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琉球交易港図屏風(2) 雪の崎

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    波之上の西にあった潮の崎(スーヌサチ)に対して、東にあった岬が雪の崎(ユーチヌサチ)。



    現在の若狭2丁目にありましたが、周辺の埋め立てや区画整理により、現在はわずかな岩が残るだけです。


    若狭公民館に雪の崎の絵画がありました。



    画家の(故)野津唯市さんが、幼少の頃の記憶を頼りに描いた100号の作品で、2年前、若狭公民館に寄贈されました。

    ユーチヌサチのユーチは斧。野津さんの作品を見れば、名前の由来がよくわかります。本来は斧崎と呼ばれるべきですが、ユーチの発音から雪の崎になったようです。

    万座毛を想わせる隆起珊瑚の岬が那覇にあったとは、まったく知りませんでした。1951年にダイナマイトで爆破したそうですが、ほんま、那覇市は何でも壊しますねぇ。


    こちらは、現存する雪の崎の一部です。おいたわしや。



    そして、雪の崎跡を示す那覇市の案内標識。若狭小学校の海側にあります。



    後からこんなものを設置せんでもエエから、元から残しなさいと言いたい。


    野津さんの作品は、若狭公民館の受け付け横に展示されています。若狭図書館の二階です。



    野津さんの作品を知った若狭の住民から「あの絵を公民館に飾りたいねぇ(無理だろうけど)。」と声が上がり、公民館の職員が意を決して、野津さんに寄贈のお願いをしたそうです。

    すると野津さんは「前々から若狭公民館への寄贈を考えていた」と。

    野津さんが素晴らしいのはもちろんですが、住民の声を聴き、実行に移した公民館職員の姿勢が素晴らしい。


    ああ、それから。那覇市の標識は、場所を示すために、無いよりあったほうがマシでしょう。しかし、破壊した人に(岬の)生前を偲ばれてもねぇ。


    コメント
    雪の崎は知らなかったけど、私の好きな夫婦瀬公園の近くなんですねぇ。
    調べたら、アカチラという名前も出てきて、一帯は1950年代に宅地化で埋め立てられたとのこと。
    夫婦瀬は運良く残ったけど、雪の崎はよほど大きすぎたのか、こっぱ微塵になったわけですね。

    今度、行ってみようっと。
    • しもちゃん
    • 2015/09/24 6:50 PM
    しもちゃん

    夫婦瀬は少し沖になるので、ギリギリ助かりましたよね。

    仲島の大石は那覇駅の構内だったから残ったんでしょうね。奇跡的。

    • coralway
    • 2015/09/24 6:59 PM
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