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具志火立所からの眺め

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    毎朝6時半頃、中央卸売市場からの帰り途、眺めの良い泊大橋を渡ることが、私と相棒Aとの間でブームです。やや遠回りですが、若狭、県庁前を抜けて、農連市場へ戻ります。

    元、海の男のA。彼の関心は常に海面にあり、「今日も海がしずゅかだね〜。」と毎日つぶやいてます。

    私は「海が荒れてるような日に、橋は渡らんよ。」と心の中だけで返事をし、朝から喧嘩にならないように努めます。

    私の関心事は、慶良間がどこまで見えるか。視界の良い日は海岸の白砂や、山腹を横切る道路まで見えます。


    さて、次の古い地図をご覧下さい。これは、薩摩藩調整図の一部。200年以上前の地図です。



    久米島、渡名喜島などに5つの赤丸が印され、右端には「具志火立(ヒータティ)所」と書き込まれています。

    火立所とは「のろし」を上げる場所であり、他所の「のろし」を監視する場所でもあります。


    琉球王朝の時代、中国からの冊封船が久米島や渡名喜島に到着すると、ソナミ(久米島)や大本田岳(渡名喜島)の火立所で「のろし」があがり、番所山(座間味島)、赤間山(渡嘉敷島)とリレーされ、具志(現在の那覇市具志)に伝達されていたのです。

    具志の火立所では、のろしをあげて首里城に伝達するとともに、那覇に早馬を走らせました。そして、琉球王府は冊封使を迎える準備に取り掛かったのです。


    具志の火立所は、宅地開発により、まったく跡形もありません。場所はこのマンションあたりだったようで、マンションの入口に、そのことを示すプレートが設置されています。




    「なぁんだつまんない。」と嘆く必要はありません。このマンションの前はなだらかな下り坂。そこを歩くと、正面に慶良間がドーンと見えています。


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