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琉球交易港図屏風(1) 潮の崎

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    浦添市美術館所蔵の「琉球交易港図屏風」。

    19世紀の那覇の様子がいきいきと描かれています。

    左半分は那覇港です。奥に屋良座森グスク、手前に三重城。



    右半分は波之上や泊です。右上に首里。




    すぐに目に付くのは波之上ですね。拡大してみます。



    波之上は隆起珊瑚による岬ですが、かつてはその両側に二つの岬がありました。

    写真の右端に描かれている雪の崎(ユーチヌサチ)と、下方に描かれている潮の崎(スーヌサチ)です。


    潮の崎は現在の辻2丁目にあたります。更に拡大してみます。



    傘をさした二人の女性が岬へ続く坂道を登っています。

    坂の上には白い服装の男性が一人、小さな広場に男性が三人います。

    黒い短冊に書かれた白抜き文字は「バクチャ」。彼らは博打をしてるんですね。


    では、今日の辻2丁目に立ってみましょう。



    ここは三文珠(さんもうじ)公園の入口です。

    「三人寄れば文殊の知恵」ではなく、琉球の三賢人(名護親方、蔡温、山田親雲上)が、この場所で琉球の将来を語り合ったことが名前の由来です。

    なんでわざわざ、こんな場所で相談するんかなと思ったら、博打をやってたんですか(笑)。


    岬の先に向かって、緩やかな坂道になっています。



    さきほど、ここを二人の女性が歩いていました。

    てっぺんまで登ります。



    いい眺めです。やっぱり海はいい(笑)。



    海に下りて振り返れば。




    完全とは言えませんが、潮の崎は残っていました。

    さあ皆さんも、豊かな想像力で、岬の先端に立ってみましょう(笑)。


    こちらは、尾類のお姉様方。潮の崎には辻の尾類達が気分転換にやってきました。

    前列向かって左から二人目は上原栄子さん。お美しいです。左手奥に波之上。

    20120723154641_0.jpg


    コメント
    Cさんは、上原栄子さんがお好みのようですね。もしかしたら、南沙織も(笑)。確かにかわい子ちゃんです。

    私の伯母は栄子さんより10年年下ですが、ジュリには成らず、小禄の下男のもとに嫁ぎました。今、那覇の老人ホームで健在らしいです。
    顔は北島角子か、庄司歌江で、あまり売れなかったでしょうね。
    小禄に纏わる事を述べました。
    キー坊さん

    確かに、何かと言えば上原さんを持ち出して、リンクを貼ってますね(笑)

    南沙織さんの実家は沖国大の近くにあったそうで、彼女のファンが今でも、そのあたりをウロウロしているとか。

    私もそのうちウロウロしてみます(笑)

    • coralway
    • 2015/09/23 11:18 PM
    南沙織(ウチマアケミ)は沖縄の日本復帰前から、地元のテレビのバラエティーにアシスタントとして出ていて、まあまあの有名人でしたね。でも、噂では地元チンピラ連中と付き合っているという事で、評判は良くなかったです。その彼女が歌手デビューして、あっという間に国民的アイドルになったのには、あっけにとられたという感じでした。復帰寸前で時流に乗れたのでしょうね。

    その後、羽仁進、江川卓、吉田拓郎など有名人が彼女の大ファンだと告白したのには意外感を持ちました。彼女は1952年、奄美大島生まれで、奄美の日本復帰寸前に沖縄に引き上げてきたに違いないです。だから、実父はオ―シマンチュでしょう。沖縄で母親がフィリピン人と再婚し、弟妹らはその間に生まれたのです。沙織は沖縄の学校に行ってません。キングスクールという無認可のアメリカンスクールに通っています。そんな学校でも、米人の運営する学校ということで、沖縄の学校より格上感がありました。

    我々団塊の世代は、ちょっと毛色の違った対象に、貶しながらも、僅かばかりの憧憬もあるのでしょうね。どうも、ミーハー話題を長々と。
    キー坊さん

    なるほど。沖縄では南沙織にそんな見方もあったんですね。おかげさまで、随分詳しくなりました(笑)。

    新三人娘と呼ばれましたが、若い時に引退したので、記憶の中で鮮度が保たれていますね。あとの二人はちょっとアレですが。
    • coralway
    • 2015/09/24 1:24 PM
    こういう古地図から現在の場所を探しだす旅、大好きです。
    民謡の上い口説のせいで、三重城に行ってきましたー…で終わるところでしたが、上原栄子さんが、八月十五夜の茶屋の料亭の女将だったとは!?
    まったくのフィクションと思ってたけど、ベースとなる人がいたんですね。
    映画のビデオを観ておもしろいと思いましたが、実際はそうとう苦労したかと思います。
    • しもちゃん
    • 2015/09/24 1:56 PM
    しもちゃん

    「あの場所は今」をやるには、この「琉球交易港図屏風」は最高です。が、しかし、その度にがっかりするのよねぇ。そして行政への憎しみが増すと(笑)。

    以前、「琉球八景の今」を6、7本投稿してますので、読んでみて下さい。

    • coralway
    • 2015/09/24 2:23 PM
    スミマセンが、ミーハー話題をもう一つ。

    キングスクール、沖国大付近で思い出したのですが、堀川まゆみという沖縄生まれの肉感派タレントの実家もその辺り(宜野湾市真栄原)に在りました。
    Cさんは知ってるかどうかですが、クラリオンや資生堂のカバーガールで売り出した1958年生まれの色白女性でしす。

    30年ほど前、私は那覇市内の郷土図書出版会社の販売を請け負って、戸別訪問で全島を廻っていたのですが、真栄原で「堀川」という表札の家をノックした時、出てきたのは、フィリピン人らしき60がらみの主人でした。
    「私日本語良く分からない、私の奥さんは日本人だから、夕方また来てください」と、優しく言われました。ほとんどが玄関払いなのに、こうまで優しく応対されて、フィリピン人の印象が変わった事を覚えてます。

    その家を後にして、表通りの写真館のショウウインドウを見た時、60がらみの小母さんと堀川まゆみの記念写真が飾られているのを見て、あ、あの家はまゆみの実家なのだと直感しました。顔立ちから見て、まゆみはあのフィリピン小父さんの子ではないでしょうね。多分堀川まゆみも、キングスクールに通ったのでしょう。沙織と似たような生い立ちでしょうね。

    まゆみは武智鉄二監督の「白昼夢」に、本番で出る事に同意して、契約したのですが、「本番」の意味をよく理解してなくて、ドタキャンして女優としてキャリアを失ったようです。その代役として愛染恭子が世に出たのは周知のことです。
    キー坊さん

    堀川まゆみの名前は覚えてますが、容姿まではわかりません。白日夢に出演予定だったんですか。う〜ん、良かったような、悪かったような。

    愛染恭子が私より一級下と今知り愕然としてます。

    当時の佐藤慶を見て、ジイさん大丈夫かいなと思ってましたが、今の私より5つ下。

    うへ〜!!

    歳をとってしまったか。
    • coralway
    • 2015/09/24 5:52 PM
    佐藤慶はs3年生まれ、小生の父親と同年です。撮影は結構大変だったでしょうね。

    改めてwikiなどで調べたら、堀川まゆみは、「白昼夢」に出演予定でなく、その「本番」次作のの『華魁』起用される事だったのです。私はこれを期待してたのですが、本番の意味を理解しないまゆみはドタキャンしたのです。出たらよかったのにと、団塊親父は思います。

    愛染恭子も、堀川まゆみも同タイプの肉感派で小生の好みだったです。(笑)
    なるほど〜(笑)
    • coralway
    • 2015/09/24 7:15 PM
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