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国場の散歩(19)張献功の子孫(その3)

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    張献功(ちょうけんこう)は名前からわかるように、朝鮮から琉球王国に帰化した方です。当時の国名では高麗になります。

    高麗の陶工、張献功の子孫が何故国場に住んでいるのでしょう。

    豊臣秀吉が朝鮮半島に侵攻した「文禄・慶長の役」で、張献功は高麗から連れ去られ、薩摩に住んでいましたが、陶工を必要とした琉球王国が彼を譲り受けたようです。

    秀吉は、朝鮮半島を足掛かりに、中国やインドに進出しようとしていたらしいのです。さすが太閤さんはスケールが違います。

    そして、現在の上嘉数の当主は、張献功の14代目にあたるそうです。

    張献功は現在の牧志あたりに住んでいたらしく、墓所もその近くのようです。

    渡嘉敷三良の墓が何故牧志にあるのか不思議でしたが、三良や張献功らは、牧志に陶工村を形成し、その一団が、後に壺屋に移ったのですね。

    それならば、二人の墓所が牧志にあっても納得です。

    (終わり)

    コメント
    いつもながらの素晴らしい記事に脱帽です。
    改めて学ばせていただきありがとうございました('∀'●)
    • くるるんしー
    • 2012/03/17 2:10 PM
    国場の散歩も、当初はサガリバナが綺麗だの、赤瓦が美しいだの言うてましたが、19回目ともなると、ディープになってきました。

    こんな町内情報ばかりやってると、読者が減りはしまいかと、ひそかに心配しています。
    • coralway
    • 2012/03/17 2:22 PM
    私見ですが、在り来たりな情報よりディープな情報を欲する人達は、今後徐々に増えてくると思います。勿論情報の出し方にもよるのでしょうが、杞憂だと思いますよ('∀'●)
    • くるるんしー
    • 2012/03/17 2:42 PM
    ありがとうございます。

    それでは、この路線で頑張ります。

    (って、軽いな)
    • coralway
    • 2012/03/17 2:49 PM
    はじめましてコメントさせて頂きます。
    記事を少し訂正しますと、

    王氏高麗王朝(918年〜1392年)

    李氏朝鮮王朝(1392年〜1910年)

    なので、張献功(韓国語発音:チャン・ホンゴン)が琉球に来たの当時の国名は「李氏朝鮮」ですね。

    琉球と朝鮮は同じ中華文化圏の国ですが、他にはどのような関わりがあるのか知りたいですね。
    • 芙蓉
    • 2013/12/21 1:17 PM
    芙蓉さん

    間違ってますね。ありがとうございます。

    高麗人の張献功とすればよかった。

    また、お越し下さい。
    • coralway
    • 2013/12/21 4:56 PM
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