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沖縄の復帰から40年(2)若泉敬さん

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    若泉敬さん(1930-1996)は沖縄の返還交渉において政府の密使を務めた政治学者です。

    20120321150847_0.jpg

    沖縄を「核抜き・本土並」で復帰させることは、当時の政府方針でした。そして、沖縄の復帰の年に閣議決定された非核三原則「核兵器をもたず、つくらず、もちこませず」は日本の国是となりました。

    「核兵器をもたず、つくらず」は、日本が米国の核の傘に入ることを意味し、一方で「もちこませず」とすることには矛盾がありました。当時は、核抑止力を持つことが最も有効な軍事戦略とされていて、在日米軍が核を日本にもちこめないのでは、その存在意義が失われてしまいます。

    若泉さんは、佐藤首相の命により、米国と密約を結ぶ交渉を行ったのです。つまり、「緊急事態に際し、事前協議をもって核兵器を再び持ち込む権利、および通過させる権利」を米国に与えたわけです。この密約があったので、日本政府は表面的には非核三原則を実現できたことになり、米軍はフリーパスで沖縄を含む日本国内に核を持ち込むことができたのです。

    この密約は、佐藤首相とニクソン大統領との間で1969年に締結され、その3年後に沖縄復帰が実現しますが、この密約が無ければ、沖縄の復帰は難しかったかもしれません。


    若泉さんは、それ以降、自責の念にさいなまれ、1994年の著書「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」で、この密約の存在を暴露しました。そして、2009年に佐藤元首相の自宅から、この密約の覚書が発見され、2010年に日本政府が密約の存在を認めるに至ります。

    ご本人の心情は著書のタイトルの通りだったのでしょう。沖縄復帰のためには他に方法が無かったと考えたのですね。若泉さんは、上記の著書の英訳版を発行し、その直後に亡くなっていますが、それは自殺ではなかったかと言われています。

    私のまったく心情的な意見ですが、彼は沖縄の復帰の功労者の一人であろうと思います。


    この記事の趣旨とは異なりますが、民主党の中井洽さんは、いったい何をやってるんでしょう。モンゴルで北朝鮮の大使と密談する予定が、出発前からバレバレで、情報管理能力の欠落をさらけ出しました。密約の是非以前の問題で、まったく情けない。まあ、彼に頼むほうも頼むほうですが。


    コメント
    若泉 敬さんの「他策ナカリシヲ信ゼムと欲ス」は最近わたしが読んだ書の中で抜きんでて秀作です。
    野村さん、ありがとうございます。

    山中貞則さんの記事をTweetしていただいた方でしょうか。

    間違い無ければ、ありがとうございます。
    • coralway
    • 2012/08/16 12:18 AM
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