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牧志の散歩(5) 牧志朝忠(下)

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    朝忠は薩摩藩主の島津斉彬(しまづ なりあきら:1809-1858)に重用され、琉球王府の閣僚級ポストに就任するとともに、1858年、牧志の地頭を命じられました。この時、朝忠は40歳。順調過ぎる人生でした。


    このころ、琉球王府の内部は、薩摩派と反薩摩派の対立が深まっていました。そして、反薩摩派(つまり「守旧派」)は、異例とも言える朝忠の抜擢を許せなかったようです。


    島津斉彬の急死は、朝忠にとって不幸なことでした。後ろ盾を失った朝忠に、反薩摩派の攻勢が始まりました。

    選挙違反、贈収賄、公金横領、琉球王府への謀反など、ありとあらゆる濡れ衣を着せられた朝忠は、1859年に逮捕され、久米島へ流刑されることになったのです。

    すでにお気づきの方もいらっしゃるでしょうね。テンペストの寧温は、牧志朝忠なのです。


    朝忠の窮状を知った薩摩藩は、琉球王府に対して、朝忠を薩摩へ上国させるように命じました。朝忠を保護しようとしたのです。

    ところが、1862年、朝忠を乗せて薩摩へ向かう船が伊平屋島沖にさしかかった時、朝忠は船から海に身を投げ、自殺してしまうのです。

    薩摩派と反薩摩派との板挟みになり、神経をすり減らしたのだという説があり、反薩摩派に殺されたとする説もあります。

    琉球王朝が消滅する10年前のことでした。


    牧志に集落ができて500年、角力大会が始まって300年、朝忠の死から150年。そして、国際通りの開通から80年。公設市場の開場から60年。

    牧志の奥行きを感じます。


    (終わり)


    コメント
    いいお話ですね〜。

    なんだか、映画を観終わったような気分です。

    次の、訪沖の際には、今まで以上に注意深く
    観察しなければ。(クシミチ)
    • ひよこ
    • 2013/05/02 9:06 PM
    ありがとうございます。

    国際通りと公設市場で、牧志を(沖縄も)語れないっちゅうことですよねぇ(笑)
    • coralway
    • 2013/05/02 9:27 PM
    感服です。硬軟合わせた「沖縄の風景」。素晴らしい。牧志がこんなに奥深いとは知りませんでした。coralwayさんの前では、私ウチナーンチュですって顔をするのが恥ずかしくなります。
    いつも、ありがとうございます。
    • keiharu
    • 2013/05/03 7:23 AM
    keiharuさん、そりゃあホメスギですよ(笑)

    牧志出身の読者がいらしたので、歩いたり調べたりしてみました。

    読者サービスみたいなもんです(笑)
    • coralway
    • 2013/05/03 8:08 AM
    もはや琉球研究家ですね。
     早稲田大学や明治大学の教授より詳しいんじゃないですか?(笑)
    • ahaha
    • 2013/05/06 4:55 PM
    昔の沖縄を知ることに、全く苦痛を感じないのよねぇ。むしろ快感。

    日本史なんて、何も知りませんよ、ワタクシ。
    • coralway
    • 2013/05/06 7:42 PM
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