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琉球王朝の名橋 「真玉橋」

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    先週、漫湖に現れた怪物の昔話を紹介しましたが、今日は、怪物退治の現場となった「真玉橋(まだんばし)」について投稿します。

    真玉橋は漫湖の東側、国場川に架かる橋で、橋を渡ると豊見城です。

    現在の漫湖は埋め立てによって、「どこが湖なの?」という感じですが、昔は大きな湖だったようです。

    湖を迂回する場合、国場川が漫湖に流れ込んでいるあたりで橋を渡ることになりますが、その位置に真玉橋があります。つまり、交通の要所だったわけです。

    現在の真玉橋のたもとに、こんな遺構があります。



    今から300年ほど前に、琉球王朝によって建設された真玉橋です。

    沖縄戦の終盤、南部へ敗走する日本軍が橋を破壊してしまいましたが、その一部が後に発掘され、保存されているのです。

    沖縄の川は長さが短く、大雨が降ると簡単に氾濫してしまいます。

    真玉橋も洪水の度に流されてしまったり、破壊されてしまったようです。

    洪水に強い橋にしようと、木造橋から石造橋に、更にアーチ橋にと、当時の技術を結集させた改良が続けられました。

    5つのアーチが連なる真玉橋は、それは美しい橋だったようです。

    戦前、戦後の建築専門家が、
    「長、広、高の比例の良さからくる快感、湖水をわたる風のそよぎまで感じられるようだ。」
    「その形の美しさ、見れば見るほど心地良い橋である。」
    などと、絶賛しています。

    先人の知恵と技術によって、沖縄の各地に美しい風景があったのだろうなと思うと、都市化が進み、そうした風景が失われていくことが残念です。

    発掘された真玉橋の一部が保存されていることは評価しますが、できれば人の渡れる橋として再建してほしいものです。「見れば見るほど心地よい橋」を実際に見てみたいと思います。

    さて、最後は、漫湖の怪物の話で紹介した「イリノシーサー」です。

    今日も、西に向かって睨みを利かせていました。

    現在の真玉橋を豊見城側に渡って、二つ目の信号を左に曲がったところに居ます。


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