブルを起こしてしまい、以降、王府から厳しい制約を受けることになり、住民からも嫌われてしまいます。

    町で説教を始めても誰一人集まらず、人の居る場所に向かうと誰もいなくなりました。民家を訪ねても戸を閉ざされ、苦肉の策で配布を始めた宣教用の冊子は、片っ端から役人が回収しました。

    ベッテルハイムが常に犬を連れていたことから、付いたあだ名がインガンチョー(犬眼鏡)。このあだ名はウチナーグチになり、最近まで、嫌われ者の意味で使われていたそうです。

    それでも、ベッテルハイムのやる気は衰えず、朝早くから夜がふけるまで、宣教活動を続けました。その活動量に役人が音を上げ、監視は一日二人の交代制になったそうです。

    ベッテルハイムには妻と三人の子供がいました。妻のエリザベスは、夫の活動を献身的に支えました。琉球で生まれた三人目の子供はリューチューと名付けられました。

    しかし、黄金期間はとっくに終わっていたのです。すでに8年が過ぎ、35歳のベッテルハイムは43歳になっていました。


    やがて、英国のスポンサーは、宣教活動の不調はベッテルハイムのタンチャー(短気)な性格に原因があると判断し、活動費の支給を止めてしまいました。

    とうとう、ベッテルハイムが琉球を去る日が来ました。来琉したペリーの軍艦に乗り、ベッテルハイムは米国に渡りました。もう英国には帰れなかったのかもしれません。


    魂が揺さぶられるほど喜び、楽園に思えた琉球を、船の甲板に立つベッテルハイムは、どんな気持ちで振りかえったのでしょう。

    辛かったでしょうね。沖縄移住者の私にとって、他人事ではありません。(続きます)

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