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高嶺大里城主 他魯毎

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    他魯毎(たるもい)と読みます。

    他魯毎(?-1429)南山王国最後の王で、北山の攀安知(はんあんち)と同様、中山の尚巴志(1372-1439)に討たれてしまいました。こいつも、飲んでばかりの王で、民衆や領地の按司からの評判は悪かったと伝えられています。

    侵略した側が歴史を記録するのですから、侵略された側は、大抵の場合、悪政で民衆を苦しめていたことにされてしまいます。そうしないと、侵略した側の立場を正当化できませんからね。


    高嶺大里城の近くにある嘉手志川(カディシガー)は、南山の貴重な水源でした。尚巴志は、中国から入手した金の屏風と嘉手志川の交換を、他魯毎にもちかけます。そして他魯毎は、深く考えることなく、それに応じます。

    そのことに呆れた南山の按司や民衆は、ますます他魯毎に対する忠誠心を失い、中山軍が高嶺大里城を攻めた時には、誰も他魯毎の味方をしなかったとか。


    ちょっと酷いと思いますね。いくら間抜けな王でも、水源を失うことの意味に気づかないわけがありません。仮に、屏風と水源の交換が本当の話なら、他魯毎の側に、断れない理由があったのでしょう。


    他魯毎が討たれたことで、三山時代は終わり、琉球王国(第一尚氏)の時代となりました。

    第一尚氏の王統が始まってわずか40年、今度は第一尚氏が滅ぼされる側の立場となりました。そして、第二尚氏の記録には、尚巴志は優れた後継者に恵まれず、政治は極めて不安定であったと記されたのです。
     


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