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石垣島のパイナップル その後

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    一つ前の記事の続きです。

    林発さんら、石垣島に入植した330人の台湾人は、石垣島にパイナップル産業を定着させ、水牛を導入するなど、石垣島の農業振興に大いに貢献しました。

    今年、石垣市内に、彼らの功績を称えて「台湾農業者入植顕頌(けんしょう)碑」が建立され、水牛のレプリカも併せて設置されるそうです。


    石垣島へ入植した330人は、労働者とその家族です。入植したのが1935年ですから、今から77年前。当時、子供だった方が生きていてもおかしくありません。15歳としても、92歳ですからね。

    入植者の子孫、つまり二世、三世の多くは日本に帰化し、石垣市内に住んでいますが、入植時のメンバー、つまり一世は市内に一人もいないのだそうです。

    入植後の戦争時期や戦後の混乱期に、沖縄本島や本土に移った家族もあったそうです。どこかで一世健在の可能性があり、今、華僑組織が全力で探しているそうです。

    顕頌碑の建立に、その当事者として立ち会っていただきたいし、入植以降の状況もきちんと記録に残せれば素晴らしいことです。

    顕頌碑の建立に関わった皆さんが「石垣島のパイナップルが、大昔から自生してたなんて思ってほしくない。」と言われたそうですが、まったくその通りですよねぇ。


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