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軽便鉄道糸満線の三角橋

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    軽便鉄道の数少ない遺構のうち、一ヶ所だけ見ていない場所がありました。

    それが、糸満市照屋に残る通称三角橋です。





    まったく分かりづらいのですが、三角定規の形をしたコンクリートの構造物が、左右二枚あり、定規に挟まれた雑草部分が用水路に架かる橋になっています。



    二枚の三角定規ですが、右手は手前が垂直で、左手は橋の向こう側が垂直です。

    右手の定規に近づいてみます。

    手前の定規の奥に、もう一方の定規の頂点が見えていますね。



    なんなんすかね、これは。


    航空写真を見ましょう。



    ピンの位置が三角橋。左手は照屋東交差点です。

    ピンの位置から右上に抜ける道と左下に抜ける道。それが、軽便鉄道糸満線跡です。

    最初の写真でもわかりますが、三角橋の付近は窪地になっています。そのため、現在の県道から県道までの間を築堤し、その上に線路を敷設したようです。

    つまり、三角橋は築堤が用水路を跨ぐためのもの。定規の部分は橋の欄干ではなく、築堤の擁壁なのです。


    で?

    それが何故、四角ではなく三角なのか。何故、左右の定規が反対向きなのか。このスタイルが擁壁能力を向上させるってことなのか。

    私にはさっぱりわかりません。

    これは橋梁か築堤の技術者でないと。


    あっ!!

    「いなちち」のパパが橋梁技術者だったが・・・。

    彼は読んでくれているのか?

    読んでたら、教えてちょうだい。


    それから、線路跡が直進しているにも関わらず、三角橋は微妙に角度がついてるのよねぇ。つまり、用水路に直角に架かっています。

    それだと線路は緩やかなS字になってしまうが。

    何で線路が直進できるように橋を架けなかったのか。

    これまた、不思議です。


    三角橋を取り上げてるブログは沢山あるのに、私と同じような疑問を感じた人は、誰一人いない模様です。

    何で気にならないのか。


    イライラする(笑)。


    あっ、そうそう。

    三角橋から県道7号線を渡った先にあるJAいとまん。



    ここの駐車場が、かつての兼城駅跡です。兼城駅の次は糸満駅で、軽便鉄道糸満線の終点です。


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      • 2018.08.14 Tuesday
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      コメント
      ご無沙汰しています!
      すっかりサボってまして、すみません。
      この構造に疑問を抱かれるとはさすがCさん。
      でも私もわかりませんが、自分なりに推測してみました。
      航空写真でみたときに、下側の壁の左側が高くないですか?
      そして上側なら右側が高くないですか?
      施工を簡単にするために、川に直角に橋を設置するのは想像できます。
      その分橋の幅は線路(バラスト)の幅より広くとってあるはず。なので、航空写真でみて縦長の長方形が橋とすると、左下と右上が車両の衝撃荷重を受けます。
      そこで、橋の端は力を大きく受けてしまうので補強が必要。そこでその擁壁で補強するのですが、少しでも鉄筋量とコンクリート量を節約するのに、平面図右下と左上は擁壁が不要なので、こんな形になったのかと推察します。
      もし逆なら建築限界ですかね。幅をぎりぎりに抑える、かつ橋の端を補強したいなら、車両の通行に壁が邪魔なのでそうしているかも。
      にしてもちょっと無駄が多いので、意匠性も狙っているのかも。
      • いなちちのだんな
      • 2015/03/27 12:17 AM
      擁壁の向きは、その通りです。上は右が高く、下は左が高い。

      で、橋は用水路に対して直角だけど、線路は真っ直ぐ。

      なるほど〜。

      それで、強い負荷がかかる部分(列車が左へ走るのなら右上、右に走るのなら左下)の擁壁を高くしている。

      なっ、なるほど〜〜。

      つまり、橋は架けやすく、鉄筋やコンクリートが節約できると。

      素晴らしい!!

      私の二つの疑問は、互いに関係していたわけか。

      ありがとう〜!!

      ブログも読んでくれてて、ありがとう〜!!

      あ〜、スッキリした。さすが、プロだ。



      • coralway
      • 2015/03/27 12:49 AM
      あくまで推測なので。
      ちなみにこれから古い橋梁を観察されると、橋の側面のどこかに橋歴板というものがあるはずなので、それを確認されてはいかがかと。
      竣功年月、設計荷重、鉄橋なら材質、施主、請負会社が確認できます。
      だからなんなん?ですけど、なんとなく哀愁を感じます。特に廃線跡や旧道なんかは。
      • いなちちのだんな
      • 2015/03/27 6:46 AM
      軽便鉄道糸満線は資金不足で、難産の末、やっと開通した路線です。そのため、例えば、レールの断面が他の路線に比べて一回り小さいんです。三角橋に使用する鉄筋やコンクリートを節約しようとしたことも、同じ動機でしょう(だから、節約説で正解)。

      そんな意味で、橋歴板は役に立ちますね。

      例えば、竣工年月を知れば、開業当初からのものか、架け替えられたかが分かります。設計荷重を知れば、橋梁の余裕度が分かります。

      私は軽便跡に哀愁を感じてるだけで、研究しているわけではありません。ただまあ、そうしたファクトが記憶にあれば、糸満線が資金不足の中で開通した経緯がより良く理解できるということ。

      全く別々の記憶がリンクすると、本当に楽しい(笑)。

      なるほど(笑)。その楽しみがあって、私は沖縄をあっち行き、こっち行きしてるのか。

      今、分かった(笑)。


      • coralway
      • 2015/03/27 7:52 AM
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