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上間の村獅子「ミートゥンダシーサー」(2)

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    上間集落の村獅子は他にもいます。前回も捜しましたが見つからず、この日は二度目の捜索です。

    「このあたりのはず」と思ったら、2秒で見つかりました。なんじゃそりゃ!!

    前回、私はいったい何をしていたんでしょう。

    村獅子の「ミートンダシーサー」です。ミートンダはウチナーグチで夫婦の意味です。

    20130106210600_0.jpg

    お父さんと、

    20130106210626_0.jpg

    お母さん。

    20130106210647_0.jpg

    夫婦の村獅子は初めて見ました。この夫婦は集落の東端にいて、南東方向の糸数グスク、玉城グスクを睨んでいます。いや、睨んでいるはずですが、劣化が進み、今や焦点も虚ろです。


    琉球王朝の前、沖縄の三山時代。国場川が中山と南山の境界でした。つまり、上間は国境の集落だったのです。

    それで私は、上間の村獅子は三山時代に造られ、南山の各グスクを睨んでいると思っていましが、それは大間違いでした。

    三山時代は1429年まで。村獅子がその時代に造られたのなら、600年近く前のものになります。

    ところが、沖縄最古の村獅子は、1689年に造られた富盛の村獅子と言われています。だから、上間の村獅子は、古くても320年ほど前のものです。


    三山時代の終わり、中山は南山を滅ぼしました。以降、上間に起こった災いごとは南山の怨念によるものだと考えられ、後に、悪霊を追い払う(フーチゲーシ)ことを目的に、村獅子が造られた。そして、その悪霊は南山の各グスクにいると考えられていたのですね。これが正解のようです。

    村獅子は集落の守護神であって、他を攻撃するものではないってことです。

    ミートンダシーサーの劣化が激しいので、相当古いものだと早合点していました。そもそも、材料に使った石灰岩の質が悪かったのかもしれませんね。


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