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戦前の南大東島(3)

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    「30年で無償譲渡」の約束が実行されないまま沖縄戦が始まり、島は艦砲射撃や空襲の被害にあいました。逃げ場の無い島、枯渇する食料。島は製糖どころではありませんでした。

    そして、終戦後の1946年、島に転機が訪れました。

    村制が施行され「南大東村」が誕生したのです。学校教育や医療、交通制度などが、琉球政府や村に委ねられることになりました。村議会や婦人会、青年会が発足し、郵便局や警察署が設置されました。

    製糖会社による、極めて歪な社会制度が崩壊し、島民はやっと「普通の暮らし」を手にいれたのです。


    入植から50年が過ぎても実現しない土地の譲渡。島民は製糖会社を相手に訴訟をおこしました。

    しかし、契約書も無く、玉置半右衛門が口約束したとする証拠も無く、製糖会社は玉置商会から島の土地を購入しています。

    この訴訟は、島民不利な状況にあったと言えます。


    この問題に決着をつけたのは、1961年(昭和36年)に、視察で南大東島を訪れた、キャラウェイ高等弁務官でした。そのキャラウェイに、島民が土地の譲渡を直訴したのです。

    キャラウェイは在任期間中、次々と強権を発動し、琉球政府の権限を制約していました。沖縄の自治を認めず、日本政府の沖縄に対する影響力を排除しようとしていました。もちろん、沖縄返還には大反対。沖縄住民に最も嫌われた高等弁務官でした。

    そのキャラウェイが、何を思ったのか、南大東島の土地を島民に無償で譲渡することを決めたのです。

    入植から64年。島民の悲願が実現した日は1964年7月30日。それは、キャラウェイが高等弁務官の任期を終える前日のことでした。

    (終わり)


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