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神里原の落日(2)

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    神原大通りの道路拡張工事はこれからですが、道路脇の立ち退きが進んでいますから、着工間近のようです。

    20130104222037_0.jpg

    写真を見て、この通りが戦後の一時期、沖縄一の繁華街だったと信じられますか?

    戦後、那覇の中心部は米軍に接収され、那覇市民は生活の場所を失いました。そして、最初に開放されたのが、壺屋から神里原一帯だったのです。

    神里原は繁華街となり、商店が立ち並びました。

    次の古い写真は、1950年頃の神原大通り。後方の高い建物は百貨店の山形屋です。

    20130104221811_0.jpg

    同じく、百貨店のりうぼうも開店し、神里原から道路を挟んだ隣地には農連市場が開場しました。

    沖縄芝居の「那覇劇場」が開設され、銭湯もできました。バスターミナルもできました。

    神里原は、1950年代の後半、その座を国際通りに譲るまで、間違いなく、沖縄一の繁華街だったのです。


    今も、神里原には当時の建物が、数多く残っています。こちらの建物は、かつての商店だったかもしれません。

    20130104221913_0.jpg

    百貨店の山形屋が国際通りに移るなど、神原大通りの商店は姿を消しましたが、その裏のスージには、当時の建物が残り、スナックやおでん屋として、今も、営業を続けています。

    次の写真のスナックは、狭いスージにあったのですが、手前のフェンスまで道路が拡張されるため、広い道路に面した立地となります。桜坂の飲食店と同じように、陽当たりの良い場所になるのです。

    20130104221854_0.jpg

    このような店は、路地裏にひっそりとあるからこそ、落ち着いて飲めるというもの。今後、この場所には、ファーストフード店などができるのかもしれません。

    こちらのおでん屋さん「六助」は名前の知られているお店で、亡くなった筑紫哲也さんは、ここの常連客だったそうです。

    20130104221952_0.jpg

    (続く)


    コメント
    神里原の道路拡張により昔の面影が
    無くなってしまうのは、昔を知る者からしましたら、淋しいものがあります。
    スナック”夢”なんて風情がありますよ〜。
    • マリン
    • 2013/05/07 9:53 PM
    那覇はどこにでもあるような一地方都市になりそうです。

    琉球王朝の頃、那覇に来航した外国人は、街の美しさ、清潔さに驚嘆したそうですが、今は誰も驚かないでしょうね。
    • coralway
    • 2013/05/07 10:20 PM
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