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儀保交差点から太平橋(3) 儀保大阿母志良礼

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    儀保(ジーブ)ビラから県道を挟んだ向こう側に見えた森は西森(ニシムイ)。



    首里から見て、北(ニシ)の森の意味ですが、西森と漢字を当てられています。本来は北森と書くべきですが、それではキタモリと呼ばれてしまいます。

    名を取れば北森で、実を取れば西森。悩ましいところです。西原町も同じ悩みを抱えてますが、いまさら北原町にはできませんよねぇ。


    琉球王国の神女組織は聞得大君を頂点に、三人の大阿母志良礼(オオアムシラレ)が国を三分割し、それぞれの地域のノロを統治していました。

    その一人が儀保大阿母志良礼(他に、首里、真壁)。西森は儀保大阿母志良礼が直轄した御嶽でした。


    儀保大阿母志良礼が住む儀保殿内は、現在の首里汀良町にありました。聞得大君御殿(現在の首里中学)のすぐ近くです。

    儀保殿内を訪問するノロは、儀保御待所に入り、訪問許可が下りるまで待機しました。つまり、儀保御待所は「儀保殿内ヌ御待所」だったのです。


    御待所は赤田にもありました。管轄していたのは首里大阿母志良礼。したがって、赤田御待所は「首里殿内ヌ御待所」になります。そして、首里殿内はミーミンメーの赤田首里殿内です。

    話がわからなくなった方は、あきらめて下さい。これ以上、丁寧に説明できません(笑)

    (続く)


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