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新城集落のジオラマ(3) トロッコ馬車軌道跡

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    現在の新城集落は、戦後、普天間飛行場から押し出された新しい集落で、古い道筋は残っていません。

    一方、新城集落西隣の喜友名(きゅうな)は、普天間飛行場の建設からかろうじて逃れ、戦前から続いている集落です。


    軽便大山駅から坂道を登ってきたトロッコ馬車の軌道は、喜友名で新城・普天間方面と宜野湾・我如古方面に分岐しました。

    新城集落に軌道跡は残っていませんが、喜友名集落には残っているはずです。

    で、こちらのお方は、喜友名の村獅子さん。



    なかなかの男前です。




    この獅子の左手を抜けるスージ。これがトロッコ馬車の軌道跡です。

    獅子の位置が変わってなければ、そのすぐ横をトロッコを引いた馬が歩いていたことになります。だから、獅子はそれを知っています。


    では、私も歩きます。

    この分岐は右へ。



    次の分岐は左へ。



    そして、軌道跡は普天間飛行場の中に消えてゆきました。




    で、何が楽しいのかって話です(笑)

    そう思われても無理はありませんが、戦争で何もかもが破壊された沖縄で、昔を偲ぶには、いくらかの知識と想像力が必要です。逆にそれがあれば楽しくなります。


    喜友名集落は宜野湾の高台(つまり普天間飛行場)の西端に位置し、北谷の海がよく見えます。軽便大山駅からの急坂はトロッコを引く馬にとって、厳しかったはず。

    と思ったら、荷物を積んで下り、空で登りですから、小型の馬でも大丈夫だったかもしれません。逆に、サトウキビを満載したトロッコのブレーキは、オヤジ一人の力でなんとかなったんでしょうか。下手なオヤジだと、トロッコが馬のケツにぶつかりはしまいかと心配です。

    まあ、たいした想像力ですねぇ(笑)


    軽便大山駅の古い写真があります。



    沖縄戦の後、乗馬を楽しむ米兵が写っていますね。ひょっとすると、これがトロッコを引いていた馬かもしれません。

    この写真を撮った直後、馬が線路の枕木に蹴つまずき、振り落とされ悶絶した米兵は「にっ、二度と馬では遊ばないっ!!」と叫んだそうです。

    アハハ、ざまぁみろ(笑)


    まあ、最後のは作り話ですがね(笑)

    (続く)


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