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首里から与那原への道(御殿から赤田御待所)

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    先週投稿した「聞得大君(チフィジン)の御新下り(ウアラウリ)」に関連してもう少し。

    聞得大君の御殿、つまり住まいは、首里城近辺に何ヶ所かあったようですが、一般的には、首里汀良町にあった御殿を指すようです。現在の首里中学校の敷地です。

    以前、何か痕跡が無いものかと、中学校の周囲をグルグル歩きましたが、まったく何もありませんでした。


    御新下りに出発した大君一行は、まず首里城正殿で何らかのセレモニーを行い、その後、園比屋武御嶽で出発の報告と道中の安全祈願を行いました。

    20110808072228_0.jpg

    首里城南側の道を崎山馬場へ進みます。

    20120326002638_0.jpg

    馬場を抜けた、現在の大角座(ウフカクジャー)歩道橋の手前あたりに赤田御待所(ウマチドゥクル)がありました。首里の古地図にも示されていますね。



    現在の地図では、このピンの位置です。



    御待所は、首里から東御廻り(アガリウマーイ)や、御新下りに出向いた一行が、首里へ帰って来た時に、坂迎(サカンケー)を行う場所でした。

    坂迎の大和語読みは「さかむかえ」。村から伊勢や熊野へ出向いた一行を、村境で見送り、帰って来た時には、その場所で祝宴を開きました。

    つまり坂迎えは境迎えですね。

    赤田御待所の今、ていうか今日です。



    そこには民家が建っていました。当時を偲ぶものがあるとすればこの石垣でしょうか。



    ただし、この石垣が御待所の遺構なのかどうか。あまり自信ありません。

    (続く)


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