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ペリーの航海

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    一つ前の記事に登場したペリーですが、彼の航海はどのような経路だったのでしょう。簡単におさらいしてみましょう。

    ペリーの艦隊がアメリカ東海岸を出発したのは1852年11月24日でした。

    大西洋を南下し、アフリカを迂回してインド洋に入り、シンガポールに到着しました。それから、香港、上海を経由し、翌年の5月26日に琉球に到着(1)したのです。

    当時の艦船は燃料が石炭でしたから、絶えず補給が必要で、長距離を無寄港で航海することができなかったのですね。そのため、アメリカを出発して琉球到着まで半年以上の月日を要したのです。

    20130410191957_0.jpg

    それから、小笠原、琉球(2)、浦賀、琉球(3)、香港、琉球(4)、浦賀、琉球(5)と航海が続きました。つまり、ペリーは琉球を5度、訪れているのです。


    1854年7月11日。ペリーは琉球と琉米修好条約を締結し、7月17日に琉球を発ちました。往路と逆向きに航海し、ペリーがアメリカに帰国したのは1855年1月22日でした。

    2年以上の歳月を要した大航海だったのですね。


    記事中の絵画は、浦賀に現れたペリー艦隊です。


    コメント
    フィードしています。楽しませてもらっています。
    はじめてのコメントで不躾ですが、今日のペリー岩の記事を読んでびっくりしました。リンクされているこちらの記事の方にコメントします。
    太平洋の島々では石炭の補給など無理で、東海岸から大西洋を横断し、喜望峰を越えて東回りで来たというのは間違いのないところだと思います。
    今後ともよろしく。
    私のブログを読んでいただきありがとうございます。

    確かにインド洋経由の航路でした。投稿を訂正しておきます。

    こちらこそ、よろしくお願い致します。
    • coralway
    • 2015/03/19 1:37 AM
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