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糸満市与座の散歩(3) 軽便高嶺駅跡

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    高嶺製糖工場跡の貯水槽から、県道52号線を挟んだ向かいに、こんな空地があります。



    軽便糸満線高嶺駅のあった場所です。


    軽便糸満線は、始発の那覇駅を出て東へ向かいます。古波蔵で嘉手納線と、国場で与那原線と、それぞれ分岐しても更に東へ向かい、南風原でやっと南下を始めます。その後、東風平を過ぎて西へ向かい、高嶺駅まで来れば糸満駅まで3駅です。

    糸満は那覇の真南ですが、軽便糸満線は最短距離を走らず、わざわざ「コ」の字を描いていました。

    戦前の沖縄で、主要産業と言えばサトウキビを原料とする製糖業。本島南部のサトウキビ畑を軽便鉄道が走り、各地の製糖工場から、砂糖を運んでいたわけです。高嶺駅にも高嶺製糖工場への引き込み線がありました。


    ところで。フフフ(笑)。

    この空地が駅の跡なら、その先に線路跡があるはず。

    まず、東へ向かいます。



    うわぁ、いいですねぇ。

    道路がゆるやかに左へカーブしています。このカーブの具合がまさに線路跡。

    なんだか、ワクワクします。

    そして、



    女性なら「キャー!!。」と大声をあげるところですが、私はオッサンなので「うわっ。」と軽くつぶやきました。

    サトウキビ畑を一直線に貫く線路跡。できるものなら、このまま那覇まで続いてほしい。

    線路跡が途切れる場所まで走り、再び高嶺駅跡まで引き返しました。


    東へ向かった後は西にも行かないと。

    軽便糸満線は、与座集落を抜けた後、報得川(むくえがわ)の河岸を西に向かうはずです。



    うわ、もういきなりですね。

    そして、



    も〜、このまま糸満まで続いてほしい(笑)。

    線路跡は糸満消防署の脇で県道77号線と合流し、消えてしまいます。


    私は軽便鉄道の跡を見ることができて大変嬉しいのですが、戦後70年も経って、線路跡が残っていることが更に嬉しい。

    本土の汽車の「ガッタンゴットン」に対して、沖縄の軽便は「シッタンガラガラ」。汽笛の「ポー!!」に対して「アフィー!!」。



    この景色の中を走ってたんですねぇ。

    いやぁ、嬉しい、嬉しい。

    (続く)


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