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首里の中城御殿跡

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    首里城を出た尚泰や家臣が移った中城御殿(なかぐすくうどぅん)は龍潭(りゅうたん)の畔にありました。

    20110924182329_0.jpg

    首里城を写真に撮るには良い場所ですが、城から少し距離がありますので、ここまで来る観光客は少ないようです。

    その場所の東側に長い塀が続いています。かつて中城御殿を囲んでいた塀で、戦後復元されたものです。

    20110925175424_0.jpg

    次の写真が正門のあった場所です。

    20110925175447_0.jpg

    つい最近まで沖縄県立博物館がここにありましたが、おもろまちに移転したため、現在は空地となり、御殿跡の発掘調査が行なわれています。

    20110924182514_0.jpg

    中城御殿の間取りはこんな感じです。元々、琉球国王の後継ぎの住む御殿でしたから、立派な造りです。

    20110924183215_0.jpg


    尚家の財宝の大半は、中城御殿で保管されていました。王冠や衣裳、調度品、古文書や国王の肖像画などです。

    沖縄戦が近づいたため、それらの財宝を御殿の金庫や蔵、地下の洞穴などに移したのですが入りきれず、御殿の部屋に溢れていたそうです。その作業にあたった一人が真栄平房敬(まえひらぼうけい)さんです。

    この方の祖先は代々尚家に仕えており、御自身も中城御殿に出入りされていました。

    戦後、南部に避難していた真栄平さんが首里にかけつけたところ、首里城も中城御殿も焼失していましたが、金庫や蔵は奇跡的に残っていました。

    ところが、その中にはあるはずの財宝がありません。どうやら、米軍が戦利品として本国へ持ち帰ったようです。戦後、その一部が米国で見つかったため、今も米国のどこかにあることは間違いないようです。


    10年ほど前に、真栄平さんたちの記憶を頼りに財宝のリストが作成され、その一部が米連邦捜査局(FBI)の盗難美術品ファイルに登録されました。つまり、見つかれば戻ってくるのです。

    その量や質は、現在、沖縄県立博物館や那覇市歴史博物館に保管されている物とは比較にならないそうです。


    尚家の財宝が沖縄戦で失われなかったことは幸いでしたが、戦後66年も経って、いまだに見つからないのは困ったことです。財宝の一部が見つかった時が捜索のチャンスだったようですが、その時に沖縄県(もしくは琉球政府)が積極的に動かなかったようです。

    駄目ですねぇ。

    コメント
    コールドケースみたいですね。
    FBIか〜。
    沖縄出身の日系人捜査官がいると、がんばってくれそうですが。
    • 大阪のおばちゃん
    • 2011/09/26 1:30 PM
    コールドケースかぁ。

    66年も経ってるので、簡単ではないでしょうね。

    米軍兵が個人的に持ち帰ったものは、とっくに売られてるでしょうからね。

    FBIのファイルに登録したのは、王冠や黄金のかんざしなど、最重要な13点だそうです。

    豊かな文化や歴史を持ちながら、博物館に展示する品が無いってのは、情けないものがあります。
    • coralway
    • 2011/09/26 2:03 PM
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