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新城集落のジオラマ(1) 宜野湾市の鳥瞰模型

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    宜野湾市博物館には、宜野湾市全域を鳥瞰できる模型が設置されています。

    それを北東方向から写真に撮りました。



    普天間飛行場の案内みたいでムカつきますねぇ。右手前はキャンプ瑞慶覧です。

    まあ、ムカつくために来たのではないので、写真の下半分を拡大してみましょう。



    写真の右下には普天満宮があり、水色のラインが普天間飛行場に向かって延びています。

    これはかつての普天間街道を示すもので、水色の小さな電球が並んでいて、ボタンを押すと点灯します。

    街道は普天満宮から県道330号線を南下した後、普天間飛行場の野嵩ゲート付近で県道と分岐し、飛行場内に入っていきます。


    普天間街道は琉球国王が普天満宮に参拝する際に利用した道で、現在の普天間飛行場と重なる区域は、宜野湾並松(ジノーンナンマチ)と呼ばれた松並木が整備されていました。

    20110216191238_0.jpg

    広大な平地で、陽射しを遮るものがありませんでしたから、街道が木陰になるように松を植えたのです。


    こちらは、普天間飛行場の野嵩ゲート。



    ゲートから飛行場に向かうこの道が、かつての宜野湾並松ということになります。


    普天間飛行場に入った宜野湾並松は、わずかながら道として残っていて(もちろん松は無い)、やがて、駐機場に消えてゆきます。




    野嵩ゲートから滑走路までの間に、かつて、新城(あらぐすく)集落がありました。

    次の投稿で、そのジオラマ(模型)を紹介します。

    (続く)


    コメント
    何時も貴重な資料を有り難うございます。

    この白黒の鳥居と松並木の写真は何時頃のものでしょうか?
    松並木の写真は以前の投稿で使ったもので、出典を忘れてしまいました。

    沖縄戦直後の写真では、(普天満宮)鳥居前の松並木は失われていますので、戦前の写真ということになります。

    一方、並松の道路幅が拡張されていることと、鳥居前に停車している車を見れば、大正や昭和初期ではありません。

    推測ですが、昭和10年代後半かとm(_ _)m
    • coralway
    • 2015/10/19 12:28 AM
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