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琉球文化の伝承 鎌倉芳太郎さん(3)

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    鎌倉芳太郎さんの話に戻ります。

    鎌倉さんの沖縄に対する興味は、建築、彫刻、絵画、工芸など多岐にわたりました。そして2年の任期を終え、一旦東京に帰り、母校である東京美術学校の教官となります。

    鎌倉さんの熱心な活動に感銘を受けた、東京美術学校校長が東京帝国大学の伊東教授(建築学の重鎮)を紹介し、以降、二人は共同で沖縄研究を進めることになります。

    1879年の琉球処分後、首里城は荒廃が進んでいました。尚家が中城御殿に移った後、首里城に残っていた物はすべて持ち去られ、内装の板まで外され、正殿内などは見るに堪えない状態になっていたようです。

    昭和の始めころ、とうとう首里城の解体が決まり、工事が着手されました。それを知った鎌倉さんは、伊東教授に連絡し、伊東教授の働きかけにより、首里城正殿は解体直前で、難を逃れることになります。

    そして、その翌年、首里城は一転して国宝の指定を受け、今度は修復工事が施されることになりました。鎌倉さんと伊東教授の連携が、首里城を危機一髪のところで、救ったことになったのです。

    次の古い写真は、当時の修復工事の様子を撮影したものです。

    20120218213041_0.jpg

    正殿に向かって右側、南殿に隣接した場所に、長方形の穴が見えます。ドラマ「テンペスト」で、寧温が御庭から御内原への抜け道に使っていた、暗しん御門(うじょう)です。今の首里城では、まだ復元されていません。

    (続く)

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