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白梅学徒隊の4ヶ月(7) 天皇の沖縄訪問

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    平成24年11月17日。天皇皇后両陛下が沖縄にお越しになり、摩文仁の平和祈念堂で、白梅学徒隊生存者の中山きくさんらとお会いになりました。



    皇后陛下が中山さんに白梅の塔の方角を尋ね、両陛下は中山さんが示した方角に、深く拝礼されたそうです。

    白梅の塔にたむけて欲しいと、陛下から中山さんに花束が手渡されました。次の写真は、その花束を献花する白梅同窓会の皆さん。



    最近は、「沖縄に寄り添う」と言われても、まったくそうは聞こえませんが、両陛下の姿勢からは、寄り添う気持ちが確かに伝わってきますね。


    話は変わりますが、白梅の塔の左手奥に、こんな石碑があります。



    この石碑は昭和22年に建てられた、初代白梅の塔です。裏面には、こんな言葉が記されていました。



    「散りてなほ 香りハ(は)高し 白梅(うめ)の花」





    長々と書いた私の投稿が、これから白梅の塔を訪ねる人の、お役に立てばと思います。

    (終わり)


    コメント
    このコメントを書こうか、止め様かと、凄く悩みました。

    私は、40年前に仕事関係で親しくしていた御二人の方が、一人は白梅学徒、一人は通信隊員として「鉄血勤皇隊」で、戦火に翻弄され、生き地獄を経験した方と身近に接していました。

     幼い女学生達を戦場動員するために、日本軍と教育行政が、疎開する者は「非国民」として恣意的に、
    これを許さず、死ぬ程こき使い、不要になれば戦場に棄てる。

     また、師範学校・実業学校の男子は、上級生は戦闘要員、下級生は通信員として皇国の誉れだと徴用してこき使った。

     御健在であれば「米寿」は、目の前でした。

    Cさんのこの投稿が、

    今の多くの日本人に、大いに役に立って欲しい!と思います。
    • へそまがり
    • 2015/08/10 1:41 AM
    へそまがりさん

    コメントありがとうございます。


    >幼い女学生達を戦場動員するために、日本軍と教育行政が、疎開する者は「非国民」として恣意的に、
    これを許さず、死ぬ程こき使い、不要になれば戦場に棄てる。

    当時、16歳の子供を徴兵する法律はありませんでした。彼女達が従軍するには両親の承諾が必要で、軍による強制は無かったようです。つまり、彼女達は家族と共に疎開することもできたのです。

    「足手まといになる」という、不眠不休で働いた学徒達には、とうてい受け入れ難い理由から、「一ヶ所にいるより、バラバラのほうが生存確率が高い」という、少しマシな理由まで想定できますが、私にはよくわかりません。


    私の投稿はかなりヌルいってことになりますね。

    戦争経験者がお元気なうちは良いけれど、戦後80年、90年と時間が経と、ますます事実がボカされてしまう気がします。

    正確な記録に残すことの大切さを、あらためて感じます。

    • coralway
    • 2015/08/10 6:19 AM
    校正ひとつ。
    香りハ(は)高し
    だと思います。
    テニオハ(助詞などの汎用)をカタカナにすることはよくありました。
    • すばる
    • 2015/08/10 6:44 AM
    すばるさん

    あっ、な〜るほど。

    なんか変だなと思ってましたが、これでスッキリです。

    • coralway
    • 2015/08/10 7:34 AM
    >「一ヶ所にいるより、バラバラのほうが生存確率が高い」

    これは当時の下士官以上の将兵なら、戦場の常識として認知しています。
    それゆえ、渡嘉敷島では北山に集合せよとの命令をやぶり、北山付近に隠れた元軍人がいたのです。
    つまり、赤松は住民に死んでもらうつもりだったのです。
    それゆえ集団自決は軍命なのです。
    • 阪神
    • 2015/08/10 8:16 AM
    阪神さん

    学徒隊の生存確率を高めるために解散したのなら、いくらかマシと言えますが、へそまがりさんが言われる「不要になったから捨てた」が、実態に近いのでしょうね。

    それでも日本軍を庇う論調があることには、あきれ返るしかありません。
    • coralway
    • 2015/08/10 9:12 AM
    はじめてコメント致します。
    このブログ、白梅の塔へ訪れる人の
    役に…立ってますよ!スゴく。

    私、先月の18日に白梅の塔へ行き、
    第二高等女学校の校歌を三線で
    演奏して参りました。
    それに先立ち、白梅同窓会に
    コンタクトを取り現地で演奏する
    許諾を頂き、当日、中山会長以下
    役員の方々と白梅の塔で合流。
    私「ちょっと弾いてくる」位の
    気持ちでいたのですが
    ちょっとした慰霊祭になっちゃい
    ました。
    • 行動する葦
    • 2018/01/05 11:00 PM
    行動する葦さん

    先月18日、白梅の塔まで同行した雑誌「モモト」の編集者は私と同郷で、私が通った小学校の(ず〜っと)後輩なんです。

    彼女がFacebookに投稿した写真と新聞記事をたまたま読み、行動する葦さんとお母様の取り組みや、来沖された経緯などを知りました。まさか私のブログにご本人からコメントをいただけるとは思いもよらず、恐縮しています。

    素晴らしい取り組みをされていながら、それを「ちょっと弾いてくる」なんて素敵ですねぇ。

    この度は、コメントありがとうございましたm(_ _)m
    • coralway
    • 2018/01/06 6:44 AM
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