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沖縄の軽便鉄道(1)壺川〜古波蔵

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    那覇の壺川東公園にある線路跡です。

    沖縄戦で米軍に破壊されるまで、沖縄にも鉄道が通っていたのですね。ケービン(軽便)と呼ばれていたそうです。

    旭橋の那覇バスターミナルの場所にあった那覇駅から線路は東へ進み、この公園のあたりに古波蔵駅があったようです。

    左への分岐は、現在のひめゆり通り付近を北上し嘉手納まで。直進する線路は古波蔵大通り付近を東進し、与那原まで繋がっていました。


    左への分岐を追ってみます。

    古波蔵交差点付近を左折する線路はゆるやかなカーブを描きます。

    円形の建物に沿って、線路が向こうから手前へ、そして右手へ抜けていきます。

    線路の敷地は県有地でしたから、この建物は、その敷地に沿って建てられたようです。



    左の交通量の多い道が、ひめゆり通り方面へ進む道ですが、細い建物の右手の道が、線路跡です。

    道路と線路跡と交差する箇所には、このような細い三角形の土地が残るのですね。



    次に直進する線路を追ってみます。つまり与那原線です。

    私の住んでいるマンションは、古波蔵大通りに面してしますが、マンションの裏手を線路が通っていたようです。

    ありました。

    先ほどと同じように、三角形の土地に建物があって、その右手の細い道が線路跡です。

    沖縄鉄道は、現在の線路より幅が狭く、この程度の幅でよかったのです。

    前々から、細い道なのに、ずっと向こうまで真っ直ぐ伸びていることを不思議に思っていたのですが、謎が解けました。



    この場所から、回れ右をすると、突き当たりに建物があります。白い3階建ての建物です。

    この建物の幅が、道路の幅と同じなのです。つまり、この幅の狭い建物は線路跡に建てられたのですね。



    この道路の右手は急な斜面になっています。左手は、古波蔵大通り、住宅街、漫湖公園と続き、その先が漫湖です。

    そのほとんどは漫湖の埋め立て地で、ここを線路が通っていたころは、列車から漫湖が良く見えたのではないでしょうか。

    古波蔵に引越して来て4ヶ月。少しは、この街のことがわかってきました。


    私の住んでいるレオパレスの駐車場です。

    雑草の生えている土地は何なんだと、ずっと不思議に思っていました。

    ひょっとして。


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