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琉球王朝の王妃廟「天王寺」跡

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    琉球王朝の第二尚氏の時代、円覚寺、天界寺、天王寺は三大廟と呼ばれていました。いずれも現存しません。

    廟は祖先の霊を祀る場のことで、墓所(第二尚氏は玉陵)とは別に設けられていました。つまり、仏教における仏壇の位置づけで、上記三つの寺がその役割を果たしていたのです。

    そのうち、天王寺の跡がこのピンの場所にあります。

    20120327194539_0.jpg

    今、跡地にはキリスト教会があり、天王寺の石垣だけが残っています。

    20120327191842_0.jpg

    それから、龍譚通りを挟んだ向かいに、天王寺の井戸が残っています。天王寺の敷地内は地下水が無かったらしく、この井戸で生活用水をまかなったようです。

    20120327201759_0.jpg

    円覚寺が建立(1494)され、それまで王廟の位置にあった天王寺は、王妃の廟と格下げとなりました。

    そして1734年、天王寺は改修により、大殿、小堂、方丈、厨庫、大殿の前の儀門などが整備され、円覚寺にひけをとらない規模となったようです。

    この天王寺の古い写真は、大殿ではなくて、方丈のようです。つまり、住職の住まいです。

    20120327191902_0.jpg

    そしてこちらが、円覚寺の跡地です。

    20120316012705_0.jpg

    こうしてみると、沖縄戦で失われた文化財が惜しいですね。京都や奈良とまでは言いませんが、琉球王朝の文化は決して大和にひけを取らないものだったことがわかります。

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