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首里山川町「さくの川」(1) 首里の井戸

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    首里の丘は琉球石灰岩で形成されています。石灰岩の持つ無数の穴に雨水が溜まり、丘全体が巨大な水瓶と化します。その水瓶に小さな穴が開いていれば、当然、そこから湧き水が噴き出してきますね。

    丘の頂上にある首里城が戦略的に好立地であることは言うまでもありません。そして、数多くの湧き水に恵まれていたため、水に困ることが無く、生活の場としても適していたのです。


    私は、首里山川町にある「さくの川」にやってきました。



    首里の井戸は、主として、琉球王府や首里城周辺に住む士族らが使いました。言わば、公共事業で築かれたものですから、普通の井戸とは手間のかけかたが違います。意匠性が高く、周囲の地形と調和がとれています。

    湧き水の取り出し口を見ましょう。



    地下水流の豊富な場所から湧き水を取り出すために、直方体にカットした石灰岩が奥深くまで続き、樋の役割を果たしています。

    今は、パイプの先から、チョロチョロと流れているだけですが、かつては、この取り出し口から、豊富な湧き水が流れ出していたのでしょうね。

    次の写真は、井戸に降りた後、振り返って撮ったものです。



    気に入れば、何でも褒めてしまいますが、この佇まいが素晴らしい。

    かつて、この井戸の周囲は深い森だったようですが、今や、マンション等の住宅に囲まれてしまい、井戸を男前に撮ろうとすると、たいへん苦労します。


    さて、「さくの川」の「さく」は、ウチナーグチで「谷間」を意味します。それが名前の由来か否かは知りませんが、「さくの川」から下流を眺めると、そこには確かに深い谷があります。

    もしかすると、「さくの川」から流れ出した湧き水が長い年月をかけ、その谷を形成したのかもしれません。


    琉球王朝の時代、その谷の斜面には、王府直轄の芭蕉園がありました。

    さて、そこで収穫された芭蕉を原料に、何が作られていたのか。

    「芭蕉布!!」

    はい、惜しいけど違います。

    実はここからが本論なのですが、以降は次の記事へ続きます(^O^)/。

    (続く)


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