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ハンタ道と新垣の石橋

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    首里城と中城グスクを繋ぐ、琉球王朝時代の宿道を「ハンタ道」と呼びます。(正式な名称は中頭方東海道)



    ハンタはウチナーグチで端っこの意味。中城の丘陵地は、丘と呼ぶよりも断崖絶壁の上。その端っこを通る道なので「ハンタ道」です。

    今思いつきましたが、識名台地の北の端に位置する繁多川集落の由来は「ハンタ小」かもしれません。

    一つ前に投稿した「ペリーの旗立岩」は、その「ハンタ道」の途中にあります。つまりペリーの調査団は間違いなく、この道を歩いたということ。


    最近、その「ハンタ道」が整備され、旧跡などを辿りながら、楽しく歩くことができるようになりました。

    その起点が、サンエー中城店のすぐそばにある「東太陽(アガリティーダ)橋」です。中城の丘の上から東海岸へ下る道の上に、このような歩道橋が架かりました。





    歩道橋の上はテラスになっていて、

    勝連から



    知念まで見渡せます。



    そして、この道を行けば、ペリーの旗立岩を経て、中城グスクまで歩けるのです。




    ペリーの旗立岩の手前に小さな石橋がありました。新垣の石橋。





    可愛いです。

    可愛いけれど、きちんとした正統派の石組みです。

    昭和17年に架けられた、中城村に残る唯一の石橋だそうです。


    中城村による「ハンタ道」の整備は素晴らしい事業ですね。

    このように、旧跡などを示す標識が、あちこちに立っていますから、自分の位置や、次の目的地までの距離がわかります。





    そして、眺めの良い場所には展望台があります。




    沖縄に来た観光客が、例えば、首里城を訪ねたとしましょう。車を駐車場に停め、城内を見学して駐車場に戻る。そして、国際通りに向かうと。

    それでは、首里をわかったことにはなりませんよね。

    例えば、首里城から識名園、末吉宮、浦添グスクなどに繋がる古道を、もう少し整備してほしいものです。

    そこをゆっくり歩けば、首里城や金城町石畳道だけではわからない、首里の良さが経験できるはず。それでこそ歴史散策。


    それをあなた。東太陽橋、新垣の石橋、ペリーの旗立岩。その三ヶ所だけをチャッチャと回って、その写真をブログに投稿するようではねぇ。

    ちゃんと歩いたんか、こいつは。

    キセルは駄目でしょ、キセルは(笑)。


    コメント
    繁多川→ハンタ小
    で思い出しましたが、
    太陽が何故ティーダなのかと不思議に思っていたのですが、
    天道→ティーダ
    なんですね。
    • nobu
    • 2015/03/19 10:17 AM
    なるほど〜。お天道様か。

    知らなかったな。
    • coralway
    • 2015/03/19 10:25 AM
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