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豆腐小坂から御茶多理坂(1) 豆腐小坂

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    ペリーの視察隊が野営した小橋川集落と、内間御殿のある嘉手苅集落は隣同士。付近の分かり易い目印はサンエー西原シティですね。

    二つの投稿に共通していたのは、首里から西原へ向かうルートなのでした。


    こちらは西原町池田の運玉食堂。



    運玉食堂前(亀そばも)は、いくつもの道路が合流している場所なので、車を運転していて「あっ、ここへ出るのかぁ」と思った方も多いはず。言わば交通の要所です。

    那覇近辺の人以外は、分からない話ですみません。


    西原方面から県道155号線を走ると、運玉食堂前で大きく右にカーブし、高速道路をくぐり、首里石嶺町方面へ急坂を登ります。そして城東小学校前を左折し、首里に向かいます。

    ところが、首里は運玉食堂から見上げた丘の上。真っ直ぐ丘に登ればグッと近道です。かつてそこには坂道があり、豆腐小坂と呼ばれていました。

    豆腐+小坂ではなく、豆腐小+坂でトーフグヮービラと読みます。

    豆腐小坂の土質は本島南部特有のクチャ(島尻泥岩)で、その固まりが豆腐に見えたのが、名前の由来だそうです。



    話がそれますが、ここで言う豆腐は沖縄のウシジャードーフのこと。私には見覚えがありませんが、バーキ(ざる)に布を敷き、豆腐の元を入れて包み、重しを置いて固めたものだそうです。

    で、どんな形になるかと言えば、そりゃあクチャのカタマリみたいなもんですよ。だから、見たことが無いってば(笑)


    県道と高速道路の開通で、豆腐小坂は寸断され、今は廃道となっています。

    豆腐小坂を「七折九回、羊腸の如し」と表現した人がいました。つづら折りの急坂だったんですねぇ。

    もしかしてと思い、運玉食堂近辺を探したところ、それらしき旧道が見つかりました。



    この道が豆腐小坂だと断定はできませんが、その一部が残っているとすれば、こんな様子だろうと思います。


    さて、首里を出発したペリーや尚円王は、弁が岳を経て豆腐小坂を下り、現在の運玉食堂前に着きました。

    そこから西原方面へは、三つのルートがあります。北から順に、
    (1)西原町翁長へ向かう県道155号線
    (2)西原町桃原へ向かうゴルフ場北側の道
    (3)西原町安室へ向かうゴルフ場の中を抜ける道



    ペリーや尚円王が通った道は、(2)西原町桃原へ向かう道でした。道路が拡張されたりしてはいますが、ほぼ、当時の道筋が残っています。

    (続く)


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