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大城賢勇の墓(1)

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    沖縄市知花の法務局に所用ができました。せっかく知花まで来たのですから、知花グスク近くにある大城賢勇(うふぐしくけんゆう)の墓を訪ねることにしましょう。

    この案内に従って、



    短い階段を登ると、



    賢勇の墓に到着です。



    賢勇は第一尚氏末期の武将です。体格が良く、武勇に優れていたので鬼大城と呼ばれていました。


    中城の護佐丸按司の娘が尚泰久王の正室となり、二人の間に生まれた百度踏揚(ももとふみあがり)は勝連の阿麻和利按司に嫁ぎました。いずれも、首里王府と二人の有力按司との争いを避けるための政略結婚でした。

    踏揚が勝連に嫁ぐにあたり、賢勇は踏揚の従者となり勝連城で暮すことになりました。

    CIMG3978s.jpg


    護佐丸・阿麻和利の乱(1458年)で、阿麻和利が護佐丸を討ちます。その後、賢勇は百度踏揚を勝連城から首里城へ連れ戻し、首里王府軍の大将として阿麻和利を討ちます。

    賢勇は阿麻和利を討った功績により、越来間切(現在の沖縄市)の按司となり、踏揚を妻に迎えました。

    この時点の勝者は泰久王と賢勇と言えます。泰久王は王朝の存続を脅かす二人の有力按司がいなくなりましたし、賢勇は越来按司となり踏揚を妻にしましたからね。


    さて、夫婦となった賢勇と踏揚ですが、その時、二人の心境はどんなものだったのでしょう。

    (続く)


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