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南城市佐敷津波古の喜屋武久殿(1) 北山王の子孫

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    東陽バス馬天営業所で730車に会った後、南城市佐敷津波古の喜屋武久殿(ちゃんくどぅん)を訪ねました。

    馬天営業所のすぐ北側に上り坂があり、そこを50メートルほど進んだ右手に、喜屋武久殿への入口があります。





    石段を登り、



    左に曲がると、喜屋武久殿の屋根が見えます。



    はい、到着。




    佐敷の按司であった尚巴志は、1416年に北山王の攀安知(はんあんち)を討ちました。

    その際、攀安知の四男である喜屋武久子(ちゃんくしー)を捕虜として、佐敷に住まわせたとされていて、喜屋武久殿はその住居と言われています。

    つまり、築600年。

    当初は茅葺き屋根だったようですが、明治時代に現在の瓦屋根に改築されています。


    石積みの壁に屋根を乗せた構造で、東側が開口部となっています。





    喜屋武久子は現在の津波古集落を形成し、そこに子孫を残しました。以来、この殿は子孫達に守られ、年月を重ねてきました。


    殿の脇に、北山(つまり今帰仁)への遥拝所がありました。




    つい先日、八重瀬町富盛の「赤毛之拝所」を訪ねましたが、本島南部に何故、今帰仁への遥拝所があるのか不思議でした。

    津波古集落は北山王の子が形成し、その子孫が住んでいるのですから、今帰仁への遥拝所があって当然と言えます。

    (続く)


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