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テンペストの登場人物(2) 尚泰王

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    琉球王朝最後の王は尚育の次男尚泰でした。

    父の尚育が34歳の若さで病死したことや、兄が13歳で亡くなったことから、尚泰はわずか4歳で琉球国王に就いています。

    20110925181258_0.jpg

    そして、1879年の琉球処分により王国は消滅してしまいます。尚泰が45歳の時です。

    首里城の明け渡しを体験した人は昭和の初期頃まで健在で、数多くの証言が記録に残されています。

    明治政府の琉球処分官が軍隊とともに首里城に来た際、戦いを挑もうとする意見もあったようです。しかし、尚泰は「アラン、シンカヌヌチ、タブイセーマシ(いや、臣下の命をながらえたほうがよい)」と述べ、城の明け渡しに応じました。


    尚泰は1879年3月29日の夕方、首里城東側の継世門から城を出ました。人々の泣き叫ぶ声の中、王の行列はまるで葬儀のようだったそうです。

    尚泰の引越し先は、尚家の後継ぎに与えられていた中城御殿でした。龍潭(りゅうたん)の畔にあり、首里城を正面に望めます。

    20110924182329_0.jpg

    写真家の坂本万七さんが戦前の中城御殿を写真におさめていました。

    こちらが正門で、

    20110925175703_0.jpg

    次が正門裏です。

    20110925175722_0.jpg

    以降、尚泰は侯爵の身分を与えられ、主として東京で生活します。そして、1901年に59歳で亡くなりました。墓所は琉球王家の陵墓・玉陵(たまうどぅん)です。

    国家の侵略、併合、吸収が、つい最近行なわれたことに、あらためて気付きます。

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