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浦添城跡のハナリジー(1)

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    マチュピチュかっ!!



    と思いましたねぇ(思わんか)。


    ここは浦添城跡の東端。この巨岩は「ハナリジー(離れ岩)」と呼ばれています。

    もう少し大きな岩でしたが、長い年月の間に崩れてしまい、岩の南側(右側)に崩れた部分が転がっています。



    ハナリジーの向こうに太平洋が見えています。そして、この位置から知念半島が見えるんですね。驚きました。

    で、振り返れば東シナ海が見え、その向こうには残波岬が見えます。



    浦添から、知念岬と残波岬の両方が見渡せるなんて。いやぁ、知りませんでした。


    ハナリジーへの道順を紹介します。

    まず、浦添市仲間の浦添警察署を目指します。警察署西側に、浦添城跡の駐車場がありますので、そこへ車を停めます。

    駐車場脇に浦添城跡へ向かう坂道があり、その坂道はやがて石畳道になります。



    この道は、かつての普天間街道。

    首里城から浦添城まで、中頭方西海道を進み、ここで分岐した普天間街道は普天間宮まで続きます。

    浦添城跡は年々整備が進み、いい感じになっていますね。モノレールが延伸されることもあり、人気スポットになりそうです。

    さて、石畳道を登り切ると、浦添城跡東端の芝地に出ます。その芝地の東側。先ほどの石畳道を登った右手に、大きなガジュマルがあります。



    そのガジュマルの左手に、ハナリジーに繋がる小道があるんです。



    尾根になっている小道をどんどん進みます。



    小道が行き止まりになったと思ったら、そこがマチュピチュです(笑)。

    巨岩がいきなり視界に入ってきます。




    一つ前の投稿で、源為朝(ためとも)を語る上で、訪ねるべき某所があると予告しましたが、ここがその場所なんです。

    伊豆大島に島流しになった為朝が、他の島に渡る途中で漂流し、琉球に漂着したとする伝説があります。

    2メートルを超える大男の為朝は、弓の名手でした。

    その為朝がハナリジーから西に矢を放つと、その矢は牧港に到達し、次に、南に放った矢は安里に到達したと。

    「あぶないやないかっ!!」

    と言いたい。

    それ以来、ハナリジーは為朝岩とも呼ばれるようになったのです。

    過去には、伊豆大島から放った矢が海を越えて鎌倉に到達し、矢が刺さった地面を掘ると井戸になったと。

    相棒のAに、「ふっ、ふじゃけんなっ!!」

    と言わせたい(笑)。

    (続く)
     


    コメント
    日本海流に逆らって漂流したんだ〜
    • ikoka
    • 2015/03/07 8:35 PM
    まずそう思うよね。ところが、答えが用意されてるんですよ。

    黒潮の沖に、北東から南西に流れる弱い海流(黒潮反流)があるそうで、伊豆から沖縄に漂着することは可能だと。

    だから為朝は琉球に来た。と、なるんです。

    もう、「ああ言えば上祐」(笑)。

    古っ!!
    • coralway
    • 2015/03/07 8:54 PM
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