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首里山川町「さくの川」(3) 芭蕉紙の発見

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    紙漉き職人で人間国宝の故 安部榮四郎さん(1902-1984)は、正倉院で行われた和紙の調査に参加しました。

    ご存知と思いますが、正倉院は奈良東大寺の敷地内にあり、築1300年、校倉造の倉庫です。明治以降、多数の美術工芸品を収蔵する施設となりました。

    安部さんは、そこで見慣れない和紙と出会います。



    他の和紙にとは明らかに違う手触り。当初は、原料が何かさえもわかりませんでした。

    それが、琉球芭蕉紙だったんですね。


    フォッ、フォッ、フォ(相棒のAみたい)。

    「洋紙百年、和紙千年」

    (再び)勝ち誇りますねぇ。

    琉球王府に命じられ、王府の下級士族らが、初めて芭蕉から紙を漉いたのが1718年。

    仮にその最初の一枚が正倉院にあったとしても、それからわずか300年。この先700年は大丈夫です。

    これが貴方、洋紙だったらどうします?。そこにあるのは、もはやただのホコリ。もう、何が何やら(笑)。


    話が脱線したついでに、芭蕉紙が開発された経緯を調べてみましょう。

    同じ琉球紙であっても、百田紙や杉原紙の原料はコウゾ。言うまでも無くコウゾは木材です。

    琉球王府が使用する一切の書類、士族が作成を義務付けられた家系図など、旺盛な紙の消費に、コウゾの生産が追いつかなかったのですね。

    そこで、琉球王府は下級士族に芭蕉から紙を漉くように命じたのですね。芭蕉は草ですから、それから紙が漉ければ、原料の心配が無くなりますね。

    だけど、命じられた方は大変だったと思いますよ。草から紙ですからね。


    突然ですが、農連市場近くにある街路樹を紹介します。



    街路樹が芭蕉って(笑)。だから、これは草だって言ってるのに。

    もう、何が何やら(笑)。

    (続く)


    コメント
    正倉院ていうから
    持統天皇のころからあるのか!と思った。

    芭蕉て、バナナとはべつもの?
    草、てことはバナナは野菜?

    いま事務所を片づけ中なんだけど、
    昭和3年と昭和9年出版の書物を発見。
    紙が傷んでないのよ。

    なんで事務所にあるのか不明。

    もう漢字が読めない字だらけ。


    • ikoka
    • 2014/01/07 5:09 PM
    事務所の片付けって感心ですね。年が明けて、年度末に向かう、わずかな閑散期ですか?

    芭蕉には実芭蕉と糸芭蕉があり、バナナは前者、芭蕉布の原料は後者です。

    草本性植物の果実を野菜と定義するなら、バナナは野菜ですよね。だけど、スイカやメロンと同じで、デザートに食べるものは、果物に分類するようです。

    パパイヤは沖縄では野菜ですが、本土ではどうなんでしょうね。
    • coralway
    • 2014/01/07 6:29 PM
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